知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

機能クレームに関する一考察(II)

2015-01-08 08:35:23 | 特許権

機能クレームに関する一考察(II)

 

4 裁判例の検討

4-1 図形表示装置事件東京地裁判決

4-1-1 判旨

ア 特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められ(特許法70条1項)、特許請求の範囲の記載の解釈は、発明の詳細な説明の記載及び図面の記載を考慮してこれを行う(同条2項)。また、特許制度は、発明を公開した者に対し、一定の期間その利用についての独占的な権利を付与することによって発明を奨励するとともに、第三者に対しても、この公開された発明を利用する機会を与え、もって産業の発達に寄与しようとするものであるから(最高裁平成10年(受)第153号同11年4月16日第二小法廷判決・民集53巻4号627頁参照)、特許権者は、与えられる独占的な権利と引換えに、当業者に当該特許発明を十分に理解させる開示を行う必要がある。それゆえに、特許請求の範囲において記載されている発明は、発明の詳細な説明に記載されて基礎付けられていなければならず(同法36条6項1号)、発明の詳細な説明には、当業者が「実施をすることができる程度に明確かつ十分に」記載されていなければならない(同条4項1号)。もとより、同法70条2項の規定の趣旨は、限定的意味ではなく、明細書及び図面全体の理解から、特許請求の範囲に記載された発明の内容を把握すべきことをいうものと解される。したがって、特許請求の範囲の記載を正当に解釈するためには、「発明の詳細な説明」に示された具体的技術思想に基づいて解釈すべきである。そして、特許請求の範囲の記載が一義的に明確でない場合に、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に開示されていない技術思想までも含ませることはできない。よって、発明の詳細な説明の記載が不十分な発明に係る特許は、無効理由が存在するか(同法123条1項4号)、そうでないとしても、その開示の限度で独占的な権利を与えられるにすぎない。

 

イ 本件明細書の大部分は、本件特許発明の実施例の説明が占めており、唯一の実施例が詳細に記載されている。そして、本件特許発明の特許請求の範囲の記載には、「第1の読出信号」「第2の読出信号」「読出順序データ」など、それ自体語句として一義的に明確でない用語が含まれ、その図形の回転表示方法が一義的に明確であるとはいえないにもかかわらず、その点について唯一の実施例以外に十分な開示がされているとはいえない。すなわち、本件特許発明について、本件実施例以外の説明では、当業者がマップとキャラクタジェネレータとを用いて図形の回転表示を行うこと、すなわち本件特許発明を実施することができる程度に明確かつ十分に特許請求の範囲が説明されているとはいえない。」

 

4-1-2 検討

本判決は、「特許請求の範囲の記載を正当に解釈するためには、「発明の詳細な説明」に示された具体的技術思想に基づいて解釈すべきである」とのクレーム解釈に関する見解を述べた上で、「特許請求の範囲の記載が一義的に明確でない場合に、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に開示されていない技術思想までも含ませることはできない」ことを理由として、「発明の詳細な説明の記載が不十分な発明に係る特許は、無効理由が存在するか(同法123条1項4号)、そうでないとしても、その開示の限度で独占的な権利を与えられるにすぎない」と述べている。

すなわち、本判決は、抽象的(又は機能的)クレームについて、クレームの文言が語句自体として「一義的に明確な場合」には、限定解釈はできず、サポート要件違反(又は実施可能性要件違反)という無効理由をはらむことを前提として、クレームの文言が語句自体として「一義的に明確ではない場合」については、  (ア)サポート要件違反(もしくは実施可能性要件違反)という無効理由をはらむ場合と(イ)限定解釈(という類型の当然解釈)により非侵害となる場合があることを判示したものと理解できる。サポート要件等の違反をなるか、あるいは、限定解釈がなされて非侵害となるかの分水嶺は、当該用語が、語句の意味として、当該限定解釈を許容するものであるか否かであると解される。もっとも、機能クレームが文言の字句とその(解釈された結果としての)意味との質的齟齬又は乖離を一定程度前提とするものであり以上、当該語句の意味が一義的に明確でない場合には、当該限定解釈が許容できない場合は少ないであろう。

 

4-2 魚掴み器事件判決(東京地裁平成21年(ワ)第34337号)

4-2-1 判旨

(1)回動規制の意義

ア 本件明細書の特許請求の範囲請求項1には、回動規制を達成するために必要な具体的な構成は明らかにされていない。このように特許請求の範囲に記載された発明の構成が機能的、作用的な表現を用いて記載されている場合において、当該記載から直ちに当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解することは、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることとなりかねず、相当でない。したがって、特許請求の範囲に上記のような機能的、作用的な表現が用いられている場合には、特許請求の範囲の記載だけではなく、明細書の発明の詳細な説明の記載をも参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。

イ 構成要件Fの「回動規制」の技術的意義は、復帰弾機の付勢力によらずに、ピンや長孔を用いて操作体の移動を阻止する構成を採用し、操作体が元姿勢に位置していること自体によって、可動歯が動かないようにすることにあると認められる。

ウ 被告製品は、作動体(又は中間片)が元姿勢に位置するときに、支軸Aを支点として揺動する可動歯に対してこれを強制的に拡開させるべく力を加えると、可動歯に設けた長孔Bが上下方向に揺動しようとするが、長孔Bに嵌合しているピンCが左端に設けられた作動体は、このとき左右方向にしか移動できない操作体に設けたピンFが作動体に設けた傾斜状の長孔Gに係合していることによって、その上下方向の移動が規制される構成となっているため、移動することはできず、可動歯は回動することができないものと認められる。

また、被告製品は、操作体をコイル弾機に抗して右方向に強制移動させると、上記回動規制の状態を脱し、可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するものであることが認められる。

そうすると、被告製品における上記構成は、本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に開示されたところの、操作体に左方向(固定歯向きの左方向)の力が掛かった際に、ピンや長孔を用いて操作体の移動を阻止することによって可動歯を動かないようにするという構成と、技術思想を同じくするものであると解され、当業者が本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて採用し得る範囲内の構成であるといえる。

 

(2)無効論

ア 相違点の認定

(ア)相違点1

本件発明の可動歯は、操作体が前記元姿勢に位置するときには該可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制され、操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除されて可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するよう揺動するのに対し、乙2発明の可動あご部材は、操作者が操作引金を操作しない時には開いた状態で、引金を引けば可動あご部材が固定あご部材に対して閉じられる構成を有する点。

(イ)相違点2

本件発明は魚の口を掴む「魚掴み器」であるのに対し、乙2発明の用途は限定されていない点。

 

イ 容易想到性の判断

(ア)被告は、相違点1に相当する構成は、洗濯ばさみなどの周知技術である、又は、乙3公報若しくは乙4公報に開示されているものであり、これらの周知技術ないし発明を乙2公報記載の発明に適用することは当業者にとって容易であったものであるから、これらの周知技術等を組み合わせることによって、当業者は本件発明に容易に想到することができたと主張する。

しかしながら、前記のとおり、本件発明における可動歯の「回動規制」とは、可動歯を強制的に拡開しようとしても、可動歯の先端が固定歯の先端から動かない状態にする(ピンや長孔を用いることなどにより、可動歯が固定歯の先端から離間する方向に移動することを阻止する。)意味と解される。これに対し、洗濯ばさみには、そもそも、固定歯に相当する部材が存在しない上、可動歯を強制的に拡開しようとすれば、これを防ぐことはできない構成であるため、上記意味での「回動規制」の構成を備えているとは認められず、他に本件発明における「回動規制」の構成が周知であると認められる証拠はない。

したがって、上記相違点1に相当する構成は洗濯ばさみなどの周知技術であり、この周知技術を乙2発明に組み合わせることによって当業者は本件発明に容易に想到することができたとの被告の主張は理由がない。

(イ)乙3公報には、「桿体に被移動体が挿入され、前記桿体の先端には、前記被移動体の移動に連動して開閉する開閉機構が装備され、前記開閉機構は開閉可動部とこれを受ける固定部を有し、前記開閉可動部が前記固定部に対し常時は閉じる方向に付勢され、この開閉可動部が後退して開閉動作を行うよう設定してある保持装置。」の構成が開示されていることが認められる。

乙3公報には、ばね体4fにより開閉可動部が閉じた位置となるようにする構成も開示されているものの、これは、当該開閉可動部が閉じた位置にあるときに、これを強制的に拡開しようとした際にそれを防ぐようにするものではないため、構成要件Fにおける「回動規制」及び「(回動規制を)解除」する構成が開示されているものではない。

したがって、上記相違点1に相当する構成は乙3公報に開示されており、これを乙2発明に組み合わせることによって当業者は本件発明に容易に想到することができたとの被告の主張は理由がない。

 

4-2-2 検討

相違点1の認定においては、「回動規制」という用語を限定することなく用いているが、容易想到性判断においては、「前記のとおり、本件発明における可動歯の「回動規制」とは、可動歯を強制的に拡開しようとしても、可動歯の先端が固定歯の先端から動かない状態にする(ピンや長孔を用いることなどにより、可動歯が固定歯の先端から離間する方向に移動することを阻止する。)意味と解される」とあるように、限定解釈が採用されている。東海林説を採用したものと考えられる。

なお、属否論の局面において、対象となる用語が「一義的に明確」ではないことを認定した上で、明細書の詳細な説明を検討した裁判例として例えば以下のものがある。

 

  知財高裁平成21(ネ)10055:平成22.3.30(3部)

  東京地裁平成21(ワ)18950:平成22,12.26(40部)

  東京地裁平成17(ワ)6346:平成19.2.15(46部)

  東京地裁平成17(ワ)14066:平成18.4.26(29部)

 

また、本判決においては、「回動規制」の意義は、実施例に示されたものに限定されていない。その理由は、本件明細書においては、「・・・該ビス19は、操作体16の側縁部に形成の凹溝16gの溝底に当接し、これらと、前記突起16bが下側長孔15cに内嵌係合していることで、操作体16は、第一、第二本体11、12に挟まれる状態で上下方向の移動と該移動範囲の制限がなされるようになっている。」(5頁18行ないし28行、段落(0013))、 「・・・該復帰弾機20は、一端(下端)が孔端に支持され、他端が第一、第二本体11、12に形成のピン孔11g、12h間に介装したピン21に支持され、操作体16の上側にリング状に形成した指掛け部16iに指を入れて上側に操作することに伴う操作体16の上動で弾圧され、操作解除することで操作具16を下側元位置に復帰するようになっている・・・」(5頁29行ないし35行、段落(0014))」というような記載があることから、「回動規制」の技術的意義について、復帰弾機の付勢力によらずに、ピンや長孔を用いて操作体の移動を阻止する構成を採用し、操作体が元姿勢に位置していること自体によって、可動歯が動かないようにすることにあるとの認定が可能であったからであろう。従って、明細書作成の際には、単に実施例を記載するのではなく、その有する技術的意義について抽象化して記載することが求められる。

 

4-3 まとめに代えて

機能クレームは何ら特別なものではなく、その解釈も通常のクレーム解釈の手法を適用すれば足りる。もっとも、機能クレームの場合、実施例限定説を採用したと解される裁判例があるという不幸な歴史に加え、文言の字句と解釈された意味との齟齬又は乖離が見やすいために、その正当性が繰り返し問われているものであり、そのため実施例限定説と誤解されないようにする等の特有の配慮が必要となる。

また、機能クレームを問題とされるのは、発明の特徴部分について、機能的文言が採用された場合に限定されるのであり、発明の特徴部分以外に機能的文言を用いることは、その機能的文言を実現する構造が自明である限り、特許権者に法的な不利益をもたらすことは考え難い。

 

以上

 

 

 

 


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