「辞任しろ」とは言っていない
まるで詭弁としか思えない。あるいはラジオで軽く述べた発言が予想以上に大きな波紋を呼んだために責任逃れしようというのか。
立憲民主党の枝野幸男代表は8月30日の記者会見で、「河野太郎外務大臣の進退問題」について筆者の質問にこう答えている。
「正確には『日韓関係を改善しようと思うならば、大臣をお辞めになるしかないですよね』ということを申し上げて、『辞任しろ』とは言っていないと思います」
発端は28日朝に放送されたラジオ日本の「岩瀬惠子のスマートNEWS」での枝野氏の発言だ。
枝野氏は国民民主党との統一会派結成問題や消費税増税、および財政検証・年金問題などについて述べた後、日韓関係についてパーソナリティの岩瀬氏と以下のようなやりとりになった。
ちなみに28日は日本政府が韓国をいわゆる“ホワイト国”から除外を発動した日に当たる。
枝野「いきさつはいろいろな両双方の立場があると思うのですが、やはりGSOMIAを止めたというのは韓国は明らかにやりすぎだというふうに思いますし、
これに対して毅然とするというのは、日本政府の対応としては『あり』だと思いますが、一方でここに至る過程で、ですね。
韓国の大統領からは、あのう、少し妥協の余地があるような……」
岩瀬「光復節の演説、はい」
枝野「はい、あったにもかかわらず、いわゆる上から目線の、あの特に河野外務大臣の対応は、韓国をここまで追い込んだという責任は大きいと思っています。
とは言いながら、GSOMIAのあのう、延長せずというのはこれはやりすぎなので、これについては厳しく抗議しなければいけないと思っています。
岩瀬「そうですか」
枝野「外務大臣を替えるしかないですね。この日韓関係……」
岩瀬「組閣がありますから、そこに何かあのう」。
枝野「これだけこう、まあ外交ですから、相手の顔を一定以上立てないといけないのに、あまりにも顔に泥を塗るようなことばかり、河野さんはやりすぎですね」
岩瀬「そうですか」
枝野「筋が通っていることの主張は厳しくやるべきですよ。
今回の『延長せず』というのはおかしいと。これは言うべきですが、それを何も、相手のプライドを傷つけるようなやり方をやっているのは、明らかに外務大臣の外交の失敗でもあります」
河野外相は“暴言”を吐いたのか
さて、枝野氏が「プライドを傷つけるようなやり方」というのは何を指すのか。
韓国の文在寅大統領は光復節(8月15日)で、「日本が対話と協力の道に出てくるなら、私たちは喜んで手を握ります」と述べた。
演説内容から過激な言葉が控えられ、「トーンダウンした」と評されている。
だがこれは日本に対して譲歩の“先履行”を迫ったものだ。
そもそも単なる輸出管理という行政行為に対して過剰に反応し、通商問題を安全保障問題まで拡大したのは韓国側だ。
これについて河野外相がどのように反応したのか。
河野外相は8月20日から22日まで北京を訪問し、日中韓外相会談に参加。
21日には35分ほど、韓国の康京和外交部長官と会談している。
この時、康長官は「歴史を直視して恣意的な貿易措置を撤廃してほしい」と求めたが、
河野外相は歴史問題には触れず、日中韓3国の連携強化のみ言及したというから、外交上のトラブルは見当たらない。
河野外相の“暴言”を取り上げたのは、8月28日の中央日報(電子版)だ。
同紙は「康京和長官と親しい河野外相、韓国への暴言も留任のためのあがき」というタイトルで、
河野外相が「韓国が歴史を書き換えたいと考えているのなら、そんなことはできないと知る必要がある」と述べたと報じた。
この時の河野外相の発言を動画でチェックすると、
「韓国側から日本は歴史を十分に理解していないという声があり、それが今回の対立の原因となっているように見られるが、
このような批判にどのように答えるのか」という記者の問いに対して、「日韓両国で最も重要な問題は1965年の協定に関するもので、
もし韓国が歴史を書き換えようとするならそれはできないと韓国側が理解すべきだ」と答えている。
強制労働被害補償は求償権協定に含まれていると盧武鉉政権時に認定済み
一方で韓国は日韓請求権協定に関わる交渉過程をどのように解しているのか。
そもそも日韓請求権協定は日韓国交樹立の基礎といえるものだが、時の韓国政府は2006年8月にその交渉過程の文書を全公開し、
当時の総理大臣主催の民間共同委員会で「日本政府や軍等の国家権力が関与した反人道的不法行為に関しては、請求権協定で解決されたと見ることはできない」としつつも、
「日本から受け取った無償3億ドルは、個人財産権、韓国政府が国家として持つ請求権、強制労働被害補償問題解決性格等の資金等に包括的に勘案されているとみなければならない」とした。
すなわち“徴用工”については無償3億ドルに含まれていると判断したわけだ。
なお当時の大統領は故・盧武鉉大統領で、文在寅大統領の政治の上の師でもあることに留意すべきだろう。
このような事実を踏まえれば、果たして河野外相の発言は相手のプライドを傷つけ、顔に泥を塗った“暴言”と言えるのか。
むしろ日本の主張を述べただけにすぎないのではないだろうか。
それは政治家としてまた大臣として、当然の行為だろう。
政治家としての力量は……
枝野氏は韓国のGSOMIA破棄決定について、「明らかにやりすぎ」と批判するものの、いまいち力が入っていない。
単に世論に配慮しているだけではないか。
一方で河野外相は康長官との関係は悪くなく、GSOMIA破棄決定時に康長官から河野外相に「残念だ」と述べたメールが送られたという韓国メディアの報道もあったほどだ。
このたびの枝野氏の河野批判は野党として政権に一言いわなければならないという、ただ「ためにする批判」に過ぎないのではないか。
そもそも「外相を替えるしかない」「大臣をお辞めになるしかない」と述べながら、「大臣を辞任しろとは言っていない」と主張するのは無理はある。
政治家はそのような詭弁を使うべきではないし、詭弁を使う政治家は国民から不信感を買うだけだ。
なお枝野氏の発言の余波は9月の内閣改造を前に、「枝野氏嫌いで有名な安倍晋三首相が、これでは河野氏を切るに切れなくなってしまった」と永田町で囁かれた点を付記しておこう。
もし本当にそれが枝野氏の意図であるならば、枝野氏はなかなか策士である。
兵庫県出身。慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。その後に執筆活動に入り、政局情報や選挙情報について寄稿するとともに、テレビ・ラジオに出演。趣味は宝塚観劇やミュージカル鑑賞。また月に1度はコンサートや美術展に足を運ぶ。座右の銘は、幼い時から母から聞かされた「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」。「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)に続き、「「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)を4月11日に刊行