ぞうもつ日記

喰ったら出せ! 出せないなら喰うな!

無人バスは地方を救うのか

2017-01-13 | 時事ネタ
ここ半年余りでワタクシをとりまく環境も緩やかに変貌。
その結果、埼玉県のとある過疎村と都内を往復する機会がめっぽう増えた。
電車とバスを使って、ドアtoドア、3時間は見なければならない。
これ、愛知県の実家に帰るのと変わらない。いや、より時間かかってる。
なんといっても、バスの本数が少ない。
タイミング合わなければ2時間待ちなので、トータル3時間どころの騒ぎじゃない。

まぁ、使用する絶対人数がとにかく少ないので、
バスの本数増やしたところで絶対に運転手の賃金払えないよね。
そんなこんなで自動車運転のライセンスを持っていないワタクシの目に留まった新聞記事は、
「無人バス、公道走行実験」という見出しだ。
ネットでもニュースになっている。

自動運転のレベルはいつの間にそんなことになっていたのだ!!!
・・・・と驚愕するも、これどう考えても、ハードル高すぎないか?と
得意のネガティヴ妄想も膨らむ。

バス亭のヒトをどのように認知するのか?
停留所で一応全部留まれば済むのか?

歩行者が死角から近づいたらどうするのか?
いやむしろ人間よりも精確に察知できるのか?

開発に絡んでいるのはドコモとソフトバンクらしい。
つまり、、スマホとの連動が前提となっている予感!
しかし、過疎化した地域のお年寄りが乗りこなせるのかっ???

AI技術も駆使するらしいが、
本当にコストダウンになるのか?

村の人々の顔を思い浮かべて、いろいろ想像するが、
確かに無人のバスが目の前に留まって走り出すのは、
まるで童話の中みたいで面白い。
遊園地の乗り物っぽい感じもある。
しかし実際の公道はレールが敷いてあるわけじゃないし、
ドライヴァーの才能がないとしか思えない運転手もたくさん車に乗って移動している。
田舎とはいえ、ちょっっとでも直線コースがあるとアクセルを踏むのはヒトのサガ。
(そしてそこに鼠トリが待ち構えているのも常識)

無人バスはどんなルールで走るんだろう。
40km制限の道を40kmで走るんだろうか。
迷惑じゃないか、それ。

歩行者のスマホに危険を知らせるシステムを開発中だと?
だから、年寄りはスマホのお知らせなんて気付かないってば!
しかもそれじゃ遅いだろ、どう考えても・・・・

あれこれ考えるも、記事の終わりの方を読むと、
携帯電話事業がアタマ打ちになった今、無人運転が次のビジネスを開く、みたいなことで
締めてある。ううむ。
詐欺まがいのビジネスで儲けまくっているキャリア業者が一方でこういう開発に精力的なら許せるじゃんと一瞬思った自分が可哀想になってきたぞ。
たぶん、商才無縁のワタシには思いもよらない金儲けチャンスがここにはあるのだろうなぁ。思いもよらないからよくわからないけど。
しかし技術的ハードは、一般乗用車よりバスの方が全然低いらしい。なぜだろう?

まぁ、数々の疑問はさておき、
所詮ワタシの通う過疎の村の住民は、あまりやる気のないお年寄りばかりなので、
車がなければ家に閉じこもっているし、きっとバスの本数なんて気にしていないんだろうなと思う次第で、
私はこれ以上バスの本数が減らないようにひたすら祈るばかりです。










2017年あけましておめでとうございますと今頃いってみる

2017-01-12 | つぶやき
満月なので、久々に書いてみたくなった。
時間が許すかどうかが微妙なので、余計チャレンジしたくなった。

この正月、2日に祖母がめでたく満年齢100歳になりました。
93歳になったときから心密かにカウントダウンしていて、
100歳になったら会いにいこう、と全く出向くことのなかった怠惰な孫でしたが、
昨年、もしかしたら、もう危ないかもという知らせをきいて、
99歳の御祝いをしに10年以上ぶりに会いにいってしまっておりました。
フライングといえばフライングですが、会えてよかった。
ワタシが誰かという認識が可能だったもの。

そして今年はやはり御祝い日には親戚中が集まるという状況下、
祖母の居る施設でインフルエンザが発症したらしく、
なんと窓越しでの面会しか不能になってしまったらしいのです。
みんな窓越しに順番にご対面。
ワタクシには、母親からお達しが来ました。
「あなたは誕生日には来ない方がいいわ」
そんなわけで、お正月は御見舞いの後立ち寄った母親と東京駅でランチをするという
毎年恒例の時間を持ったのでした。

そんな母親ももう81歳なのです。

一緒に暮らしているときは決してソリが合うとは思えず、
母親のことをとりたてて好きだと思ったこともなく、
親は選べないからなぁぐらいに思っていた、心底親不孝な娘でしたが、
もうここ最近、なにかにつれ、母親の偉大さに圧倒されております。
この女性こそ、この世で一番尊敬すべき人物だったんじゃないかと本気で思えるくらい。
だいそれたことを何ひとつするわけでもなく、身近なヒトのために尽くし、教え、頼られている。
世間に名を残しているわけでもないけど、
末永く信頼をよせているヒトがたくさんいる。
そしていつもさりげなく、淡泊と思えるほどに、常に我が子を案じ、全く他人をアテにせず、
日々淡々と生きている。
81歳でも仕事を続けて、貢献し続けているというのは本当にスゴイことで、
誰にでもできることではないのに、
ワタシはあたりまえのこととしか思ってなかった。
相当あり得ないことなのに。

それどころか、、、、

いまだに毎年お年玉をもらってるんですけど。。。。。

自分に子供がいたらもっと早く気付いていたかもしれないのですが、
気付けただけでもましと思うべきか。
知恵遅れでスタートしてから、何から何まで遅め遅めで展開中の人生、
もはや焦る気すら起こらないのも事実です。
刻々と近づいているお迎えの前に何をすべきか、そろそろわかりたいものです。
わかったら何が起きるのかは、まだまだ謎ですが。

とりあえず、目の前のデータでパンクしそうなパソコンの中身を
一刻も早く断捨離したいと思います・・・・・・
ウェーイ