奈良県明日香村檜前にある「檜隈寺(ひのくまでら)」跡は、7世紀後半の創建で渡来系氏族である東漢氏の氏寺とされる古代寺院です。古代は、このあたり一帯は渡来人が住んでいたところです。
今回は、渡来系氏族である東漢氏の氏寺「檜隈(ひのくま)寺」跡を紹介したいと思います。
明日香村檜前に定住した渡来人「東漢氏(やまとのあやし)」は、飛鳥時代には様々な技術集団としてまた武力集団として活躍し、蘇我氏の権力を支えました。
東漢氏の氏寺「檜隈寺(ひのくまでら)」は、発掘調査によって金堂・講堂とその基壇・塔・門・回廊・仏堂などが検出されています。これらの伽藍配置は塔の北に講堂があり、南に金堂を置くという特異な配置です。また、瓦が大量に出土しており、講堂の規模は飛鳥寺や法隆寺西院の講堂に匹敵すると言われています。
現在、阿知使主を祀ったとされる「於美阿志(おみあし)神社」や、塔跡には平安時代に造られた十三重石塔(重要文化財)があります。
ここの見どころは、金堂・講堂とその基壇・塔等の基壇が残っていることです。特に、講堂の基壇には当時の礎石が数多く残っています。礎石のなかで、とても興味深い礎石がひとつあります。北東にある黄茶灰色の礎石です。他とは明らかに色味が異なります。竜山石製で側面に切り込みがあります。横口式石槨の床石材を転用したものです。このあたりは、終末期古墳が数多くあります。古墳の床石が、どうして寺の礎石に転用されたのでしょうか? 謎の礎石です。飛鳥に来られたら、是非とも確認されてみてください。
また、このあたりに「宣化天皇」の盧入野宮があったともいわれています。
この場所は、近鉄飛鳥駅から徒歩約15分位の所にあり、近くには終末期古墳である高松塚古墳・中尾山古墳・キトラ古墳があります。
現在、国営飛鳥公園のひとつである「キトラ古墳周辺地区」となっており、自然環境や田園環境とあわせて一体的に守るとともに飛鳥の歴史や文化、風土を味わい過ごせるよう整備されています。遊歩道が整備されており休憩所もありますので、のんびりと散策できます。飛鳥での、散策のお薦めのスポットのひとつです。
ところで、 キトラ古墳壁画体験館「四神の館」内において、5月22日~6月20日 の期間にキトラ古墳の東壁「青龍、 十二支・寅」が公開され、実物が見れますよ!
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