これまで職務発明制度について色々考えてきましたが、問題の本質は、特許法35条の規律を全ての企業に対して適用していることにあるように思われます。
特許法35条の趣旨は、使用者等と発明者の利益調整であり、その究極の目的は、「国富の発展」と解されます。
アダムスミスを引くまでもなく、「国富の発展」のためには、報奨制度の設計は、原則、企業の自主的判断に委ねられるべきものです。労働者の保護の担保のための強行規定としては、憲法28条に基礎を置く労働法がその役割を十分に果たしており、特許法35条にその役割を期待する必要はありません。
また、現状の職務発明制度には、①相当対価の算定が困難であり、裁判所に基準に従おうとすると膨大な事務手間が発生する(包括クロスライセンスの場合、自己実施の場合等)上、その判断が裁判所に支持されるかは全く不明、②製品に直結する発明の発明者以外の従業員(基礎研究者を含む)の不満を招来し、チームの和が乱れる、という問題があり、企業の競争力低下の一因となり得ます。
もちろん、単純に特許法35条を廃止すると、職務発明に関する権利の帰属について解釈上の争いが生じ得ます。また、各企業が個別に職務発明規定を設定することには、コストがかかりますから、デホルトルールとして特許法35条の規律を残すことも有用と思われます。
そこで、労使協定により相当の対価の算定基準を規定した場合には、特許法35条の相当対価請求権の根拠規定の適用はない旨の文言を追加することが妥当と解されます。
さらに、旧法および現行法の解釈論も「企業の自主的判断の尊重」という観点から再検討する必要があると思われます。具体的には、相当の対価算定の基準設定および具体的算定にかかる手続きが合理的である限り、算定された対価が著しく不合理である場合を除き、裁判所は、企業が算定した対価をもって「相当の対価」と認めるという解釈論が求められています。この解釈は、旧法および現行法をイギリス法に近づけて理解するものです。なお、ドイツ法は、相当対価の算定主体が裁判所ではなく調整委員会であること、算定のための基準が細かく規定されていることなど、特許法35条とは大きく異なる規律であり、解釈論の参考にならないと思われます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます