1 主たる争点
現在、職務発明制度の改正が議論されれている。主たる争点は二つであり、第1は、職務発明の帰属を発明者帰属から法人帰属に変更すべきか否か、第2は、法定の相当対価請求権を廃止するか否かであるが、この問題を論じる一部の論者は大きな誤解をしている。
2 議論の状況
産業界は、法人帰属プラス法定の相当対価請求権の廃止という立場である。これと対極的立場に立つのが労働界であり、それは、発明者帰属プラス法定の相当対価請求権存続というものである。つまり、現行法維持という立場だ。
この中間に、様々な立場がある。例えば、法人帰属としつつ、発明報奨制度を会社に義務付けるという案、発明者帰属としつつ、会社が制定した規則について従業員の過半数の明示の反対がない限り、その規則に基づいて算定された金額=相当対価とする案などが提案されている。
3 検討
3-1
ネット上の議論を見ていると、法律の専門家の多くは現行法法維持という立場を採用しているようだ。たとえば、法定の相当対価請求権を廃止すると、優秀な技術者が海外に流出するという懸念が表明されることがある。また、議論が分かれていることや現行法が改正されて9年しか立っていないことを理由として、更なる改正は時期尚早という議論もある。
3-2
(1) しかし、一度立ち止まって考えて欲しい。まず、そもそも、研究者の発明に関する行為は労働契約の債務の履行としてなされるものであり、発明以外の成果物と同様に法人帰属とすることが筋である。現行法が発明者帰属を採用しているのは、特許法の体系が、「発明者」=「個人」という思想に貫かれていることの一つの論理的帰結にすぎない。職務発明を発明者に帰属させる方がイレギュラーな方式なのである。
(2) また、法定の相当対価請求権は、職務発明の価値に応じて支払われるべきものであるが、そもそも、そのような評価を現実に行うことは殆ど不可能なのである。これは、相当対価算定の実務に関与するすべての人間の共通の感想であろう。
そうはいっても、法律上、職務発明の相当対価を支払うことが義務付けられている以上、企業としては無理やりにでもこれを算定する他ない。そこで、企業は、やむなく、実績補償方式(職務発明が事業化し、その事業が会社に利益をもたらした時点において、当該利益の一部を分配する方式)を採用している。
しかし、このような方式により対価を算定し、利益の一部を発明者に分配することは不公平・不合理極まりない措置といわざるを得ない。なぜなら、発明が事業化し利益を生むか否かには「運」の要素が極めて大きく作用するからである。つまり、どんなに技術的に偉大な発明でも、ニーズがなければ事業化されないし、多大な設備投資を要する場合には、経営者の決断が枢要な要素となる。いかに才能あふれる研究者が多大な努力を費やしても、「運」に恵まれなければ、報われないのである。
また、発明の事業化には、発明者以外の人々の多大な貢献が必要とされるが、これらの人々には法定の相当対価請求権は与えられていない。
このように、相当対価請求権の付与は、発明者と発明者以外の研究者とを合理的理由なく差別するものであり、また、発明者の研究者以外の従業員とを合理的理由なく差別するものである。筆者には労働界が法定の相当対価請求権の廃止に反対する理由が全く分からない。
3-3 もっとも、前回の改正から10年足らずで抜本的改正を行うことについて、法定安定性の観点から疑問が呈されることも理解できる。改正の方向性としては、法人帰属を採用した上で、発明報奨規則の制定を義務付けるか、あるいは、発明者帰属としつつ、会社が制定した規則について従業員の過半数の明示の反対がない限り、その規則に基づいて算定された金額=相当対価とする当たりが落としどころであろう。
以上、
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