月の無い晴れた夜。
学校の裏の林道を、一人で歩いちゃアいけないよ。
きっと、彼の人に連れて行かれちゃう。
ほら、背後から聞こえるでしょう。
君と同じ速さの微かな足音。
だけど決して、振り返っちゃアいけないよ。
きっと、其の黒い傘を見ただけで――。
/********************************************/
「どうしてって、学校の皆が酷く怯えるからサ」
そう言って、少年は歩き続けた。
危ないよ、と男は言った。
「大丈夫、あんなの嘘ッぱちだ」
少年は嗤った。
どうしてそう思うんだい、と男は問う。
「だって、どう考えたって怪訝しいだろう?」
男を見やることなく、少年は続ける。
「どうして、『出会ったら連れ去られる人の噂』が語られるのさ。
連れ去られるのなら、証人なんか居る訳が無いじゃアないか。
それに、もっと怪訝しいのは、最後の一節だ――」
目を閉じて、諳んじる。
「きっと、其の黒い傘を見ただけで――。
多分、『連れ去られる』と続くんだろうね。
だけど、絶対に怪訝しいんだよ」
どうしてだい。どこが怪訝しいんだい。
「だって。
『月の無い夜』に、どうして『黒い傘』だなんて判るんだい」
誇らしげに、そう応えた。
そして少年は、初めて男の顔を見る。
「そういえば――おじさんも傘を持っているね。
今は暗くてよく見えないけど、さっき街灯の下でちらと目に入ったよ」
「女みたいな、赤い傘」
そうだね、赤い傘だ。
とてもとても――赤い傘。
それは。
暗がりの中では、黒と見紛う。
乾いた人の血のような。
そして傘は、また少し赤くなるんだ。
/********************************************/
月の無い晴れた夜。
学校の裏の林道を、一人で歩いちゃアいけないよ。
きっと、彼の人に連れて行かれちゃう。
ほら、背後から聞こえるでしょう。
君と同じ速さの微かな足音。
だけど決して、振り返っちゃアいけないよ。
きっと、其の赤い傘を見ただけで――。