ドナウ川の白い雲

ヨーロッパの旅の思い出、国内旅行で感じたこと、読んだ本の感想、日々の所感や意見など。

神の住む島・竹生島へ … 琵琶湖周遊の旅(2)

2020年12月27日 | 国内旅行…琵琶湖周遊の旅

  (竹生島)

 「琵琶湖と称するようになったのは、それより (注: 「淡海」に「近江」の字を当てた頃より) 後のことで、竹生島に弁才天を祀ったために、琵琶を連想したのではなかろうか。そう思ってみれば、琵琶の形に似なくもないが、『さざなみ』という枕詞に、琵琶の音色を感じ、そこから弁才天が誕生したと考えた方が、古代人にはふさわしい。」(白洲正子『近江山河抄』)。

 「琵琶の形に似なくもない」と言っているのは、何が、「琵琶の形に似なくもない」というのだろう??

 琵琶湖のことだろうか?? それとも、竹生島??

 日本語はまことに難しい。

 それよりも、「『さざなみ』という枕詞に、琵琶の音色を感じ、そこから弁才天が誕生した」のではないかという筆者の発想は美しい。

 「さざなみ」は、古くは「ささなみで、古語辞典に、風のために立つこまやかな波のこと。そこから、①地名。近江の琵琶湖西南部沿岸地方の古名。②「さざなみの」で「大津」「志賀」「比良山」「なみ」「よる」などにかかる枕詞、とある。

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 上の写真の竹生島の後ろに霞んで見えるのは、明日、車で行く琵琶湖の北岸、葛籠尾(ツヅラオ)崎のあたり。琵琶湖の周囲でも、最も静かなあたりだ。すぐ近くに菅浦という小さな港があり、竹生島との距離が最も近く、約2キロ。

 白洲正子の『かくれ里』から

 「遠くから眺めると、その形には古墳の手本になったようなものがあり、水に浮いている所も、二つの丘にわかれている所も、前方後円墳そのままである。神が住む島を聖地として、理想的な奥津城とみたのは、少しも不自然な考え方ではない」。

 「仏教が入って来て、そこに観音浄土を想像したのも、自然の成行きであったろう。逆に言えば、古墳時代の文化が根を降ろしていたから、仏教を無理なく吸収することができたので、竹生島の美しい姿自体が一つの歴史であり、神仏混淆の表徴であったといえる」。

  (竹生島港が見える)

 ウイキペディアによると、この島の周囲は約2㎞。標高197m。島全体が花崗岩の一枚岩で、切り立った岩壁で囲まれている。島周辺の湖底は深く、西側付近の最深部は104mある。

 港は、島の南側に1カ所だけ。港の近くに、寺、神社、数軒の土産物店がある。寺も神社も店舗の関係者も全て島外から通っており、夜間は無人の島となる。

 人が往来するのは島の南の港付近に限られ、他はカワウのコロニーになっているという。

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 桟橋に降りると、いきなり立派な歌碑があった。

 「瑠璃(ルリ)の花園 珊瑚(サンゴ)の宮/古い伝えの竹生島/仏のみ手に抱かれて/眠れ乙女子やすらけく」。そもそもは旧制三高のボート部の歌。

 下船した人々らと桟橋から山の方へ歩き、入山料を払ってパンフレットをいただく。

 そこから急峻な石段が上へ延びていて、パンフレットには「祈りの石段」としるされている。「数多くの巡礼者や参拝者が、祈りを捧げながら165段の石段を上ったことから名付けられました」。

  

 (祈りの石段)

 「祈りの石段」より「165段の石段」の方がインパクトがある。「島全体が花崗岩の一枚岩で、切り立った岩壁で囲まれている」というのだから、致し方ない。

 石段の1段1段が高く、足腰にこたえる。若い学生たちはひょいひょいと上がって行くが、年配の人も多く、上りの人も降りてくる人も、1段、また1段だ。立ち止まると、急な石段の途中は高度恐怖症にとって、ちょっとこわい。

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 上りつめた所に宝厳寺本堂があった。弁才天堂とも言われ、本尊は弁才天。

   (本堂)

 弁才天の「天」は、如来や菩薩より格下の仏で、風神・雷神や四天王、阿修羅など、仏教を守護する役割をもつ。もとは古代インドの神々だったが、仏教に取り入れられた。

 「悟り」とか「極楽」とは縁の遠い私は、「像」として、如来、菩薩よりもこちらの方が好き。

 弁才天はもと聖なる河の化身。水の女神。バチをもって演奏する音楽神の形をとることが多い。日本では七福神となり、また、本地垂迹では宗像三神の市杵嶋姫(イチキシマヒメ)と同一視される。宗像三神は古代海人族・宗像氏の海の女神。(当ブログ「国内旅行…玄界灘の旅」参照)

 水の女神、音楽の女神は、琵琶湖にふさわしい。

 江の島、宮島と並ぶ「三弁才天」のうち、竹生島の弁才天が最も古いそうだ。

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 やや離れて三重塔があり、三重塔から石段を下ると、唐門に出た。

    (左上に三重塔、右下に唐門)

   唐門は桃山風の豪華な門。秀吉の大坂城の堀に架けられた極楽橋の一部だったが、豊臣秀頼がここに寄贈・移築した。大坂城は大坂夏の陣で焼けてしまい、今、唯一の大坂城の遺構となって国宝である。

 唐門を入ると観音堂。那智の青岸渡寺にはじまる西国33カ所の観音信仰霊場めぐりの、ここは第30番目の札所とか。

 観音堂から続く舟廊下は、秀吉の御座船の骨組みを利用した廊下と言われ、急斜面に掛けられているので、外から見ると舞台造りになっている。

  (舟廊下)

  (舞台造り)

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 舟廊下を通過すると視界が開けて明るくなり、目の前に都久夫須麻神社がある。ツクブスマ神社。竹生島の信仰のもともとの神さまだ。

 この建物も、秀吉が帝を迎えるために伏見城内に造った御殿を寄進したもので、桃山文化を代表する国宝建築だそう。

  (都久夫須麻神社)

 白洲正子『近江山河抄』から。

 「竹生島はいつも女性にたとえられるのは、その姿が優しいだけでなく、母なる湖を象徴したからであろう。祀られているのも、ツクブスマという女神で、あきらかに北国の訛りがある」。

 「はじめは浅井(アザイ)比咩(ヒメ)を祀ったといい、その方が古いように思われる。現在その名は浅井郡として残っており、この地方の生え抜きの地主神であった」。

   「浅井比咩がツクブスマとなり、観世音と混淆して弁才天に変身したのが、竹生島の歴史であり、私たちの祖先が経て来た信仰のパターンでもある」。

 新しく入って来た仏教も、この列島の中で年月を経てゆっくりと融和していき、日本の文化として溶けていった。明か暗か、白か黒か、善か悪か、神か悪魔か、そういう二元論的な文明は、この国の風土になじまない。  

 竜神拝所があり、テラスから学生たちのグループがかわらけ投げをしていた。2枚のかわらけに名前と願い事を書いて投げる。

  (かわらけ投げの鳥居)

 うまく眼下の鳥居をくぐると、願いがかなうとか。しかし、かわらけは、なかなか思うように飛ばない。「おっ、野球部!」と言われたおとなしそうな学生が、見事に鳥居をくぐらせた。さすが

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 これで一巡した。さっきの舞台造りの横を通って石段を降りて行き、桟橋へ向かう。

 (桟橋を見下ろす)

 桟橋で少し待っていると、帰りの船がやって来た。

 来るときほど風は強くなく、波もおだやかで、早くも傾いた秋の日ざしがやわらかく心地良かった。

 「竹生島へ渡り、お参りをすませたが、島というものは外から見るに限る。そういう印象を受けて帰って来た。観光地として俗化したこともあろう。が、それは島のロマンティシズムがもつ宿命的な弱味かもしれない。大崎の港に帰りついて、ふり返った時の竹生島は、ふたたび美しさをとり戻し、その女性的な姿に、女神を見た人々の、優しい心根が思いやられた」(白洲正子『西国巡礼』)。

 まあ、そういうことなのだが、それでも、一度は上陸してみたかった。ロマンティストだから、満足です

 白洲正子は、竹生島の弁才天を思いつつ、こんなことも書いている。

 「湖北には大音(オオト)という村があって、楽器の糸のために、原蚕糸を作っているが、静かな村の中で糸織りの音に耳を澄ましていると、琵琶の調べが聞こえてくるような気がする」(『近江山河抄』)。

 白洲正子がこれを書いたのは昭和40年代だから、もうそういう王朝の世界のような淋しげで趣のある産業はないだろうと思いつつ調べたら、今も1軒だけ健在だった。

 数軒あった同業者は新素材の製品に押され、何よりも後継者がいなくて廃業してしまった。今も残る1軒は、和楽器弦メーカー「丸三ハシモト」株式会社。住所は長浜市木之本町大音である。

 滋賀県のホームページには、「未来に響く伝統の音色 ─ 近江の楽器糸」として紹介されている。絹糸から350種以上の楽器糸を製造し、「長年培われた技と手仕事により紡ぎ出される高品質の弦は、深みのある余韻と妙なる音色を生み出し」て、国内のみならず中国の二胡や西洋音楽のヴァイオリンの弦など世界から注目を集めているそうだ。テレビでも紹介されたとか。もちろん、後継者も育っている

 先日も、ユネスコ文化遺産に8種類の匠の技が登録されたことが報道された。

 年を取ってくると、人生というものの見方も変わってくる。

 日本の子どもたちよ。都会の大学を目指すばかりが人生ではない。大企業に就職するとか、プロのサッカー選手を目指すとか、そういう人生が「勝者」の道だと思ったら、まちがいだ。ケーキ屋さんだとか、ペット医だとか、小奇麗な表面だけ見て、あこがれてはいけない。例えば、地方に長年継承されてきた希少の技がある。それを受け継ぐチャンスがあるなら、逃してはいけない。人生、苦労は多い。仕事も厳しいものだ。同じなら、苦労のし甲斐のある人生を選択しよう。

 

 

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