食の旅人

~ 食べることは生きること、生きることは旅すること、そうだ食べることは旅すること~
  野村洋文

京華桜

2017-08-10 20:31:31 | 日記

昨日、横浜中華街の「 京華桜 」にて、窪田敏之先生と四川料理を堪能しました。非常に優秀な先生でして学べるところ大です。 歯科の話を中心にして有意義な時間を過ごせました。


東京裁判というもの

2017-08-08 06:29:54 | 日記

昨日書き込んだ内容に付け加えまして、この時期、日本人としてどうしても書き込まなければならないことがあります。 日本が戦った日露戦争と太平洋戦争は、過去500年間にわたる白人の世界支配を打ち壊すためのものでした。 この戦争により、西欧列強によるアジア・アフリカ植民地支配が終わり、人類平等の世界がつくられたのです。これこそが、太平洋戦争の世界史的な意義でして、これまで人類が経験した戦争とは、まったく違うものであると思うのです。 そして、最後は全世界を相手にし、日本は負けました。華々しく散りました。 その後「 東京裁判 」という法律ではなく、処刑の目的が先行した感情で裁かれた裁判のようなものが行われました。 人の行為を裁くとき、あらかじめその行為を裁く法律がつくられていなければならないとする「 罪刑法定主義 」の大原則に反する事後法により、7人の戦争指導者とよばれる方が処刑されました。 広田弘毅なんぞ、外交官時代、首相在中も、戦争回避に奔走しましたが、文官(軍人でない)の代表としてみせしめに処刑されております。 中将の武藤章は、(彼以外、死刑に処せられた被告人はすべて大将)一貫して戦争反対を唱えながら、東条英機のそばにいたという理由だけで、マッカーサーのお冠になり死刑に処せられております。  マッカーサーといえば「 I shall return 」などとかっこいいことを言っていますが、なんてことはない。 フィリピンのバターン半島で、日本軍においつめられ、部下を置き去りにして命からがら、ひとりオーストラリアに逃げて行ったのです。 そのバターン半島に取り残されたアメリカ兵を含む数万人を、日本軍が収容所のある場所まで歩かせたことから、「 バターン死の行進 」などという汚名を着せられていますが、物理的にどうしょうもない状態だったのです。  「 東京裁判 」という小林正樹監督がメガホンをとったドキュメンタリーフイルムがありますので、ご興味のある方はご覧ください( 非常に長い映画ですが~) そして、 東京裁判を行っている最中にも連合国は、日本軍に解放されたインドネシア、ベトナムを取り戻すため、再び侵略戦争をしかけているのです。


日本を救った男の話

2017-08-07 06:28:47 | 日記

毎年、この時期が来ますと、必ず書き込む、いや書き込まなければならない内容があります。今年も日本人として、書き込ませていただきます。 日本を救った男の話です。 戦争は始めるよりも終わらせることのほうがはるかに難しいことは論を待ちません。 小説、映画の方が有名ですが「 日本のいちばん長い日」という終戦に向けて粉骨砕身した人間のドラマがあります。 実話でして、その中の陸軍大臣阿南惟幾の腹芸により、日本は戦争を終わらせることができたのです。 もう少し突っ込んで話をしますと、昭和天皇と、鈴木貫太郎首相と、阿南惟幾陸軍大臣の巧みな連係プレーが日本を滅亡から救ったのであります。 ポツダム宣言受託(日本の無条件降伏)によって、日本陸軍がどのような動きにでるか、もちろん徹底抗戦、本土決戦を叫び、日本を破滅に追いやることは必定でした。 これを食い止めたのが、阿南大臣の胸三寸だったのです。 語気を強めて言います。 阿南惟幾が日本を救ったのです。 彼の本心ははじめから終戦でした。 それは昭和天皇、鈴木貫太郎首相の心と一致しておりました。 しかし、彼のうしろには、四百万という大きな陸軍がいました。 その膨大な圧力が阿南を苦しめ続けていたのです。 すでに戦場に散った幾多余多の英霊もいました。 阿南惟幾自ら、「 本土決戦、徹底抗戦 」を主張することにより、陸軍の顔をたて暴発、反逆を防いだのです。 その言葉が英霊に対する感謝の誠をも含んでいることは論を待たないでしょう。 阿南惟幾の二律背反が完全に機能することにより、戦争を終わらすことができたのです。
 8月15日早朝、阿南惟幾は割腹自決をします。 悲報は全国に飛びました。昭和天皇の玉音放送とともに、彼の自決は陸軍に対して強烈なダブルパンチとなりました。 いやがおうにも本土決戦を叫んでいた青年将校たちは、陸相の死により腰砕けとなったのです。 阿南惟幾の死が、故国を救ったのです。  靖国神社に遊就館という施設があります。 その出口付近に、阿南惟幾が自決時に書いた「 一死をもって大罪を謝し奉る 」という血染めの遺書が展示されております。 


日清ソース焼きそば

2017-08-05 19:05:26 | 日記

ふと「 日清ソースやきそば」を食べたくなり、突き動かされるようにして近くのコンビニに駆け込みました。 戻るなり、セロハンふたをめくり、乾麺に熱湯を注ぎ、ふたを閉じて、1分半(3分は待てません~)。容器の隅にある「湯切り」の穴から熱湯を捨てると、流しのステンレスが、ペコッ!と小さく鳴ったような鳴らなかったような。ソースを混ぜてよく麺に絡ませた後、青のりをふりかけて、ズルズルズル。 うまい! コンビニ内は新たなカップ焼きそばが群雄割拠しておりますが、やはり、日清ソース焼きそばでしょう。 シンプル・イズ・ベスト! あしからず。