知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

奥田「紛争解決と規範創造」を読んで(その1)

2011-12-28 23:29:44 | 法曹養成制度

本書は、奥田元最高裁判事の最高裁での経験・感想をまとめたものである。

本書には興味深い指摘が多々あるが、本稿では、230ページ以下の「法曹養成制度について」の部分について感想を述べることにする。

奥田元最高裁判事によると、法科大学院における教育が前提とする学生のレベルと現実とのギャップがあるとのことである。すなわち、一部の学生には、法学部出身者として習得すべき基礎力がない者がおり、また、予備校型スタイルの勉強法から抜け出せない者がいるとのことである。

これが事実とすれば、極めて重大な問題である。なぜなら、「予備校型スタイルの勉強法」を否定することが法科大学院構想の原点である日本版ロースクール構想の眼目の一つであったからである。法科大学院制度がいかに素晴らしいものであるとしても、学生がその前提となる基礎力・思考力等を身に付けていなければ意味は無い。この点、法科大学院教育を礼賛する新司法試験合格者の声も見られるが、彼らは、「前提となる基礎力・思考力等」を身につけていたが故に、法科大学院教育のメリットを最大限享受できたというにすぎないのではないか。

そもそも、人間が天から授かった能力は様々であり、法曹適性の高い人もいれば、低い人もいるのが現実である。法曹適性の高い人とは、法学部教育又はその他の方法により、法科大学院教育の「前提となる基礎力・思考力等」を身につけた人又はつける能力のある人のことである。問題は、この日本において、法曹適性が高くかつ法曹を志望する人が、どの程度いるのか、ということである。筆者は、当時所属していた事務所の所長弁護士が日本版ロースクール構想を提唱する過程において、旧司法試験の答案のレベルの低さを嘆く試験委員の座談会(金太郎飴答案の多さを嘆くもの)の記事等の旧司法試験の問題点を指摘する関連文献を検討したが、その検討結果に加え、その後の弁護士としての経験をも踏まえると、法曹適性が高くかつ法曹を志望する人の数が年間1000人を超えるとは到底思えない。

その原因は、日本の初等教育のレベル低下もあるが、法曹という職業の魅力が小さいということに帰着すると思われる。つまり、法曹適性の高い人材は、他の職業でも成功する可能性が高いところ、法曹という職業の魅力が小さいため、法曹適性の高い人材の中の法曹志望の割合が低い結果、法曹適性が高くかつ法曹を志望する人の数が司法改革において目標とされる年間3000人に大きく届かないのでははないか。そうとすれば、解決策は、日本の初等教育のレベルアップに加え、法曹という職業の魅力の向上に尽きることになる。

しかし、現実には、正反対の事態が進行している。司法試験合格者を何らの激変緩和措置等を講じないまま急増させた結果、法曹という職業の魅力は小さくなる一方であr、奥田元最高裁判事のいう「ギャップ」は拡大する一方であると推測する。

もっとも、法曹という職業の魅力が小さくなればなるほど、司法試験受験者数が減少するので、長期的には合格率自体は上昇するという皮肉な結果とあるであろう。しかし、それは日本版ロースクールの理想とはかけ離れた世界である。

もちろん、法曹という職業の魅力をあげる安直な方法は、合格者数を絞って、「(法曹にとっての)古き良き時代に帰る」ということであるが、それは最早ブラックジョークの範疇であろう。

結局のところ、真の問題は、司法試験合格者の目標人数を設定し、その実現のために、予備校教育により安直にマスターできる金太郎飴答案作成者をも合格させたことであり、今もそうしていることである。

計画経済の発想を捨て、真の合格レベルに達した者のみを合格させるようにすれば、短期的には合格者の数は激減するものの、「予備校型スタイルの勉強法」では合格しないというメッセージが明瞭に伝わるので、法曹志望者達は、安直な勉強法を捨て、奥田元最高裁判事が同書において推奨されるような重厚な勉強法を選択するであろう(これが合わない者は他の途を選ぶようになる)。

また、「法学部出身者として習得すべき基礎力がない者」については、そもそも、法学部を卒業させること自体が不当であるし、ましてや、法科大学院に合格させるべきではない。

結論として、「法学部出身者として習得すべき基礎力がない者」は、法科大学院に入学させず、「予備校型スタイルの勉強法」により答案を作成する受験者は司法試験に合格させない、という当たり前のことを実行することが、奥田元最高裁判事のいう「ギャップ」を解消する最適解であると考える。このようにして法曹の質を向上させれば、法曹の職業としての魅力も高まり、より多くの法曹適性の高い人材を集めることができるという好循環が生まれると思う。一時の辛抱が肝要である。

以上


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