【社説】韓国法務部長官のごり押しと詭弁、法治が崩れ
秋美愛(チュ・ミエ)法務部長官がすべての権限を剥奪した尹錫悦(ユン・ソクヨル)検察総長の罪は「政権に忠誠をつくさなかった」ということを常識的な市民は分かる。
6つの中でもう一つは尹総長が法務部の監察を拒否したということだ。
自由民主主義国家では政権を握った人々が思いのままに権力を振り回すことはできない。
憲政史上初となる現職検察総長の職務排除という事態を受け、一線の検事の反発が「検察の反乱」に拡大する兆しを見せている。
大検察庁(最高検)の研究官らは25日、会議を開き、「秋美愛(チュ・ミエ)法務部長官の指示は違法で不当な措置だ」とする声明を出したのに続き、釜山地検東部支庁の検事らも全国の検察庁で初めて、末端検事による会議を開き、同様の立場を表明した。
政権支持メディアの『ハンギョレ新聞』は、これまで法務部長官サイドの情報を流してきたが、検察官の反発が全国的な規模になる動きを見て狼狽える様子を見せている。
『ハンギョレ新聞』(11月26日付)は、「韓国の検事ら、法相による検察総長の職務停止命令に反発する声明を発表」と題する記事を掲載した。
憲政史上初の現職検察総長の職務執行停止命令に、検事たちが集団行動に出た。
一般の検事たちの反発が激しくなるにつれ、集団行動の形である「一般検事会議」が開かれる可能性も取りざたされている。
(1)「検察総長の参謀組職である最高検察庁検察研究官約30人は25日に会議を開き、検察内部の掲示板にユン・ソクヨル総長の職務停止の見直しを求める声明を発表した。
彼らは「納得しがたい手続きと過程を経て電撃的に(ユン総長が)職を遂行できなくなった。
検察業務の独立性を侵害するだけでなく、法治主義を深刻に傷つける行為で、違法であり不当だ」としたうえで、「検察が憲法と良心によって与えられた職務と責任を全うできるよう、法務部長官が今からでも職務執行停止処分を再考してくださるよう切に要請する」と書いた」
(2)「釜山(プサン)地検東部支庁の一般検事約20人も「事実関係が十分に確認されていない現時点で検察総長に対して懲戒を請求するのは、違法であり不当な措置」だとし、「真相を確認する前に検察総長の職務を排除したのは納得しがたい」という意見を示した」
ユン検察総長の業務停止という韓国で初めての「事件」に韓国の検察官に激震が走っている。身分のいかんを問わず、政権に不利な捜査をすればこういう仕打ちを受けることへの怒りだ。
個別の検察庁から全国的に拡散する兆しも表れている。
他地域の一部検察庁でも検事らの動きがあったとされる。
ある検事は「政権の不正疑惑を捜査していた検事をあぶり出す『虐殺人事』、尹総長の辞任を迫る相次ぐ捜査指揮権発動、検察への不当な指示反発など秋長官に対して募っていた検事らの怒りが爆発するのではないか」と話した。
これは、『朝鮮日報』(11月26日付)記事である。
(3)「検察内部の掲示板には、幹部級の検事らの公開批判も相次いだ。
ユン総長とともに国政壟断の捜査に参加した釜山地検東部支庁のキム・チャンジン刑事1部長は「政権の利益にならない事件を捜査すれば、総長も懲戒を受け、職務から排除される可能性があるというシグナル」とし、「事実上、検事たちに対する警告」だと指摘した。
キム部長検事は「検事も過ちを犯した場合は懲戒を受けなければならず、総長も例外ではないが、(総長が)何の対応もせず職務から排除されれば、怖くてものも言えなくなるのではないか」と反問した。
清州(チョンジュ)地検のチョン・ヒド部長検事も「長官一人でこうした驚くべきことができるだろうか。政権に寄生する政治検事と協力者がいたからこそ可能なことだ」と一喝した」
部長検事という幹部クラスが、自分の身に降りかかる政権からの圧迫をものともせずに立ち上がっている。
これは、韓国社会の特色であるが、怒りの火が一挙に燎原の火になる可能性を秘めている。政権にとっては、命取りにもなりかねない動きだ。
(4)「検事らはチュ長官が掲げたユン総長の職務排除の事由に「根拠がない」と主張した。
済州地検のキム・スヒョン人権監督官は「総長を職務から排除するにはそれにふさわしい根拠、正当性と名分がなければならないが、職務排除の事由のどこにもそのような内容はない。憂鬱で惨憺たる気持ちだ」と書き込んだ。
匿名希望のある部長検事は「汚職で起訴されたチョン・ジヌン光州(クァンジュ)地検次長検事は引き続き一線で事件を決裁するのに、総長は明確でない事由で退かなければならないのが理解できない」とし、「検察改革ではなく検察掌握だ」と反発した」
文政権が掲げる「検察改革」は、「検察掌握」であると非難されている。
政権は、検察改革という名目によって検察を骨抜きにして刃向かわないようにする意思だ。
文大統領が、この権について沈黙しているのは、自らが退任後に検察捜査を受けないように予防策を張り巡らしている結果であろう。
(5)「同日、ソウル中央地検のいくつかの部署は、部長検事の主宰で会議を開き、対策を協議した。
会議に出席したある検事は「一般検事や副部長級以上の幹部たちがこの問題にどう対応するかについて議論したが、まだ明確な解決策は見つかっていない」と述べた。
地方検察庁では「一般検事会議」が召集される可能性もあると見られる。
ある検事は「光州や大田(テジョン)などで一般検事会議を計画中だと聞いている。集団声明はこれから始まるだろう」と予測した。
若手検事たちの集団行動である「一般検事会議」は、ファン・ギョアン法務部長官がチェ・ドンウク検察総長を婚外子疑惑を口実に監察を指示したときの2013年以来招集されていない」
「一般検事会議」とは、ヒラ検事の会議である。この段階まで火が燃え移ると、事態の解決は容易でなくなろう。
文大統領は、今回の騒動を黙認しているが、いずれ自身に飛び火するリスクもでてきた。
「オバマ大統領と私は、人権の改善が国家発展の力になると信じている」
米大統領選で勝利したジョー・バイデン氏はオバマ前政権の副大統領だった2011年8月21日、中国・四川省成都市の四川大学で行った講演で、このように述べた。
この時、ホスト役としてバイデン氏と同行したのは、次期最高指導者への就任が確実視されていた習近平国家副主席だった。
バイデン氏はさらに、米中関係強化の重要性を訴える一方、
両国の最大の相違点は「人権」にあるとし、「中国は人権の改善を通じ、さらに自由を手に入れ社会を進歩させるよう望む」と発言。
習近平氏の目の前で「中国は学生や市民と政府の交流を大切にするべきだ」とも語り、民主活動家に対する中国当局の弾圧などを暗に批判したという。
中国に対してこのように要求したバイデン氏が今後、北朝鮮の人権問題からまったく目を背けるとは思えない。
大口径の高射銃を使った公開処刑の状況は、衛星画像でも捉えられており、単なる噂や疑いの水準にとどまらないのだからなおさらだ。
オバマ前政権で北朝鮮の人権侵害に対する批判の急先鋒だったのは、サマンサ・パワー国連大使だった。
国連でパワー氏らが北朝鮮を鋭く追及した結果、金正恩氏は「人道に対する罪」を問われかねない立場に追いやられ、北朝鮮はほとんど「半狂乱」とも言えるほどに激しく反発した。
もしかしたらパワー氏は、北朝鮮の独裁者を史上最も苦しめた女性と言えるかもしれない。
そして、現在はハーバード大学のシンクタンクであるベルファー・センターに籍を置くパワー氏は、バイデン陣営の外交・安全保障分野のアドバイザーを務めている。
同じくベルファー・センターに在籍し、クリントン政権下で北朝鮮政策調整官を務めたウェンディ・シャーマン元国務次官も、バイデン陣営の外交安保アドバイザーだ。
北朝鮮はかつて、シャーマン氏のことを「外交官の仮面をかぶった悪魔」と呼んだことがある。
国務省を退任し、
大統領選に出馬していたヒラリー・クリントン元国務長官のブレーンとなったシャーマン氏は
2016年5月、米ワシントンDCで行われた朝鮮半島関連セミナーの昼食会で発言し、
「北朝鮮で内部崩壊またはクーデターが起こる可能性を想定するのは不可欠であり、韓国と米国、中国、日本が速やかに協議を行うべきだ」と述べている。
筆者は北朝鮮でクーデターが起こる可能性については懐疑的だが、いずれにせよこの発言は、シャーマン氏が金正恩体制の存続に肯定的でない考えを持っていることを示唆しているように思える。
そしてその背景にはやはり、オバマ政権が問題視した北朝鮮の人権侵害があるのではないか。
果たして、パワー氏やシャーマン氏がバイデン次期政権でどれだけ重要な地位を占めることになるかはわからない。
しかし両氏は、対北朝鮮外交で経験を積んだ専門家である。
そして、人権問題で金正恩氏の責任を追及されるのが、北朝鮮にとって最も耐え難いことであるのを知っている。
トランプ大統領を相手にした対話では、核兵器を持つ独裁者として鷹揚に振舞うことのできた金正恩氏だが、今後はそうはいかないかもしれない。
2018年9月の南北首脳会談で平壌を訪問した韓国の文在寅大統領(写真左) Pyeongynag Press Corps/REUTERS
<北朝鮮は、韓国国内の北朝鮮シンパを引き寄せることで、文在寅政権に韓国社会の内部から圧力をかけようと狙っている>
北朝鮮の対韓国宣伝サイトである「ウリミンジョクキリ(わが民族同士)」は2日、韓国が米軍の「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の追加配備を目論んでいるとして、「好戦的な妄動は自滅だけを招く」と警告する論評を掲載した。
同サイトは24日にも、韓国の文在寅大統領が日本の菅義偉首相の就任を祝う書簡を送ったことは、「民心をないがしろにする反逆であり売国である」と非難する論評を掲載した。
北朝鮮は6月、脱北者団体による対北宣伝ビラの散布と、それを許した韓国政府に反発して開城(ケソン)工業団地内の南北共同連絡事務所を爆破した。
しかしそれ以降、韓国に対する非難は小康状態にあった。
特に10月、北朝鮮が海上で韓国人男性を射殺した事件では、韓国政府に対し朝鮮労働党統一戦線部が通知文を送付。
その中で金正恩党委員長が「文在寅大統領と南の同胞たちに大きな失望感を与え、非常に申し訳なく思う」と表明したことが明らかにされた。
金正恩氏のこうした態度は、文在寅政権との関係修復を図るためというよりは、韓国社会の対北世論を極端に悪化させないためのものであると筆者は見ている。
韓国社会の一部では、
日本や米国に反発するナショナリズムが高まっており、
その中には北朝鮮を「解放後に親日派を排除して国づくりをした」として、民族国家としての正統性を認める向きもある。
北朝鮮は、そのような人々を自国の主張に引き寄せることで、文在寅政権に韓国社会の内部から圧力をかけようと狙っているフシがあるのだ。
今回のTHAADに関する論評は、米大統領選後の米韓同盟の動きを見据えたけん制ではないかと思う。
文在寅氏に良い顔をしなかったトランプ氏からバイデン氏に政権が移り、米韓同盟の再強化が図られたら厄介だ。
そんなとき、自国からの「民族自主」の呼びかけに呼応する世論を韓国社会に形成しておくのは、北朝鮮にとって大事なことだろう。
北朝鮮によるこの種のメッセージの発信は、今後、より頻繁になるかもしれない。
[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)検察総長が職務から排除された。
尹総長を追い出すために数多くのごり押しと術策を繰り広げてきた秋美愛(チュ・ミエ)法務部長官が結局、前例のない検察総長の職務執行停止を命令した。
秋長官が提示した理由は極めて非常識で不当だ。
このように極悪非道な事態が起きたのは衝撃的だ。権力の横暴に驚かざるを得ない。
秋長官は昨日監察を通じて重大な不正疑惑を多数確認したとし、尹総長に対する懲戒を請求して職務執行を停止させた。
秋長官が確認したという不正はいずれも正常な総長の職務遂行の範囲を超えていないとみられる。
秋長官はハン・ドンフン検事長に対する監察を許容しないことを問題にしたが、尹総長は監察よりさらに厳密な調査が必要な捜査を指示した。
その後、秋長官はこの事件に対する尹総長の指揮権を剥奪して政権寄りの検事らを動員して違法的な押収捜索も押し切った。
だが、捜査チームは数カ月間ハン検事長に対する起訴を起こせずにいる。
これが秋長官が叫ぶ検察改革に合致するのか問い直したい。
犯罪者の話だけに耳を傾けて疑惑を断定して「狙い打ち捜査」を指示した秋長官が席から退くべきだ。
また、秋長官は
「検察総長は持続的に保守陣営の大統領選挙候補として取り上げられ、大統領選に向かった政治的な動きを見せていると疑われ、ひいては最高検察庁国政監査で退任後政治参加を宣言すると解釈される発言をし、(中略)検察総長として命のような政治的中立に対する不信を解消するために積極的な措置を取らなかった」
としてこれを懲戒請求の理由として前面に出した。
尹総長はかなり前に大統領選候補の世論調査で自身を除いてほしいと公開的に求めた。
国政監査の時は「退任後ボランティアする方法をゆっくりと探してみたい」と話した。
世論調査に入れてほしいと求めたこともなく、大統領選に飛び込むと宣言したこともない。
秋長官の主張がどれほどとんでもない詭弁なのかがここで明らかに現れる。
法務部は秋長官が尹総長の職務排除に対して文在寅(ムン・ジェイン)大統領に事前に報告し、文大統領はいかなる反応も見せなかったという。
大統領が事実上同意したとみるほかはない。
文大統領は尹総長に任命状を与えて政府と与党にも厳正な捜査をしてほしいと述べた。
尹総長はその要請に忠実に従った罪しかない。
青瓦台(チョンワデ、大統領府)はこの事態に対する文大統領の立場が何かをはっきりと明らかにすべきだ。
尹総長は「一点も恥じることがない」として「違法な処分に法的対応」を予告した。
違法的な命令であるだけに当然の対応だ。
秋長官の措置に対する判断はまもなく裁判所に任せられる。
権力の専横を防いで法治主義を守る賢明な決定を司法府に期待したい。
これ以上、常識が崩れて非理性的な言動が横行する国になってはならない。