( ランス駅前の小雨降る公園 )
期待したが、今日もお天気は良くない。フランスは、秋がなく、夏から一気に冬になるという。お天気が悪く、寒い。
今日は、ランスからアミアンへ向かう。
フランス鉄道は、今はTGVと呼ばれる新幹線が中心で、パリと地方都市を結ぶ列車は充実している。だが、地方から地方へ移動するには、1日数本しかないTirと呼ばれる在来線に乗ることになる。日本で言えば、急行、快速、鈍行列車の世界だ。
ランスからアミアンへは、2時間少々かけて、いくつもの駅に停車しながら、これはこれで楽しい汽車旅を過ごした。
( 車窓風景 )
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日本でネットを通してホテルを予約した際、「バスタブのある部屋は用意できないが、大聖堂ビューの部屋を用意できる」 ということだったので、喜んでOKした。
フロントにはパリッとスーツを着た若いアフリカ系の女性がいて、にこやかに、かつ、てきぱきっと受付をしてくれる。我々のような遠い異国からの心細い旅行者には、フロントにいる人の好感度性、ホスピタリティが、ホテル評価の半分以上を占める。
部屋に入ると、小さなベランダがあり、青空を背景に、大聖堂があった。 この旅でただ一日の、青空と白い雲の午後であった。
( ベランダからアミアン大聖堂を望む )
早速、大聖堂へ。ホテルから徒歩5分。空が晴れると、街並みも美しく見える。
( 美しい民家と大聖堂 )
( 大聖堂の西正面の広場から )
大聖堂前の広場は、久しぶりの青空で、心地よかった。
アミアンの大聖堂は、フランス・ゴシック大聖堂の盛期に建てられた、フランス最大の大聖堂である。もちろん世界遺産。 天井の高さは42.5m、尖塔の高さは112.7mあり、パリのノートルダム大聖堂の2倍の大きさだと言う。
上部、真ん中にある円型はバラ窓。その下の彫像群は、「王のギャラリー」と呼ばれ、22人のフランス王が並んでいる。
( 中央扉口 )
中央扉口の上部には最後の審判のキリストが君臨し、一方、中央柱のキリスト像は慈愛と福音を語って盛期ゴシック彫像の頂点に立つ作品とのこと。
アミアン大聖堂で注目されるものの一つは、中央柱のキリスト像の横に聖人像が並んでいるが、その聖人像群の下、石壁の一番低い腰石部分。
文字の読めない庶民のために12の美徳と12の悪徳の絵が彫られ、また、「月々の仕事 (12か月の月ごとに行うべき農作業)」の絵が彫られている。
というのも、キリスト教では、「楽園」 を追われたアダムとイブの子孫は、日々、苦しい労働をしなければ生きていけなくなったのだ。
庶民が登場する素朴な絵で、なかなか面白いが、どうも 「無知な農民どもよ。このように月ごとの農作業をしっかりやらなければ、収穫はないぞ (税金も納められなくなるぞ)」 と、上から目線の教訓を垂れているようにも感じる。
日本神話では、天照大御神は自ら田植えを行い、機織りをした。それは今も今上天皇の農作業、皇后陛下の機織り作業として伝えられている。上下、心を一つにするのが日本的統治である。
絶対者としての唯一神、その権威を着る教会と聖職者及び王侯貴族に対して、日本の八百万の神々は、山や、海や、樹木や、岩や、田んぼや、台所にあり、常に人々とともにいる。そういう文化・風土のほうが、なつかしくて、いい。
( 簡素なステンドグラス )
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大聖堂を出て、町をそぞろ歩きする。
ピカデリー地方の中心都市アミアンは、第一次世界大戦でも、第二次世界大戦でも大きな被害を受け、大聖堂だけが残って、街並みはすっかり新しくなったそうだ。
小さな運河が流れる橋の上から、フランスで一番大きい大聖堂の姿が見えた。全長は145m。街の他の建物と比べると、その巨大さがわかる。
( サン・ルー地区の橋から大聖堂 )
運河が流れ、緑が多くなり、枯れ葉散る晩秋の光の中を、若者たちが操る競技用のボートが行きかう。
( サン・ルー地区 )
( 運河で練習するボート )
ホテルに戻り、ベランダに出ると、飛行機雲があった。快晴である。
( アミアン大聖堂と飛行機雲 )
夜、ライトアップされた大聖堂も印象的だった。
( アミアン大聖堂のライトアップ )