音を聴くだけ、副作用なしで「認知症」が予防できる…人気沸騰中の「スピーカー」の性能を徹底検証
現代ビジネス より 231121 週刊現代
⚫︎シオノギヘルスケアが販売する「kikippa」
認知症予防に画期的な進歩をもたらすかもしれない。'19年に米マサチューセッツ工科大学(MIT)の神経科学者、ツァイ・リーフェイらが驚きの研究論文を発表した。その論文に書かれていたのは「認知症のマウスに40Hz(1秒間に40回)の刺激を与えると脳のアミロイドβの減少が見られた」という研究結果だ。
なぜこの論文が世界中で注目されたのか。論文で触れられているアミロイドβはアルツハイマー型認知症の原因とされている物質で、いわば脳のゴミ。脳内にアミロイドβが溜まることで、認知機能が低下すると考えられている。
脳科学の世界では、いかにアミロイドβを減少させるかが長年の研究テーマだった。近年は薬物によってアミロイドβの”掃除”をしようと研究されてきたが、これが薬を用いず”音”だけで解決できるとあり、ノーベル賞級の発見とも言われている。
⚫︎kikippa(シオノギヘルスケアHPより)
そんな最新研究をもとに開発されたスピーカーがある。シオノギヘルスケアが販売している「kikippa」だ。テレビにつないで、このスピーカーで音を聴くだけで、認知症を予防する効果があるとされ、4月の発売直後から問い合わせが殺到している。いったいどんな製品なのか。
このスピーカーをテレビにつなぐと、テレビの音に、1秒間に40回の振動が加わり、40Hzの”ガンマ波サウンド”が出る。ブルブルとした震えるような音に聞こえるため、はじめは多少の違和感はあるが、使っていくうちに慣れてくる。音が加工されているが、普段のテレビ視聴にはなんら問題はない程度だ。
⚫︎テレビにつなぐだけ
共同開発をしたピクシーダストテクノロジーズのプロジェクト担当者,松浦泰幸氏が語る。
「塩野義製薬と40Hz変調を施したガンマ波サウンドを出せる、世界初の技術を開発しました。この技術ですでに特許も取得しています。これまでの研究で使用されたものは『ブーン』という低い音がするだけで、日常使いには適していません。
私たちが開発したスピーカーでは、テレビの音を変調させることで、日常的に40Hzのガンマ波サウンドを聴くことができるのです」
ガンマ波自体に害はなく、一日1時間、4週間連続で聴いた人も、健康に問題がなかったというデータもある。毎日聴くテレビの音をガンマ波にするだけで脳内のアミロイドβ減少に効果が見込めるのだ。
運動でも食生活でも、病気を予防するために、日常生活になにか新しいことを取り入れるのはどうしても腰が重い。ましてや、毎日のこととなるとなおさらだ。
しかし、このスピーカーは日常的に使用しているテレビにつなげるだけでいい。一日に1時間程度の”視聴”が推奨されているが、テレビであればなんなくクリアできるだろう。テレビの音が認知症予防につながるとすれば、これほど簡単なことはない。
まさに夢のような技術だが、いったいどういうメカニズムなのか。お茶の水女子大学助教で脳科学者の毛内拡氏はこう解説する。
「アストロサイト」を活性化する
「脳の活動は、脳波として記録することができます。たとえばリラックス時には、周波数は1秒間に10回(10Hz)程度の帯域が優位になります。これが深い睡眠時になると0・5~2Hz近くが優位になり、逆に脳が活性化していると高い周波数が観察されるようになります。
もっとも脳が活動しているときは40Hz前後の脳波、すなわちガンマ波が優位になります。認知症の患者の脳波を計測すると、この40Hzのガンマ波がなかなか計測できず、認知機能が低下していると考えられています」
前述のようにMITの実験では、認知症のマウスに40Hzのガンマ波を聴かせることで、脳波の同調を促し、認知機能の改善が見られた。毛内氏が続ける。
「なぜ、40Hzのガンマ波が認知機能の改善に役立つのか、正確なところはまだよくわかっていません。ただ、私の研究室では、この40Hzのガンマ波が脳内環境を整備している『アストロサイト』という細胞を活性化させていることを発見しました。アストロサイトが活性化することで、アミロイドβを洗い流す働きが促進されている可能性があるのです。
⚫︎薬を使わないから副作用もない
本当に音で脳が活性化するのか、と疑問を持たれるかもしれません。しかし、ある曲がトリガーとなって、昔の記憶が突然蘇るようなことがありますよね。認知症の患者でも、懐メロを聴かせたら、思い出を話し始めたというケースもあります。複雑に思える脳ですが、意外と単純な刺激でも思わぬ効果が出たりするのです」
40Hzのガンマ波は、研究の分野だけでなく、すでに治療の現場でも使われ始めている。横浜鶴見リハビリテーション病院院長の吉田勝明氏はこう語る。
「アルツハイマーの治療には、薬物療法と非薬物療法の2種類があります。ただし、薬物療法で最近話題になっている治療薬『レカネマブ』などは年間100万円単位の莫大な治療費がかかるうえに、対象例が限られており、一般的ではありません。
いっぽうで、非薬物療法、なかでも音楽療法は、副作用の心配がないものの、エビデンスに乏しい点がありました。しかし、MITが発表したアルツハイマー病のマウスに40Hzの周波数を浴びせる実験は、エビデンスに基づいた実証データの報告もあります。
これまで、アルツハイマー治療というと薬物療法ばかりがフォーカスされていましたが、これからは非薬物療法による治療がメインになる時代が来るかもしれません」
認知症は、完全な治療ができず、進行を遅らせることしかできない。まだ健康なうちから、こうしたスピーカーなどで遠ざけることができればありがたい。
「週刊現代」2023年11月11・18日合併号より