文在寅大統領 ©getty© 文春オンライン 文在寅大統領 ©getty

「韓国は不安になっている」

一方、バイデン前副大統領の当選確定で「複雑な心境でしょう」(前出記者)とされるのが、文在寅大統領と親文派(与党の中で文大統領支持派)だ。

新しい米国大統領の誕生で、韓国で真っ先に取り沙汰されたのはやはり対北問題だ。

メディアはさかんに「韓国は不安になっている」と表現している。前出記者は言う。

「バイデン前副大統領は大統領選挙の討論会で、北朝鮮が核の能力を縮小することに同意しなければ金正恩委員長とは会わないとし、金正恩委員長のことを『悪党(Thug)』と評しました。

この縮小という言葉の意味について韓国では論争がありましたが、いずれにしても、オバマ元大統領と同じく『戦略的忍耐政策』をとると思われ、米朝関係は再び膠着する可能性が高い

北朝鮮が米新政権の関心を引くためにミサイルを発射するのではないかという憶測も出ています。

文大統領は残りの任期までに第4回南北首脳会談を開催することが悲願といわれていますから、理念は米民主党に近くとも対北政策では相反するという矛盾に複雑な心境でしょう

そして、対北問題に加え、日韓問題についても米国から何かしらのアクションがあるのではないかという声も出ている。保守寄りの対米専門家は言う。

米民主党は、文政権が慰安婦合意(2015年12月)を『和解・癒し財団』を解散させて事実上破棄した(2019年7月)ことについて批判的な立場でした。

米国から再び、慰安婦問題などの解決について何らかのアクションがあるのではないかと見られ、韓国は対日でもさらに苦しい立場に置かれることが予想されます」

韓国の重鎮政治家が来日

そんな動きを見越してのことだったのだろうか。日韓間で動きが出始めている。

8日、韓国政界の重鎮、朴智元国家情報院院長が電撃的に来日した。

翌9日には、懇意の仲といわれる二階俊博自民党幹事長と面会。

この席で、1998年に発表された「日韓共同宣言」(小渕・金大中宣言)に続く、日韓の新しい第2のパートナーシップ構想が提案されたと韓国の毎日経済新聞が報じた(11月9日)。

2日、TBSが「韓国政府高官、来週来日で調整」と報じて、キーマンとなった朴院長の動向に注目が集まっていたが、中身はまさかの「菅・文在寅宣言」案だった。

朴院長は韓国では「政治九段」の異名をとる重鎮政治家のひとり。

故金大中元大統領の最側近として知られ、青瓦台の秘書室長などを務め、「日韓共同宣言」にも関わった。

今回の来日では、二階幹事長や滝澤内閣情報室情報官と会い、「徴用工問題や輸出管理強化問題などで意見交換する」と報じられていた。

しかし、韓国では「そうした問題を含めて、これからの日韓関係についてさらに大きなビジョン作りを目指しているのではないか」(前出記者)という見方が出ていた。

大きなビジョンとは、「これからの新しい日韓パートナーシップを構築するもの」だった。

日韓間の動きについての憶測は、実は、10月中旬、日韓議員連盟の河村建夫幹事長が訪韓し、李洛淵「共に民主党」代表や朴院長と面会した頃から流れていた。ノ・ヨンミン大統領秘書室長が秋葉剛男外務次官と「徴用工問題」について6月頃から話し合いを続けていると報じられ(東亜日報、10月30日)、さらに大きな動きがあるのではないかと各社がその真相を追っていた。

朴院長の来日の話も出ていたが、情報に触れていたというある記者は、「朴院長がいくら知日派でも、北朝鮮が専門の国家情報院院長が対日問題で動くというのがどうしてもピンとこなかった」という。

「対北送金疑惑」で逮捕された朴院長

朴院長は、2000年に初めて行われた南北首脳会談で故金正日総書記に4億5000万ドル(約465億円)を違法送金したとして2003年、逮捕、起訴され、その後、2006年に懲役3年の実刑となり服役した過去がある。

逮捕されたのは、故盧武鉉元大統領の時代。文大統領は当時、青瓦台にいた。

政界復帰後、「共に民主党」の前身「新政治民主連合」時代に文大統領と合流したが、後に離党した。

党の運営を巡り文大統領と対立したとされるが、過去の禍根も遠因としてあったのではないかといわれた。

その後、安哲秀現「国民の党」代表が立ち上げた前「国民の党」に参加(後に離党)、2017年5月の大統領選挙では候補者だった文大統領を激しく非難し、ここから文大統領の宿敵とも表されていた。

“毒舌姫”金与正の連絡事務所爆破で第一線に復帰

そんな朴院長が国家情報院院長として政界の檜舞台に舞い戻ったのは今年7月。

その前月に北朝鮮の金与正第一副部長が南北融和の象徴といわれた「開城南北共同連絡事務所」を爆破したことを受けて、韓国では外交安保ラインでの刷新人事が行われたが、その一人が朴院長だった。

前出記者が言う。

「この大抜擢にはみな驚きました。政権交代後、朴院長は文政権に協力していて、2年前の南北首脳会談にも同行していましたが、過去の対北送金のこともあり、表舞台の要職に抜擢されるとは誰も予想していなかった。

朴院長の抜擢の背景には、現在膠着している南北関係を特使を送り合う状態(2018年3月)に戻し、さらには南北首脳会談を行いたいという文大統領の強い意志があることが読み取れると囁かれもしました」

そんな朴院長の今回の来日。

現在、徴用工問題では、被告となっている日本企業の韓国内財産の現金化への手続きが進められており、10日には、元挺身隊が三菱重工業を訴えていた裁判でも同じように現金化への効力が発生している。

韓国では「現金化されれば日本との関係は決定的に悪化する」と懸念が募っており、現金化を回避するような代替案が模索され始めてもいる。

日韓関係の改善は必須だと判断か

日韓関係改善に向けての動きの背景には、「米国の迷走ぶり、日韓での輸出規制問題、そして対北問題、どれをとっても日韓関係の改善は必須だと判断したのではないでしょうか」(別の中道系紙記者)。

朴院長は10日には菅義偉首相と面会し、文大統領の新書を渡す方向と伝えられ、今週後半には日韓議員連盟に所属する韓国議員が来日する予定だと報じられている。

朴院長が持った「ボッタリ(風呂敷)」の中身は、徴用工問題解決も含めて、これからの日韓関係を再構築しようという大きな試みが詰まったものだった。

しかし、問題は、その大きな試みをどれだけ詳細なものにできるか、だろう。

(菅野 朋子)