進歩性の審査基準についての改訂検討(Ⅰ)
1 現在、特許庁の特許制度小委員会において、篤実の審査基準の改訂について議論がなされており、1月23日に第3回の委員会が開催され、進歩性の審査基準について検討がなされました。議事要旨によると、事務局案のとおり審査基準の改訂を行うことが了承されたとのことです。
2 そこで、事務局案を見ると、興味深い論点が検討されています。具体的には以下のとおりです。
(1) 動機づけの観点
(1-1)動機づけの諸観点の考慮の仕方について
(1-2)「技術分野の関連性」のみにより動機付けの有無を判断することの可否
(2)本願発明と技術分野や課題が異なる主引例発明の選択について
(3)周知技術の適用の際に論理づけを省略してはならないことについて
(4)後知恵防止について
(5)「最適材料の選択・設計変更など」として進歩性が否定される場合について
(6)その他
(6-1)阻害要因の例示
(6-2)二次的指標の例示
(6-3)周知技術に係る文献提示に関する文章について
これらの論点について小職は、二つの論考を発表し、複数回のセミナーを行い、主として実務家の方々と議論を重ねてきました。そして、先般、その成果をまとめ、書籍「裁判例から見る進歩性判断」(以下「進歩性判断」)を刊行しましたが、事務局案においては、そこで示した見解と同等又は類似の見解が採用されているように見受けられます。以下、この観点から、事務局案を簡単に紹介・検討します。
3 主引用発明の選択について
3-1 主引例適格性の要件
この点について、事務局案は、「技術分野あるいは解決すべき課題が同一又は近い関係にあるものを選択する」とされています。
小職が塚原先生のご見解を踏まえて主張してきた主引例適格性の問題が正面から肯定されたことは喜ばしい限りです。しかし、主引例適格性を肯定する要件として、「技術分野の同一性又は近接性」を規定することは疑問です。けだし、「技術分野」の確定方法にもよりますが[1]、これが広く把握された場合には、「技術分野の同一性又は近接性」という条件だけでは、本願発明の課題に直面した当業者が主引例を選択することが合理的とは必ずしもいえないと思われるからです[2]。
3-2 課題発見(着想)の非容易性
また、事務局案は、主引用発明の選択に関連して、「本願発明の解決課題が新規であり、当業者が通常は着想しないようなものである場合、本願発明と引用発明とは、解決すべき課題が大きく異なることが通常である。したがって、本願発明の解決課題が新規であり、当業者が通常は着想しないようなものであることは、進歩性が否定される方向の一事情になる旨、審査基準に記載してはどうか」と述べています。
確かにこの結論は妥当と思われます。しかし、本願発明の解決課題が当業者が通常は着想しないようなものである場合[3]には、そのこと自体を以て進歩性を肯定すべきと解されます。なぜなら、本願発明は、発明者が認識(着想)した解決課題を前提として、当該課題について解決手段を提供するものであるところ、本願発明の解決課題が当業者が通常は着想しないようなものである場合には、そもそも、本願発明の解決手段に想到することは容易ではないからです[4]。
4 動機付けについて
この点について、事務局案は、「①技術分野の関連性、②課題の共通性、③作用・機能の共通性、④引用発明の内容中の示唆といった観点を総合考慮してなされる」と述べています。この見解は、近時の裁判所の傾向に沿ったものであり、妥当と思われます。もっとも、迅速かつ大量の判断が要求される審査官に対して常に総合判断を求めることは過大な負担となる懸念なしとしません[5]。したがって、審査の基本的なあり方としては、具体的事案において、②、③及び④のいずれかが肯定される場合には、阻害事由がない限り、動機づけを肯定するという判断手法も十分に合理的と考えます[6]他方、「①技術分野の関連性[7]」のみにより動機付けの有無を判断することは、当該技術分野のあらゆる知識を適切に取り出せるという超人的な当業者を想定するに等しく、基本的に許されないものと解されます。
5 設計事項について
この点について、事務局案は、「副引用発明を主引用発明に適用する際に、当業者の通常の創作能力の範囲内である設計変更等を行いつつ、当該適用を行うことについても記載してはどうか」と述べています。
これは、「進歩性判断」19ページ以下にて、合わせガラス用中間膜事件判決[8]及び有機発光表示事件判決[9]を例示して展開した見解と同様のものと考えられます。
なお、技術の具体的適用に伴う設計変更は、「進歩性判断」54頁に示した整理によれば、最適型に分類できます。
6 まとめ
小職が、「進歩性判断」に記載した内容についてセミナーを始めた頃は、「特許庁は本願発明の構成に最も近いものを主引例発明として選択している」(から貴方の見解は誤りだ)等の批判を受けたことが度々ありました。このことに思いを致すとき、事務局案が、主引例発明の選択の基準として、「構成」以外の要素を示したことには感慨を禁じ得ません。この点については、今後も動向を注視したいと思っています。
以上
[1] 成熟し細分化された技術分野においては、技術分野の近接性の必要条件として「課題の近接性」を要求しても良いと思います。
[2] 「進歩性の判断」31頁以下
[3] つまり、課題の発見(着想)が容易でない場合。
[4] 前注26頁以下。
[5] この点を解決するためには、審査官の増員等が必要でしょう。
[6] 「③作用・機能の共通性」が「②課題の共通性」の裏返しであることを前提とします。
[7] 「技術分野の関連性」の判断基準として、成熟し細分化された技術分野においては、「課題の関連性又は近接性」を要求しても良いと思います。
[8] 平成25年(行ケ)第10035号
[9] 平成24年行(行ケ)第10368号
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