知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

職務発明における相当の対価の一括金支払方式の採用

2011-06-01 20:42:34 | 職務発明

現在、日本の上場企業の多くは、職務発明規定(就業規則の一部)において実績補償方式により相当の対価を支払っている。

しかし、この実務は、旧特許法35条が原則として想定していたものとは異なる。

すなわち、旧特許法35条は、「使用者等が受けた利益の額」ではなく、「使用者等が受けるべき利益の額」と規定しているのであるから、権利の承継時に「使用者等が受けるべき利益の額」を算出して支払うのが原則であり(中山「特許法」71頁)、それ故、一括払いが原則となる。

それでは、実績補償方式を採用している職務発明規定を変更して一括払い方式を採用すること(以下「本件変更」。なお、議論を単純にするため、変更後の職務発明規定は、変更後に承継された発明に対してのみ適用されることを前提とする)は可能か。

これは労働契約法における就業規則の変更の問題である(土田「労働契約法508頁以下」)。

労働契約法は、労働契約の内容について合意原則を定めた上(同法8条)、合意なき不利益変更を原則として禁止しつつ(同法9条本文)、例外として、就業規則による不利益変更を認めている(同法9条但書き、10条)。そして、不利益変更が可能な要件は、①周知性と②合理性である(同法10条)。合理性の有無は、不利益の程度、変更の必要性、労働組合等との交渉状況等に照らして判断される。

本件変更の適法性についても、この枠組みで判断される。

まず、本件変更が不利益変更に該当するかについて検討する。

この点、一括払い方式の場合には、発明を評価し、将来の事業化の予測をした上で金額が算定されるから、予測が外れる可能性が常にある。そして、この予測が外れるという特性は、実績補償方式と比較して、対価の額を上げる方向に働くこともあれば、下げる方向に働くこともある。それ故、本件変更は、不利益な変更であるとは一概にはいえない。本件変更が不利益変更に該当するか否かについては、①変更前の規定の内容・支払実績、②変更後の規定の内容・予想される支払額、③異議申立制度その他の算定手続きの相違等の諸般の事情を考慮して慎重に判断すべきである。

そして、不利益変更に該当する可能性がある場合には、同法10条の要件を充足させるように本件変更を実行することが賢明である。この点、実績補償制度の弊害は別稿にて述べたとおりであるし、旧特許法35条が一括払い方式を原則としていることを踏まえれば、変更の必要性は高く、他方、不利益の程度は、将来の予測に依存するものであることに照らせば、必要かつ十分な情報開示を前提とする適正な交渉の結果、多数組合が同意していれば、不利益の程度が、変更の必要性を凌駕するものではないと判断できるから、結論として、合理性は認められると解する。

 


コメントを投稿