おはようございます。
昨晩も孫のベイビーシッターで家に帰ってきたのは夜の10時。
昨日は嫁が仕事でワシントンDCに、そしてクオルテットを仲間とやっている息子が毎年恒例のクリスマスコンサートの練習のため7時半から9時まで不在だったため、急遽バーさんが呼ばれました。
優しいバーさん(私のことですよ)は夕食を作って5時半に行きました。
孫は疲れているんでしょうかね、それとも早めのテリブル2が始まったのか知らんけど、ご飯は食べないし、じっとしている時は大好きな❝ナイトビフォークリスマス❞を見ている時だけ。
でも息子が風呂に入れて家を出て行ったあとは、本を読んであげると割とすんなりと寝てくれました。
❝私は一人で子供二人を育てました‼❞と自負していますが、今考えても腹立つぐらい主人は何もしなかった。
義母に❝この子と結婚する子は何と幸せなんだろう❞と言わしめた息子(主人)は、社会的適用性に関しては❝発達障害❞に分類されると思う。
何をしなくてはいけないか、何を必要とされているのかをまるっきり判断できていない。
初めての子が生まれて家に帰ってきた日(保険の関係でこちらは自然分娩の場合、出産した次の日、または2日後には病院から追い出されます)、主人は何もなかったように普段通り、大好きな庭の手入れ。
一度義母が来た時、主人がおしめを変える姿を見て、❝あら、偉いわね、お父さん(義父のこと)はおしめなんか一度も取り替えたことがなかった❞だって。
❝あんたは100%主婦だった人、私はあんたの息子と同様仕事している人❞、とは言いませんでした。
でも義母には何回も同じことをきかされ、ついに❝あんたの息子、私が結婚しなかったらいまだに独り身だったろうに❞と、釘はさしておきました。
その後子供たちは3歳から公文算数(高校に入るまでやりました)、5歳からチェロ(娘は大学卒業でやめましたが、息子はまだ仲間4人で細々と活動しています)、3歳からサッカーと教育ママに鍛えられて育ちました。
主人は自分の好きなサッカー分担だけはやってくれました。
これを仕事をやりながらほぼ一人でやりました、いや本当に。
年間走行距離3万キロを13年間ほど出し続けました。
もちろんその他毎日の食事の世話などの家事はちゃんとやりましたよ。
誰もやってくれる人がいなかったから。
昨日息子が帰ってきてから15分ぐらい話しました、息子は実によく子育てと家事をやってくれている、と。
主人の発達障害ぶりを知っている息子は、❝両親の手伝いもなく、良く一人で子育てできたね❞、とねぎらってくれました
私の良いところは、自分で言うのもなんですが、❝今やらなくちゃいけないことを動物的本能/嗅覚で的確に感知できる、そしてそれを実行するということ❞と思います。
と言うことで、私の子育ては一言で言えば❝動物的本能❞に従うでしょうか。
しかしながら、主人の発達障害は今なを続いていますが、私がそれを無視できるようになったのか、主人をそれほど必要としなくなったのかわかりませんが、穏やかな時を過ごしています。
と言っても、❝今に見てろ!❞と言う感覚はいまだ持ち続けていますが、、、、
しかしながら、困ることは主人が100%金の管理をしていることでしょうか。
そうなんですよ、私は若いころから誰からも指摘されるぐらい金の管理ができない。
主人が❝金がない❞、と言ってきたら❝あ、そうなの❞、と言って使うのを控えるぐらいしかできない。
主人は時々この手で金をけちります。
私は高校から家計簿をつけ始めた兄とは性格がまるっきり反対なんです。
友達が、❝あんた、自分の金ぐらいちゃんとしてないと、いざと言う時(つまり熟年離婚)困るよ❞、とよく言いますがどうしてもできないんです。
熟年離婚なんて考えてはいませんが、だってそんなことしたら息子娘に迷惑が掛かるでしょうから。
今考えていることは、もし主人が認知やら身体的不自由さが出てきたら❝老人ホーム❞に入れちゃうことです。
なんて言ってますが、物忘れがひどくなってきた私の方が先に認知症を患ったりして。
そんなことが起きたら、主人には最後まで面倒を見てもらいます、❝え‼‼、都合がいいんじゃない❞、と言う声が聞こえてきます‘。
私は今まで主人の面倒を見てきたから、ソレデイイノダ。
先日、もう30年くらい前に治療した歯が欠けました。
また馬鹿高いアメリカの歯科治療費に金がかかる、、、と思い、今日はアメリカの歯科治療について書こうかと思ったけど、次回にします。
ハブグレジュンタのマミー