きょうの教会ごはん 

神様との食卓で、一緒にご飯を食べましょう!

人生の目的

2012年01月29日 | 羊、朝の一声
昨日の記事で、成り行き上、メモリアルサービスでのメッセージの結論だけ書いてしまいましたが、実は3つのポイントで語られました。心に残ったので、シェアしたいと思います。


ポイント1:人生のしあわせ
「しあわせ」と聞くと、「幸せ」を思う人がほとんどですが、広辞苑では「仕合せ」(こういう字もあるんですよ!)が最初の定義として出ているそうです。しあわせとは、「仕え合うこと」。

えんぢぇる牧師はしばしば、「自分が得たものより、あげたもの、手放したもので“しあわせ”ができる」と仰います。また、別の牧師さんが仰っていました。「必死になってあれがほしい、これがほしいと獲得しようとする。でもね、あのパソコンが欲しい!と思って、手にして御覧なさい。然程のことではないんです。あの車でなきゃダメ!と思っても、買ってしまったら然程ではないんです。あの人と結婚したい!!と思って結婚したら、、、ここからは申しませんが。」

この牧師さんたちのメッセージからも同じようなことを感じます。しあわせとは、「仕え合うこと」なのです。


ポイント2:人生の希望
人は死を迎えます。その時、どんなものも持って行くことはできません。大切な物だけでなく、愛する人や家族も、貴重な思い出すら、人間は死に際して何も持つことができません。では人生の希望、「生きる」希望はどこにあるでしょうか。私たちクリスチャンは知っています。「希望」はイエス様にあることを。イエス・キリストが、私を含むすべての人間の罪を負って十字架にかかり、死んで復活されたことを信じる者には、永遠の命が与えられています。私もまた、いずれ地上での生を終え、この肉体とお別れします。でも神様の愛の内にある私の霊は、神様と共に永遠を生きるのです。そこで生きる「私」が真にあるべき「私」の姿なのです。その「私」のために、今の人生が与えられています。神様の元で、真の「私」を生きることができる、これ以外に確かな希望はありません。


ポイント3:人生の目的
だからこそ、人生の目的がはっきりとわかります。「しあわせ」を教え、「希望」を与えてくださった神様を賛美することで、人生が本来持つべき輝きを取り戻すのです。直接的に歌う賛美はもちろん、生活を通して「しあわせ」「希望」を実践することも、神様への賛美です。真の意味で「生きる」ことそのものが賛美なのです。



主に従う人よ、主によって喜び歌え。主を賛美することは正しい人にふさわしい。(詩篇33:1)

わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。(Ⅱコリント 4:18)






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