醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより 273号  白井一道

2016-12-27 16:20:36 | 随筆・小説

 しばらく休んでいましたが、再開しました。いつまで続きやら。私にもわかりません。 

 新酒の噺

呑助 もう、新酒が出てきましたね。真澄の「あらばしり」と謳った酒を見ましたよ。
侘助 今年、初しぼりの酒が出荷されたんだね。
呑助 「あらばしり」というのは搾りの名称なんですかね。
侘助 今はほとんど「ヤブタ」と呼ばれている自動圧搾濾過機に酒の醪を流し込み、酒を搾っているんだ。
呑助 アコーディオンの大きなような白い機械ですね。
侘助 そうだ。タンクから出てきた醪を搾り、最初に出てきた酒を「あらばしり」と云うようだ。
呑助 「あらばしり」はそれで新酒を意味する言葉になったんですかね。
侘助 そうなんじゃないかな。「あらばしり」は新酒を意味する季語になっているものね。
呑助 へぇー、「あらばしり」は季語ですか。
侘助 私は昔、「薄給の足よろよろとあらばしり」という句を詠んだことがあるんだ。
呑助 なんか、盗作ぽい句じゃないですかね。
侘助 やはり、分かるかね。「貧農の足よろよろと新酒かな」という句を読んで、真似てみた句なんだ。
呑助 そうでしょ。ワビちゃんの句にしては上手すぎるように感じたんだ。
侘助 そうかね。「あらばしり飲んで心に鶴一羽」と黒田悦夫という人が詠んでいる。搾りたての新酒をいただくと幸福な気持ちになるのかもしれないな。人生に対する充足感のようなものを感じる。
呑助 今日は新酒搾りたての酒を唎酒するんですね。わくわくするような気持ちになりますよ。
侘助 そんな気持ちになるよね。酒は搾りによって旨さに大きな違いがでてくるからなぁー。
呑助 自動圧搾濾過機「ヤブタ」ではない搾りの方法があるんですか。
侘助 酒を搾る道具を昔も今も「フネ」と云うんだ。なぜフネというのかというと、ヤブタが出てくる前の道具は舟の形をしていたからなんだ。舟の形をした道具の中に醪を詰めた木綿の小さな袋を積んでいく。舟一杯に醪を詰めた袋で満たすと上に厚手の板を置き、上から圧力をかける。こうして酒を搾った。
呑助 今でもこうした道具で醪を搾っている蔵はあるんですかね。
侘助 あるみたいだよ。ヤブタを買えない小さな蔵では今も昔ながらのフネで酒を搾っている。
呑助 昔ながらのフネで搾った酒と自動圧搾濾過機・ヤブタで搾った酒では味の違いがあるんですかね。
侘助 あるみたいだよ。ヤブタで搾った酒よりフネで搾った酒の方が味わい深いようだ。だから「袋搾り」と銘打った酒を出荷している蔵があるくらいだからね。
呑助 一度、飲み比べをしてみたいですね。
侘助 そうだね。蔵にとっては袋に入れた醪を搾るには手間がかかる。醪を袋に入れる。醪の入った袋を重ねていく。この作業には熟練をようする。難しい作業のようだよ。さらにヤブタのように強い圧力をかけられない。そけだけ粕歩合が多くなる。酒の量が減る。高く売らなければ採算が合わない。
呑助 なるほどね。
侘助 更に「袋釣り」という搾りもあるんだ。圧力をかけない搾りだ。