知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

クレーム解釈論(その2)

2012-03-27 09:14:25 | 特許権

2 クレーム解釈の考慮要素
2-1 特許法70条(特許発明の技術的範囲)
特許法70条(特許発明の技術的範囲)は、まず、1項において、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」と規定し、2項において、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」と規定する。
以上から明らかなように、クレーム解釈とは、特許請求の範囲記載の用語の解釈である。2-2 クレーム解釈の考慮要素
特許法70条2項によれば、クレーム解釈の考慮要素は、「明細書の記載及び図面」である。これは、明細書中の「発明の詳細な説明の記載」と言い換えることができる。もっとも、クレーム解釈が「用語」の解釈である以上、「用語」の有する通常の意味も考慮要素となる。さらに、特許請求の範囲の記載が、出願当時の技術常識を前提として技術的事項を記載していることに照らせば、出願当時の技術常識も考慮要素となる。加えて、出願経過において出願人により「用語」の意味が説明されることがあり、このような出願経過における陳述も、クレーム解釈の考慮要素となる。
以上をまとめると、クレーム解釈の考慮要素は以下のとおりとなる。
① 「用語」の有する通常の意味
② 発明の詳細な説明の記載
③ 出願当時の技術常識
④ 出願経過における陳述
2-3 「用語」の有する通常の意味
特許請求の範囲の記載は、技術事項を記載したものであるから、「用語」の有する通常の意味とは、技術用語としての意味を指すものである。従って、その意味の確定に際しては、「理化学事典」、「機械用語辞典」などの当該分野の技術用語を解説した辞書が参考にされるべきである。もっとも、裁判例上は、広辞苑等の通常の国語辞典が参照されることが多いが、これは、当該用語が、技術用語として特別の意味を持たない場合に許される手法と解するべきであろう。
2-4 発明の詳細な説明の記載
属否論において、明細書中の「発明の詳細な説明の記載」が参酌されることは、特許法70条2項に明記されていることであり、争いはない。問題は、明細書中の「発明の詳細な説明の記載」が参酌される場合が限定されるか否かである。
この点、最高裁は、審判手続における発明の特許性を判断する前提としての発明の要旨認定に関して、「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明を参酌することが許されるにすぎない」との判示をしている(最判平3・3・8民集45巻3号123頁(リパーゼ判決))。リパーゼ判決については二つの論点がある。第1は、リパーゼ判決の射程範囲が無効論に限らず、属否論にも及ぶのか否かであり、第2は、明細書の発明の詳細な説明を参酌することができるのは、「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明らかであるなどの特段の事情がある場合」に限定されるのか否かである。
これら二つの論点については以下のように解する。第1に、前記のように、属否論と無効論とにおいて、クレーム解釈は同一であるべきであるから、リパーゼ判決の射程範囲が無効論に限らず、属否論にも及ぶと解すべきである。第2に、特許請求の範囲に記載sれた用語の技術的意味を理解するためには、明細書の発明の詳細な説明を参酌することが必須であるから、リパーゼ判決は、明細書の発明の詳細な説明を参酌することができるのは、「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明らかであるなどの特段の事情がある場合」に限定したものではなく、明細書の発明の詳細な説明を「参酌」して特許請求の範囲の記載の用語を限定「解釈」することが許されるのは、「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明らかであるなどの特段の事情がある場合」に限定される旨を判示したものと理解すべきであり、このように理解することが、特許法70条2項の文言とも整合する。なお、リパーゼ判決の調査官解説も、「本判決は、発明の要旨を認定する過程においては、発明にかかわる技術内容を明らかにするために、発明の詳細な説明や図面の記載に目を通すことは必要ではあるが、しかし、技術内容を理解した上で発明の要旨となる技術的事項を確定する段階においては、特許請求の範囲を越えて、発明の詳細な説明や図面だけ記載されたところの構成要素を付加してはならないとの理論を示したものであり、この意味において、発明の詳細な説明を参酌できるのは例外的な場合に限られるとしたものである」と述べている(塩月秀平「平成三年最高判判所判例解説民事篇」39頁)。
2-5 出願時の技術常識
およそ、言語による情報伝達は、送り手と受け手とが共有する常識を前提にしている。従って、特許請求の範囲の記載における「用語」が「出願時の技術常識」を前提として解釈されるべきことは当然である。言い換えれば、、特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明における「用語」は技術用語であるし、発明の詳細な説明の記載は、「…その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」(特36条4項1号)が要求されているのであるから、発明の詳細な説明の名宛て人は、一般人ではなく当業者であるから、当業者の視点で発明の詳細な説明ないし特許請求の範囲の記載を読み、これを理解することになる。ここに、当業者とは当該技術分野の通常の知識を有する者であるから、「出願時の当該技術分野の通常の知識」、つまり、出願時の技術常識を前提にして、これらの記載を解釈するということになる。この点、岩坪弁護士は、「用語の意義は当該技術分野で使用されている用語として理解しなければならないし、記載されている文章だけでなく、文章としては記載されていなくても、記載されていることから当業者が理解、認識できる事項を把握する、いわば行間を読むという作業をすることになるのである」と述べている(注解特許法)。2-6 出願経過における陳述
前記のとおり、出願経過において出願人により「用語」の意味が説明されることがあり、このような「出願経過における陳述」も、クレーム解釈の考慮要素となる。もっとも、「出願経過における陳述」は、明細書に記載されるものではなく、第三者がこれを認識するためには、包袋資料を入手する必要があるが、常に第三者に包袋資料の入手までも求めることは相当ではない。従って、「出願経過における陳述」は、特許請求の範囲の記載における「用語」を限定解釈する場合は格別、通常は、他の考慮要素により確定された「用語」の解釈を裏付けるものとして機能するものである。この点、例えば、カプセル特許原審判決は、「本件カプセル特許1の出願経過からも、上記b(b)に示した解釈が相当であることが裏付けられる」と判示している。


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