しかしTBIは、戦場ならずとも、平時でも交通事故等において、決して珍しくありません。
その場合、圧倒的に多いのは「軽度外傷性脳損傷」(mTBI)です。mTBIは2003年のアメリカCDCセンターによる疫学的調査によると、
年間150万人のTBIのうち70~90%(75%)を占め、多くは受傷後3カ月以内に症状が回復するけれども、10~20%は慢性化し、
毎年10万人以上が遷延する症状に苦しみ、毎年この傾向は続いているため
(しかも診断されたのは実数よりはるかに低いと、1998年にNIHは警告しています)、
「公衆衛生上の問題」とされています[石橋 2009,pp.14-5;山口 2020,pp.11,86]。
アメリカでは1996年、「外傷性脳損傷法」(The Traumatic Brain Injury ACT)という法律も議会を通過し、制度的に機能しています[石橋 2009,p.15]。
そうした法律もなく、直接には戦争に関わっていない日本でも、mTBIは毎年2000人は下らず出現しているとみられています[山口 2020,p.86]。
しかもmTBIは、TBIよりもかえって、受傷直後の意識障害が「軽度」である分だけ、PTSDの併発を来たしやすいことも重要です[同,pp.26-7]。
mTBIに最初に注目したのはアメリカの神経病理学者ゼネレリで、
1974年に頭部に直接的な打撲が及ばずとも、つまり頸部以下の部位の打撲によっても、頭部が揺さぶられて加速・減速のエネルギー負荷
(振動により、頭蓋骨に接する脳表に何らかの圧がかかって対向性損傷となり、さらにエネルギーが求心性連鎖で皮質→皮質直下の白質→深部白質(脳梁)
→基底核→脳幹→脳神経と内部に次第に伝播してゆく)ないし回転性のエネルギー負荷(脳深部が脳表部よりも遅れて回転することにより、
ねじれた結果、脳梁や大脳辺縁系など深部の神経の軸索が強く引っ張られ、断裂して剪断損傷となり機能を失う)により、
脳の損傷が生じるものとの仮説を発表しました[Ommaya et Gennarelli 1974;山口 2020,pp.10,15]。
とすればこれは、いわゆる「むち打ち」の延長上にある病態と言えないでしょうか? そうなのです。
ただし、気をつけないといけませんが、「むち打ち」という損傷は、現在の医療の現場では、あまりにも軽視されすぎています
――ただただ脳画像上の異常所見を見い出しにくいという理由ゆえに(実はこの点では、mTBIも全く事情は同様なのを、次回に見ましょう)。
しかし近年の研究では、「むち打ち」においてすら、頭部の加速・減速運動により、脳の実質の微細な器質的損傷が生じることが推測されてきており
[山口 2020,p.14]、かえって逆に、mTBIの方を「むち打ち関連脳症」(whiplash-associated encephalopathy:WAE)として扱う立場もあります
[石橋 2009,p.9]。
とすれば、PTSDと(m)TBIの併発は、PTSDと「むち打ち」(WAE)の併発という形をとることも少しも珍しくありません。
私の臨床現場でもしばしば経験してきましたが、特に交通事故によるトラウマを抱える方などの場合、心身両面からのトラウマ治療によって、
PTSDと「むち打ち」(WAE)の双方が同時に治癒可能であり、両病態の密接な関連を確信せずにはいられません。
<文 献>
石橋 徹、2009 『軽度外傷性脳損傷』金原出版。
Ommaya, A.K. & Gennarelli, T.A., 1974 Cerebral concussion and traumatic unconsciousness. Correlation of experimental and clinical observations of blunt head injuries, in Brain,
vol.97, pp.633-54.
山口研一郎、2020 『見えない脳損傷MTBI』岩波書店。
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