「外傷性脳損傷」(TBI)は、特にアフガン・イラク戦争以来の爆風等により多発して問題化されるようになったもので[Alexander 2015,p.85]、
アフガン・イラク戦争の戦地において、爆風を受けただけで、頭部に直接の外的損傷がないために、「異常なし」との診断を受けていた兵士が、
帰還後に高次脳機能障害を生じたという例が2万2000人にも及び、詳しい検査の結果、
(超音速の)爆風による衝撃波が血管を振動させながら急激に脳に達して神経細胞を破壊したためと判明したことから注目されるようになりました
[毎日新聞2009.2.17-21]。
次いで2007年7月には、帰還兵の団体が退役軍人省を相手取り、PTSDとともにTBIの適切な障害認定を求めてカリフォルニア州連邦地裁に提訴、
同省は改善の必要性を認めて、TBIと認定した帰還兵3万2000人に障害認定のランクを上げること、また本人の「精神的な問題」とされてきたケースも
再考することを通知するに至りました[毎日新聞2009.2.18]。
(m)TBIで生じる症状は、精神症状としては、
まず高次脳機能障害のさまざまな症状(認知障害とくに注意・記憶・遂行障害、コミュニケーション障害、脳梁・大脳辺縁系や前頭葉の損傷による
感情調節障害とくに無気力・脱抑制、感覚的な選択脳低下=情報過多による易疲労など)、
二次的な神経心理学的変化である心因反応(過敏症、イライラ、鬱、情緒不安定など)、そしてPTSDです[山口 2020,pp.20-7,66-7]。
また感覚異常として、嗅覚・味覚の異常や光や音・振動への過敏、運動障害として、主に片麻痺、排泄障害(尿失禁、便失禁)、
剪断損傷に弱い脳下垂体の機能低下(ホルモン分泌異常)などがあります[同,pp.30-7,68-70]。
これらの症候群は、以前は軽度の頭部外傷、脳震盪後症候群、外傷後症候群、外傷性頭痛、脳損傷後症候群、心的外傷後症候群とみなされていたものです。
こうした病態は、もともと第1次世界大戦時に、「戦争神経症」「戦争トラウマ」の中核とされた
「シェル・ショック」(shell shock)の概念の、PTSDとともに後裔とみることもできます。
当時1915年に、イギリス軍の医療部隊の医師チャールズ・マイヤーズが「シェル・ショック」の概念を提起すると、
早速その翌16年には、別の医師R・G・ロウズが、それを砲弾の爆発により生じた大気圧の変動によって引き起こされた微細な脳障害と規定しており、
これこそは「外傷性脳損傷」概念の先駆といえそうです;もっとも、その後「シェル・ショック」は、実際には多くの患者が爆発を経験していないことが
明らかになり、この意味での「シェル・ショック」は支持を失いましたが(つまり、むしろ今日でいうPTSDとしての側面が表面化しましたが)、
今日あらためて、PTSDとは区別される形で「外傷性脳損傷」として返り咲いたといえそうです[Joseph 2011=2013,pp.57-8]。
いいかえれば「シェル・ショック」は、TBIとPTSD、さらには後に見るようにMI(モラルインジャリー)が
混然一体となった先駆的形態だったということになるでしょうか。
<文 献>
Alexander, C., 2015 「爆風の衝撃――見えない傷と闘う兵士」『National Geographic 日本版』第21巻2号、pp.80-103。
Joseph, S., 2011 What doesn’t Kill us : The bnew psychology of posttraumatic growth. =北川知子訳『トラウマ後 成長と回復』筑摩書房。
山口研一郎、2020 『見えない脳損傷MTBI』岩波書店。
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