文在寅大統領は「不通外交」を改めないのか
国際社会で孤立なら、北朝鮮も相手にしない
韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が目指す外交の姿が見えない。
北朝鮮との関係改善に多くのエネルギーを注いでいることはよくわかるが、その一方で日本やアメリカなど北朝鮮問題に深く関わる国との外交にはあまり興味がないかのような振る舞いを続けている。
そのことが北朝鮮問題の先行きをいっそう不透明にしているだけでなく、韓国にとって重要なはずの日韓関係や米韓関係までも不安定にしている。
南北関係の改善や朝鮮半島の統一は半島に住む人たちの悲願であり、文大統領が積極的に動くのは当然だろう。
しかし、北朝鮮の核・ミサイル問題や人権問題は、もはや南北2国間の関係を超えて国際社会が直面している深刻な課題であり、その解決には国連や日米中をはじめとする関係各国の連携や協調が不可欠な状況となっている。
ところが文大統領の言動を見ると、これら関係国と十分に話し合わないまま独りで突っ走っている。
その結果、キープレーヤーとの十分な対話がない外交、つまり文政権の「不通外交」の弊害が今、あちこちに噴出し始めている。
韓国の暴走を抑制しようとするアメリカ
「不通外交」を象徴するのが、11月下旬に米国との間に設けられた「米韓ワーキンググループ」だ。
このワーキンググループは「文大統領が進める南北の平和体制構築の動きと、アメリカが進める北朝鮮の非核化の動きを同時並行で進めることを保証する」ために設けたとされている。
わかりやすく言い換えれば、北朝鮮の非核化をめぐる米朝間協議が一向に進まない中で、韓国が北朝鮮との間で次々と合意を発表して前のめりになっていることを不満に思ったアメリカが、韓国の動きを抑えるために作った協議の場だ。
きっかけは9月に平壌で行われた南北首脳会談での「軍事合意書」だった。
その内容は軍事境界線付近での軍事演習の中止や、
飛行禁止区域の設定、非武装地帯に設置されている監視所の撤去など多岐にわたるとともに、
国連軍や在韓米軍の活動が直接、影響を受ける内容だった。
韓国内では南北間の緊張緩和を進める画期的な内容であると、高く評価する向きもあった。
そして日本政府関係者は、これだけ具体的で大胆な合意をするからには、事前にアメリカや国連との間で入念な調整が行われたとみていた。
ところが韓国政府が合意内容をアメリカに伝えたのは首脳会談のわずか2日前だった。
しかも、合意内容についての協議ではなく、ほとんど通告だったようだ。
当然のことながら、アメリカは「韓国はいったい何を考えているのか」(ポンペオ国務長官)と激怒したという。
さらにこの南北首脳会談では、韓国と北朝鮮をつなぐ鉄道や道路の連結工事の実施や、北朝鮮の開城工業団地、金剛山観光事業の正常化なども含まれていた。
これらは北朝鮮に対する国連安保理事会の経済制裁決議に明らかに反することから、アメリカはこの合意にも不快感を隠していない。
その結果、アメリカの要求で上記のワーキンググループが作られたのである。
初会合後に、ポンペオ長官は「互いに異なることを言わないことや、相手が知らない、あるいは意見や考えを提供する機会を持てない状態では、アメリカや韓国は単独行動をしないことを確認できるようになった」と述べている。
要するに「勝手なことをするな」と言っているに等しい。
腕力を振りかざすような外交はアメリカがよく使う手法で、決して褒められたものではない。
韓国にとっては屈辱的な会合だろう。しかし、文大統領の「不通外交」がこうした事態をもたらした側面は否めない。
欧州でも呆れられた文大統領の提案
文大統領の暴走ぶりは南北首脳会談後に拍車がかかった。
10月中旬の欧州歴訪では国連安保理常任理事国である英国のメイ首相やフランスのマクロン大統領らと次々と会談し、北朝鮮に対する国連制裁の緩和を求めた。
南北首脳会談の合意を実行するために障害を取り除こうとしたのだろう。
しかし、北朝鮮の核・ミサイル問題に何の進展もない中で、制裁を緩和する理由はない。
文大統領は会談相手に要求を断られただけでなく、
逆に「北朝鮮への圧力は維持すべきである」(マクロン大統領)、
「現在の措置だけでは不十分」(メイ首相)などと切り返されてしまった。
北朝鮮に対する国際社会の厳しい視線を理解していない外交の当然の結果だった。
そして、肝心の北朝鮮も韓国に対し冷たい反応を示し続けているのである。
韓国政府は文大統領の平壌訪問の答礼として金正恩(キム・ジョンウン)委員長の年内訪韓をしきりに働きかけていたが、どうやら実現しそうにない。
文大統領は国連制裁緩和を呼びかけたが、誰にも相手にされなかった。
したがって南北首脳会談で合意した経済協力は実現しそうにない。
だから今、金委員長がソウルを訪問するメリットは何もない。
北朝鮮はそう考えるだろう。むしろ非核化をめぐるトランプ大統領との首脳会談を優先したほうが得るものがあると考えているかもしれない。
したたかさという点でいうと金委員長のほうが文大統領よりも上手(うわて)だろう。
そして、最も「不通」状態が深刻なのは日韓関係である。
元徴用工に対する賠償を認めた大法院判決に続いて、韓国政府は元従軍慰安婦のための「和解・癒やし財団」を一方的に解散した。
その結果、日韓関係はかつてないほど悪化している。
元徴用工問題の大法院判決に大統領は口を挟めないかもしれない。
しかし財団の解散は政府の判断である。
文大統領は政権発足時から解散を示唆し、慎重な対応を求める日本側の主張にまったく耳を傾けないばかりか、
よりよき解決策を模索する動きもないまま、政権発足時の判断を実行した。
文政権の「不通外交」の背景には、韓国外交部の力の低下がしばしば指摘されている。
各国の利害が複雑に絡み合う現在の外交を巧みに実践するには、首脳の決断力や行動力とともに、外交のプロ集団である外交部など官僚組織のバックアップは不可欠である。
ところが文政権では、主要政策を決定する青瓦台の政権中枢から康京和(カン・ギョンファ)長官をはじめとする外交部が外され、
文大統領の周りは、「親北」「反米」の色彩が強い元運動家や研究者らで占められているといわれている。
「不通外交」は結果的に自らを傷つける
朴槿恵(パク・クネ)前政権など保守派の政権は米韓同盟を重視する外交を展開したが、
進歩派の文政権はアメリカとの関係に距離を置き、南北関係はアメリカに頼らず自分たちが主導権を持って改善するべきであると考えている。
その結果、アメリカや日本、欧州など主要国との関係や国連など国際社会を考慮しない自己中心的な外交を展開してしまう。
これこそが「不通外交」である。
景気対策や社会保障問題などの内政問題であれば、為政者は予算や法律を作るなど自己完結的に対処できる。
場合によっては国民の人気を得るためバラマキ政策を行うことも可能だ。
しかし、外交問題になると相手がほかの国であり一筋縄ではいかない。
各国が自国の利益を実現する目的で自分の都合や正当性、正義を貫き通そうとしても無理である。
かといって問題を放置しておくわけにはいかず、解決しなければならない。そのため外交交渉で妥協や譲歩を積み重ねて合意に到達するのである。
二国間問題でもたいへんな労力が必要だが、北朝鮮の核・ミサイル問題のように関係する国が増えれば、解決の道筋は複雑になり外交の重要性がますます大きくなる。
ところが文政権の外交は自分たちの歴史観や正義を前面に掲げるだけで、外交をしているようには見えない。
そういう姿勢が国内の反日感情やナショナリズムに乗っかっていれば、世論の受けはいいだろう。
しかし、国際社会との関わりを忘れた自己中心的な「不通外交」が、結果的にその国を大きく傷つけることは歴史が証明している。
(福田和郎)