写真で綴る旅行備忘録

2024-11-17 | 家族のこと

11月13日から3泊4日、連れ合い念願の仙台行き スタートです。

 

運転手は君だ!! 

私も若かりし頃、仙台での音楽研修会に教会車を運転して片道400㌔往復したことがあり。

多少の自信と経験から「何時でも交代するからね」とは言ったんですけれど・・

終わってみれば走行距離1100㌔を交代することなく一人で運転してくれました。

 

仙台と言えばアレ! 夕食は牛タン「利休」で

 

 

翌14日、10数年ぶりに念願のアニキに再開。

泊まった仙台国際ホテルの「中華レストラン翠林」でコース料理をいただきました。

5歳年上の兄、ヨボヨボかと思ったらすこぶるピンシャンで良く喋ることと言ったらありません。

実家は漆職人で現金収入がなく貧しかったので弟が高校を卒業するまで仕送りをしたという話しも初めて聞きました。

初任給9千円で毎月3千円の仕送り?ハテ?昨今30万円の給料だったら10万円という額です。

高校卒業まで続けて下さったそうで、深い兄弟愛に何だかジンとあついものがこみ上げます。

卒業後、東京に出て働きながら大学に通う苦学生? 頑張ったんだねぇとチョッピリ尊敬。

 

心がわさわさして「そうだ思い出の学校に」と予定になかったアイデアが浮かびました。

高校は「国立仙台電波高専」、昔は八木山にあったそうですが今は名称も場所も変わっています。

 

翌日は仙台から高速で更に1時間ほど北の故郷「若柳」小・中学校にも連れて行きました。

どこを見ても(目が悪くて殆ど見えないのですが)、全く面影も記憶の欠片もありません。

住んでいた若柳の町(村?)も「こんなじゃなかった」の連続。

ったって・・・かれこれ60数年経っているんですから当たり前っちゃ当たり前の話しですが。

たった一つ、小学校校庭の二宮金次郎だけは懐かしんでおりました。

 

       遠くに見えるのが二宮金次郎像です。

 

若柳を後にいったん仙台に逆戻り、最後の一日は福島県裏磐梯で一泊です。

磐梯吾妻スカイライン、この翌日から冬対応で通行止めになるそうで貴重なドライブです。

「日本の道100選」に選ばれている山岳道路、全長29㌔を次男はビュンビュン飛ばすんです。

怖さと右に左に揺れるカーブ対応に景色を楽しむユトリもなく少々ヘタリました

運転手君は大満足したらしいのですが、そんなに急いで何処へ行くって感じです。

 

  浄土平(磐梯吾妻スカイラインの中間点、火山噴火により火山高原になっている)

 

 

言わないこっちゃない チェックインの1時間も前にホテルに着いちゃった。

ENリゾートグランデコホテル、檜原湖近くの山の上に立つ素敵な料理の美味しいホテルでした。

 

「アニキに逢いたい」から実現した旅行がオマケ付きで大満足、久々に見せたこの笑顔です。

 

 

 

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