ポール・ボキューズが来年の2月に80歳の誕生日を迎えます。
ミシュランで三ツ星を獲得してから40年。
彼が本を出しました。「Le feu sacré」(ル・フー・サクレ)と言う題名です。
もっとも執筆したのは、30年連れ添っているボキューズの彼女の娘さんです。
ボキューズは1926年2月にリヨンの郊外のコロンジュ・オ・モン・ドールで
生まれました。代々料理人の家族で、学校嫌いだった彼も料理を目指しました。
1958年に、ミシュランのひとつ星を獲得、四年後に二つ星。
その後、三ツ星をとるために、昼夜研究し続け、1965年に三ツ星獲得。
それ以来、その地位は揺るぎがありません。
今は星もなくて、対象外のたかーい位置にいます。
わたしは何回かボキューズに行きました。
でも自腹を切ったことはないのですけれど。
最初に行ったのは1981年だったと思います。
フランス料理はソースがとても重要です。このソースが実においしいのですが、こってりとしていて一品食べたらもうほかに入る余地無し。
おいしそうなデザートを横目に、「もうだめだわぁ」とため息つくことが何度あったか。
その内、「ヌーベル・キュウジンヌ」(新しい料理)が主流になり、
盛り付けがそれまでとがらっと変わりました。
大きなお皿に、少量を美しく飾るのです。
もちろん料理法も違っていると思いますが、詳しくは分かりませんので、
もしよく御存知の方がいらしたら教えてください。
料理法も変わりましたが、コロンジュ・オ・モン・ドールにある
彼のレストランもとても変わってしまいました。
外見がオレンジと緑に塗られ、一見中華レストランか?
中も、昔はフロアーがひとつで、ゆったりとしていましたが、
いまは二フロアーにしてテーブルの間も狭く、その間を縫って
ギャルソンが大汗をかきながらお料理を運んでいるのを見て
がっかりしたのを覚えています。
でももう一度行ってみたいですね。
日本びいきの彼は、わたしの父がニコンのカメラを持っているのを見て、
「ニコンだね。いいカメラですね。一緒に写真を撮りましょう。」
と言ってくれて、彼と一緒に写っている写真があります。
いい思い出です。
ミシュランで三ツ星を獲得してから40年。
彼が本を出しました。「Le feu sacré」(ル・フー・サクレ)と言う題名です。
もっとも執筆したのは、30年連れ添っているボキューズの彼女の娘さんです。
ボキューズは1926年2月にリヨンの郊外のコロンジュ・オ・モン・ドールで
生まれました。代々料理人の家族で、学校嫌いだった彼も料理を目指しました。
1958年に、ミシュランのひとつ星を獲得、四年後に二つ星。
その後、三ツ星をとるために、昼夜研究し続け、1965年に三ツ星獲得。
それ以来、その地位は揺るぎがありません。
今は星もなくて、対象外のたかーい位置にいます。
わたしは何回かボキューズに行きました。
でも自腹を切ったことはないのですけれど。
最初に行ったのは1981年だったと思います。
フランス料理はソースがとても重要です。このソースが実においしいのですが、こってりとしていて一品食べたらもうほかに入る余地無し。
おいしそうなデザートを横目に、「もうだめだわぁ」とため息つくことが何度あったか。
その内、「ヌーベル・キュウジンヌ」(新しい料理)が主流になり、
盛り付けがそれまでとがらっと変わりました。
大きなお皿に、少量を美しく飾るのです。
もちろん料理法も違っていると思いますが、詳しくは分かりませんので、
もしよく御存知の方がいらしたら教えてください。
料理法も変わりましたが、コロンジュ・オ・モン・ドールにある
彼のレストランもとても変わってしまいました。
外見がオレンジと緑に塗られ、一見中華レストランか?
中も、昔はフロアーがひとつで、ゆったりとしていましたが、
いまは二フロアーにしてテーブルの間も狭く、その間を縫って
ギャルソンが大汗をかきながらお料理を運んでいるのを見て
がっかりしたのを覚えています。
でももう一度行ってみたいですね。
日本びいきの彼は、わたしの父がニコンのカメラを持っているのを見て、
「ニコンだね。いいカメラですね。一緒に写真を撮りましょう。」
と言ってくれて、彼と一緒に写っている写真があります。
いい思い出です。