少女は7歳の時に母と死に別れた。
父は子連れの女を後添えにもらったが、継母は先妻の子供に辛かった。
幸い医者だった家は裕福だったので女学校まで出させてもらい
継母が牛耳る実家を出て、既に結婚していた世田谷の
姉の家へ居候させてもらうことになった。
姉の嫁ぎ先の時計店を手伝いながら
奉公に来ていた良人と出会うことになる。
少女は二十歳になっていた。
夫となった人は結婚を機に、
実家の時計店へ戻り二人で苦労を乗り越えながら
朝から晩まで10人からの時計職人達の面倒を見た。
おかみさん、そして母となった少女は
いつの間にか味付けも関東風になり、
はじめからその土地に生まれ育ったかのように土地に根付いた。
そんな忙しい中、唯一の楽しみは近所で集まる合唱だった。
息子の死、戦争、職人の復員、食糧難、職人の裏切り、工場の経営危機。
少女の生きた時代は困難な時代だったが、
夫と合唱がある限り、苦労はしても辛かったことはない。
3人の娘は皆無事成人し、孫も頻繁に遊びに来てくれる。
工場も時計から作るものは変わったけど、
何とか数十人の社員を食べさせていけるだけの力をつけた。
子供の頃から育ててきた経営の才ある他人に経営を譲り
これから夫婦でのんびり好きな事をしてすごそう。
そんな時に夫が世を去った。
老年に差し掛かっていた少女は、若いときからそうであったように
温和な表情からは読み取れない強い意志で
涙を見せず、愚痴もこぼさなかった。
本当の心は誰も知らない。
孫も大きくなり昔のように家は賑やかではない。
でも少女は寂しくなかった。
町では皆に慕われていたし、最近ワインが好きになった。
猫は相変わらずあちこちに居すわっている。
飼っているか定かでない猫も混じっている。
孫に子供が出来た。
また賑やかになるだろう。
気がついたら夫と過ごした年月と同じ年月が流れていた。
足と腰が弱くなった。
以前のように気軽に散歩や合唱に行けなくなったが、
目と耳はしっかりしていたので
バラエティ番組を楽しんだり、読書したりして
時間が経つのを待つのではなく、過ごしていた。
最近は面白い動きをするおもちゃがある。
夫の仕事にはいっさい口出しをしなかったが、
身近で機械を見てきたせいか
ちっちゃなかわいいロボットに愛情を感じる。
転んで足を骨折した。
もう手術できないそうだ。
家にも帰れなくなった。
嫁いでから同じ場所で操業してきた工場も人手に渡って、
もっと広い場所へ移るそうだ。
少女は夢を見ていた。
現実かもしれない。
目を開けると子供たちや孫たちが自分を覗いている。
皆大きくなった。
年を取った。
いや、今も自分の子供たちだ。
愛という言葉を口に出したことはないけど、
これが愛という感情なのだろう。
孫へ向かって手を差し伸べた。
その手をしっかり握り返した。
繰り返し、繰り返し握り返した。
眠くなった。
今度は夫の顔が見える。
明治生まれの103才。
人の悪口を全く言ったことのないおばあちゃんだった。
父は子連れの女を後添えにもらったが、継母は先妻の子供に辛かった。
幸い医者だった家は裕福だったので女学校まで出させてもらい
継母が牛耳る実家を出て、既に結婚していた世田谷の
姉の家へ居候させてもらうことになった。
姉の嫁ぎ先の時計店を手伝いながら
奉公に来ていた良人と出会うことになる。
少女は二十歳になっていた。
夫となった人は結婚を機に、
実家の時計店へ戻り二人で苦労を乗り越えながら
朝から晩まで10人からの時計職人達の面倒を見た。
おかみさん、そして母となった少女は
いつの間にか味付けも関東風になり、
はじめからその土地に生まれ育ったかのように土地に根付いた。
そんな忙しい中、唯一の楽しみは近所で集まる合唱だった。
息子の死、戦争、職人の復員、食糧難、職人の裏切り、工場の経営危機。
少女の生きた時代は困難な時代だったが、
夫と合唱がある限り、苦労はしても辛かったことはない。
3人の娘は皆無事成人し、孫も頻繁に遊びに来てくれる。
工場も時計から作るものは変わったけど、
何とか数十人の社員を食べさせていけるだけの力をつけた。
子供の頃から育ててきた経営の才ある他人に経営を譲り
これから夫婦でのんびり好きな事をしてすごそう。
そんな時に夫が世を去った。
老年に差し掛かっていた少女は、若いときからそうであったように
温和な表情からは読み取れない強い意志で
涙を見せず、愚痴もこぼさなかった。
本当の心は誰も知らない。
孫も大きくなり昔のように家は賑やかではない。
でも少女は寂しくなかった。
町では皆に慕われていたし、最近ワインが好きになった。
猫は相変わらずあちこちに居すわっている。
飼っているか定かでない猫も混じっている。
孫に子供が出来た。
また賑やかになるだろう。
気がついたら夫と過ごした年月と同じ年月が流れていた。
足と腰が弱くなった。
以前のように気軽に散歩や合唱に行けなくなったが、
目と耳はしっかりしていたので
バラエティ番組を楽しんだり、読書したりして
時間が経つのを待つのではなく、過ごしていた。
最近は面白い動きをするおもちゃがある。
夫の仕事にはいっさい口出しをしなかったが、
身近で機械を見てきたせいか
ちっちゃなかわいいロボットに愛情を感じる。
転んで足を骨折した。
もう手術できないそうだ。
家にも帰れなくなった。
嫁いでから同じ場所で操業してきた工場も人手に渡って、
もっと広い場所へ移るそうだ。
少女は夢を見ていた。
現実かもしれない。
目を開けると子供たちや孫たちが自分を覗いている。
皆大きくなった。
年を取った。
いや、今も自分の子供たちだ。
愛という言葉を口に出したことはないけど、
これが愛という感情なのだろう。
孫へ向かって手を差し伸べた。
その手をしっかり握り返した。
繰り返し、繰り返し握り返した。
眠くなった。
今度は夫の顔が見える。
明治生まれの103才。
人の悪口を全く言ったことのないおばあちゃんだった。
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