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韓国の輸出を支えてきた

現代自動車が営業赤字

今年7~9月期、韓国の実質GDP(国内総生産)成長率は前期比1.9%増だった。

GDPの中身を見ると、輸出がプラス成長を支えた格好だ。

コロナショックを境に、韓国経済は輸出依存度を一段と高めているようだ。

その状況下、韓国の輸出を支えてきた現代自動車が営業赤字に陥った。

赤字の要因として、中国市場における販売減少とエンジン欠陥への対応費用の増加がある。

世界の新車販売市場の中で、中国市場の回復はかなり早いペースで進んでいる。

それにもかかわらず、販売台数が伸びず市場シェアを落とす現代自動車はそれなりの問題を抱えているとみられる。

現代自動車の業績悪化が、輸出主導で景気を回復してきた韓国経済に与える影響は軽視できない。

足元の世界経済を俯瞰(ふかん)すると、大手ITプラットフォーマーに加え、有力な自動車メーカーが各国経済の持ち直しに重要な役割を発揮している。

ややばらつきはあるものの日米欧の自動車需要も徐々に上向いている。

わが国ではトヨタ自動車がそうした動きをとらえ、景気下支えに重要な役割を果たしている

そのため、各国経済にとって自動車産業の重要性は増している。

今後、世界の自動車業界では買い替え需要の取り込みに加え、自動車の電動化や自動運転の実現といったCASEや、さらに長期的には都市空間の一部としての自動車開発が進む。

機動的かつ大規模に設備投資を行うなど、自動車メーカーの力が経済の安定にかなりの影響を与えるはずだ。

技術面で不安を抱える現代自動車が熾(し)烈化する競争環境に対応することは容易ではないだろう。それは、韓国経済の先行き懸念を高める要因の一つだ。

懸念される中国など

主要市場でのシェア低下

10月26日、現代自動車は7~9月期の業績発表を行った。

全体の印象として、同社の業況は見た目以上に厳しい。

まず、地域別の売り上げ動向が目を引く。

特に、中国での販売が前年同期比31%減だったことは見逃せない。

欧米での販売も減少した。それに対して、インド、ロシア、韓国国内の販売台数は増えた。

中国に着目する理由は2つある。

まず、中国市場の新車販売台数の回復の勢いは強い。

4月から9月まで、補助金政策の延長などによって、中国ではこれまで我慢してきた自動車の買い替え需要が回復している。

中国市場の需要回復ペースは他の国・地域を凌駕している。

2点目として、中国では高価格帯の車種が人気を得ていることだ。

良い例として、トヨタのレクサスブランドの売れ行きが好調であることだ。

9月までトヨタの中国販売台数は6カ月連続で増加した。

中国経済の成長に支えられた購買力の高まりや、低燃費車としてのHV(ハイブリッド自動車)を中国政府が重視し始めたことにトヨタは機敏に対応している。

サーフィンに例えれば、ビッグウエーブをうまく捕まえた。

現代自動車の業況は、トヨタとは大きく異なるように映る。

世界に先駆けて需要が戻った中国市場で、同社は消費者のニーズに応えることが難しくなっているのかもしれない。

インドとロシアでの販売台数の伸びは、どちらかといえば、ローエンド車種中心のメーカーとして現代自動車のポジションが定着化しつつあるように映る。

そうしたブランドイメージを持つ消費者が各国で増えれば、同社が高価格帯の高級ブランドを育成し、収益性の向上を目指すことは容易ではない。

それに加えて、現代自動車の基礎的な技術力への不安も高まった。

過去、現代自動車のシータ2エンジンの発火が報告されてきた。

今回、同社はエンジンの欠陥をあらためて認め、7~9月期の決算で引当金を計上した。

それも赤字決算の主要因だ。

また、同社が成長の起爆剤として重視するEV(電気自動車)、「コナ・エレクトリック」は火災事故の発生によってリコールが行われている。

短期間での高い成長を

目指したツケ?

現代自動車は、短期間での高い成長の実現にこだわってきた。エンジンの発火やEVリコールなどの発生は、その「ツケ」といえるかもしれない。

エンジンを搭載した自動車の生産には3万~5万点もの部品が必要だ。

最も重要な安全性の確立をはじめ、振動や騒音の抑制、車体やエンジンの耐久性の実現には多くの時間と労力が伴う。

ある自動車の専門家は、「数多くの実験を繰り返すなど、ある意味では回り道をした方が技術を蓄積しやすい」と指摘する。

しかし、それでは競争に遅れてしまう恐れがある。

独フォルクスワーゲンがディーゼルエンジンのデータを改ざんしたのは、その負担があまりに大きかったからだ。

欠陥が指摘されてきた現代自動車のシータ2エンジンは、三菱自動車など海外の技術、ノウハウを導入して開発された。

それは、韓国が重視するわが国からの技術移転の一例だ。

現代自動車はわが国から主要技術を移転することによって、短期間での相応の技術力の発揮を目指した。

ラーニングカーブ(学習・習熟曲線)をイメージすれば、同社はわが国自動車メーカーに比べてよりスティープな(急勾配の)学習効果の発揮を目指し、日本の自動車メーカーに追いつき、追い越せのスピリットを高めた。

高い成長にこだわるアニマルスピリットは企業の成長を支える重要な要素だ。

また、技術移転は、工業力が相対的に未熟な国が比較的短い期間で資本を蓄積し、高い経済成長を目指すためにも有効である。

ただ、企業は常にゴーイング・コンサーンでなければならない。

そのために自動車メーカーにとって、人々が安心して運転、乗車できる基礎技術が不可欠だ。

それが、企業と社会(消費者、規制当局、投資家など)との良好かつ持続的な関係を支える。

現代自動車に関していえば、ゴーイング・コンサーンという企業のレゾンデートル(存在意義)をどう理解してきたかに疑問符が付く。

それよりも、現代自動車は短期間で世界のシェアを手に入れようと無理を重ねてきたようにみえる。

引当金計上などによる現代自動車の業績悪化を一過性の問題として扱うのは早計だ。

輸出依存度高まる

韓国経済への打撃

エンジンの欠陥とEV発火問題は、今後の現代自動車の業績だけでなく韓国経済に無視できない影響を与える可能性がある。

なぜなら、自動車は半導体と並ぶ韓国の主要輸出品目だからだ。

7~9月期、輸出が韓国経済の回復を支えた。

9月15日の米国の制裁発動を控えて、中国のファーウェイなどがサムスン電子などから半導体の在庫を買い集めたため、輸出が押し上げられた。他方、内需は低迷している。

個人消費は減少した。民間企業の設備投資は増えたが建設投資の落ち込みが大きく、総資本形成も減少した。

新型コロナウイルスの感染が引き続き深刻であることと、ワクチン開発の不確実性を踏まえると、韓国の内需は低迷し、輸出依存度は高まる可能性がある。

また、米中対立が韓国経済に与える影響も軽視できない。

米商務省はサムスン電子に対してファーウェイへの有機ELパネル供給は認めたが、主力製品である半導体の供給は認めていない。その状況が続けば、これまでのように半導体輸出の増加を中心に韓国経済が安定を目指すことは難しくなる。

その一方で、中国は補助金政策の強化などによって半導体の自給率向上を目指している。

韓国にとって中国企業は重要顧客から競争上の脅威に変わり始めている。スマートフォン市場では中国メーカーが価格面を中心に競争力を発揮し、サムスン電子などのシェアを奪い取ろうとしている。

輸出によって経済の安定と成長を実現してきた韓国経済にとって、エンジン搭載車と今後の成長産業としての期待を集めてきたEV事業面で、現代自動車の基礎的な技術力への不安が高まった影響は大きい。

自動車産業のすそ野は広く、自動車部品の生産の減少や、業績悪化懸念による労働争議の激化など「負の影響」が連鎖的に波及する恐れがある。

足元、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、「日本海」の呼称などを巡ってわが国への批判を強めている。

その背景の一つには、現代自動車の業績悪化などが景気先行き不安を高め、結果として世論が自らを批判する展開を避けようとする思惑があるだろう。

(法政大学大学院教授 真壁昭夫)