バイデン大統領がようやく誕生することになった米国。
ワシントン在住時から現在まで外交・政治問題について米議会等でロビーイングを行い、日本の国会議員らの訪米をアテンドしてきた「新外交イニシアティブ」代表の猿田佐世・弁護士(日本・ニューヨーク州)が今後の日米関係を緊急寄稿した。
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米大統領選は混乱を極めているが、バイデン氏が大統領になることがほぼ確実視されている。では、「バイデン政権」はどんな対日政策をとるのだろうか。
“Personnel is policy(人事こそ政策だ)”
これは、前回の米政権交代の際に、筆者が元ホワイトハウス高官に言われた言葉である。
米国は4年あるいは8年に一度、政権交代がある。
政権交代の際には、4~5000人の政府職員が各省庁の職を辞し、代わりに政府外から新政権を支える多くの人が各政府機関に登用され「政権入り」する。
この「回転ドア」で人が入れ替わることで、政権交代における実質的な政策の変化を担保するのだが、ホワイトハウスから各省庁まで4~5000人の入れ替わりというのは大変な大移動である。
そこで11月上旬の大統領選挙で当選した勝者は、1月20日に大統領に就任するまでの間、「政権移行チーム」を作り、大統領就任直後からスムーズな政権運営ができるように準備を進めていく。
バイデン陣営も、投票日直後から政権移行チームのウェブサイト「BIDEN-HARRIS TRANSITION」を立ち上げ、準備を進めていることをアピールしている。
そのバイデン政権「移行チーム」における高官たちの顔ぶれを見、彼らがこれまでどのような発信をしてきたのか確認することで、新政権がどのような政策をとるのかが見えてくる。
では誰が高官に就任するのか。
筆者のところには、さっそく米国から政権移行チームの名簿リストがメールアドレスと共に回ってきた。
未確定の名前も含まれていたが、これから米メディア、のみならず日本メディアも、誰が政権の高官になるのか掴むために必死の取材を行っていくことになる。
選挙中から国防長官候補として名高いのがミシェル・フロノイ氏である。
オバマ政権で国防次官を務めていた人物である。
また、選挙中からバイデン氏の外交顧問として公の場で発言してきたアントニー・ブリンケン氏も大統領補佐官、あるいは国務省の極めて高位につくと目されている。
このブリンケン氏もオバマ政権時代の国務副長官である。
他、オバマ時代にバイデン副大統領の安全保障補佐官であったジェイク・サリバン氏やオバマ政権で対アジア政策の中心的存在であったカート・キャンベル元国務次官補の名前も挙がっている。
他にも何人もの名前が挙がるが、その多くはオバマ政権の高官であった人々である。
この4年間、トランプ氏が傍若無人の振る舞いを続けてきたことから、少なくない日本人がバイデン氏当選を期待し、バイデン政権になると日米関係が良くなるのではないかという期待を含めて選挙戦を見ていたと思う。
しかし、この高官候補の名前を並べてみると、オバマ政権そのものを見るようで、既視感にめまいがするほどである。
そして、その既視感は筆者にとって、必ずしも前向きな既視感ではない。
トランプ氏よりは人権や民主主義の観点からバイデン大統領の方が良いと筆者も思うものの、誤解を恐れずにいえば、この名簿は、「戦後長らく続いてきた日米関係に戻り、これまでどおりの問題が私たち日本人を悩ませ続ける」という重い心境になるものであった。
では、具体的にはバイデン政権の対日政策はどのようなものになるだろうか。
先に述べたとおり、政権の外交担当者の多くがオバマ政権の高官であり、バイデン氏自身もオバマ政権で外交を得意とする副大統領であったことから、バイデン政権の外交政策はオバマ政権に非常に近くなると予想される。
もっとも、バイデン政権が時計の針を4年前に戻そうとしても、決定的に難しい点がある。
一つには、トランプ政権下で悪化した米中関係である。
特に今年に入って、コロナウィルスの端緒が中国とされ、また、香港弾圧に代表される中国の対外強硬姿勢がさらに明白になってきていることに対して、米国内に強い反発が起きている。
また、熱狂的なトランプ支持者が国民の相当割合を占めていることがこの選挙でも改めて明らかになっており、今後も一定の影響力をもっていくであろうことも4年前と異なる。
これらのことが相まって、バイデン政権でも対中強硬路線は続くだろうと多くの専門家が分析している。
バイデン政権の具体的対中政策を読むには、国防長官候補とされるミシェル・フロノイ氏の論文を読むのがわかりやすい。
フロノイ氏は、外交分野でもっとも影響力のある雑誌「フォーリンアフェアーズ誌」に寄せた「アジアにおける戦争を防ぐには」との論文で、中国に対抗するためには米国は自国の軍事力への投資を行うとともに、インド太平洋地域への永続的なプレゼンスを強調すること、
また、同盟国やパートナー国との関係を強化することを主張している。そして、同盟国やパートナー国とは、定期的に軍事演習を行い、新しい能力の整備を加速すべきと訴えている。
「同盟再構築」「同盟強化」
これが民主党陣営のキーワードであり、対中政策の鍵でもある。日韓に多額の米軍駐留経費を求め、NATO離脱をほのめかすなどしたトランプ氏を「同盟軽視」とバイデン陣営は批判し続けており、8月に出された民主党綱領でも同盟強化を謳っている。即ち、バイデン政権の対アジア戦略は、「日本を含む同盟国の力を借りながら中国に対して厳しく対応する」というものである。
バイデン大統領は米軍駐留経費4.5倍増しといった一見して無茶な請求を日本に対して行うことはないだろう。
もっとも、8月の民主党綱領に謳われているように、氏は「地域の安全保障に、より大きな責任と公平な負担を払うよう同盟国に促す」方針であり、相対的に力を落とす米国の現状も相まって、日本に対して、自国の軍事力を強化せよとの要求が増えていくことはほぼ間違いない。
また、この一ヶ月をみても、中国牽制を目的に、日米に豪印も加わった4ヶ国外相会談が定例化され、4カ国軍事訓練が行われた。この流れもバイデン政権でも引き継がれることが予想される。
さて、日本である。
米国からの日本の軍事力強化の圧力がさらに高まっていくと考えられる中、現政権は、「日米同盟強化」そのものが外交方針であった安倍政権を引き継ぐとしている。
敵基地攻撃能力の保有が目指され、近く防衛計画の大綱が改定予定とされるが、これらは中国を主たるターゲットとしてなされている議論である。
もっとも、中国のすぐ隣に位置する日本の利害は、威勢良く米中対立を激化させても直ちには問題の生じない米国とは全く異なる。
「米国と中国の間で踏み絵を踏まされても困る(経団連中西会長)」のが日本の現状である。
この点、例えば、南沙諸島を抱え米中対立の主戦場ともいわれる東南アジアでは、現在、各国から「Don’t make us choose(選択させないでくれ)」との悲鳴が上がっている。
9月のASEAN外相会議は、米中対立が軍事的レベルにまで高まっていることについて議論が行われたと示唆し、「ASEANは地域の平和と安定を脅かす争いにとらわれたくはない」と自制を促すメッセージを発している。
また、シンガポールのリー・シェンロン首相も、「アジア諸国は、米国はアジア地域に死活的に重要な利害を有する『レジデントパワー』だと考えている。
だが、中国は目の前に位置する大国だ。アジア諸国は、米中のいずれか一つを選ぶという選択を迫られることを望んでいない。」と米誌への寄稿で米中を強烈に牽制した。
この、「米中いずれを選んでもマイナスが大きすぎる」「『選べ』という場面を作るな」という米中の狭間にある悩みは、日本にもそのまま当てはまらないだろうか。
人権侵害を繰り返し、対外積極策に出続ける中国への対応は大変困難な問題であるが、その解決策として日本が防衛力を強化し続けても、10数年、あるいは数十年の間に米国と日本の経済力や軍事力を合わせても中国に敵わない日が来るともいわれている。
その日が来てしまう前に、日本が今一番になすべきは、敵基地攻撃能力を導入して米中ブロック間の対立をさらに激しくすることではなく、日本の安全保障環境の改善のため、米中対立の自制を米国に求め、また、世界中のDon’t make us chooseと叫ぶ国々と連携して国際法の順守や緊張緩和に向けた米中への働きかけを国際社会全体でできるようイニシアティブをとることである。
(新外交イニシアティブ代表 猿田佐世)
※週刊朝日オンライン限定記事