醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  276号  白井一道

2016-12-29 15:27:29 | 随筆・小説

 炬燵での過ごし方といえば。

 炬燵での過ごし方と言えば、思い出す句がある。「づぶ濡れの大名を見る炬燵かな」。づぶ濡れになった大名は威儀をただし、参勤交代の行列行進をしている。この寒さをものともせず、ずぶ濡れになったまま部下の武士とともに整然と行列行進するのが武士だと胸を張っている。道の両側には地面に這いつくばって頭を地面に擦りつけているずぶ濡れになっている農民たちがいる。この姿を一茶は炬燵に入り、障子の隙間からそっとのぞき見をしている。農民である一茶は家を出て道の脇に這いつくばりずぶ濡れになったまま頭を地面に擦りつけなければならないが、それを拒否し、家に隠れ炬燵に入り、障子の隙間からずぶ濡れになった大名や武士、農民たちをじっと見ている。農民なら誰でもがすることを拒否している。
農民の中には一茶を不届き者として指弾した者がいたであろう。冬の雨の中、震えながら大名行列を敬い拝んでいる農民たちの中にあって、家の中、炬燵に入って大名行列をそっと盗み見しているとは、何事かと怒った名主がいたであろう。冬の雨をものともせず、威儀をただし、整然と行進するのが武士だと主張する行為を讃える倫理規範から一茶は解放されていた。冬の雨の中の大名行列を炬燵に入ったまま平然と一茶は見ている。ここに身分の違いを認識しない一茶がいる。武士を讃えない農民、一茶がいる。農民であるにもかかわらず、農民であることを自覚しない一茶がいる。
立派な立ち居振る舞いだと農民から敬われ、有難い存在だと思われることによって武士は武士になる。このような倫理観が農民にあってこそ封建的な身分秩序は形成されていたにもかかわらず、一茶のような人々が増え始めると封建的な身分社会は崩壊を始める。18世紀から19世紀前半に生きた一茶は徳川封建制社会が崩壊に向かい始めていることを実感していたのかもしれない。
文学者一茶はその時代の本質を17文字を表現した。その句が「づぶ濡れの大名を見る炬燵かな」である。一茶が炬燵の中で見たものは崩れ行く徳川幕府体制であった。

醸楽庵だより  275号  白井一道

2016-12-29 14:17:47 | 随筆・小説

 今年楽しんだお酒

侘輔 今日のお酒は初めてのお酒なんだ。
呑助 どこのお酒なんですか。
侘助 山口県のお酒なんだ。
呑助 山口のお酒というと有名な「獺祭」がありますね。吉祥さんが訪ねた酒蔵・・・。
侘助 今日楽しむ酒は「獺祭」ではなく、「毛利」という銘柄のお酒なんだ。今日は年忘れの会だからグレードは純米大吟醸・無濾過・生・原酒、酒造米は山田錦。精米歩合は五十。造りは速醸のようだけれども、しっかりした骨格をもったお酒のようだよ。絞りは普通のヤブタで絞っている。
呑助 「速醸」というのは何でしたっけ。
侘助 お酒の酛(もと)になるものを酒母というんだ。この酒母は麹と蒸した米と水からできているんだ。この酒母を造る過程で半切り桶に蒸米と麹、水を入れ、櫂を入れ、蒸米を押しつぶし、山のように盛り上げる工程がある。この蒸米と麹と水の混ざった山を放っておくと乳酸菌が発酵してくるんだ。この乳酸菌ができるのを待って酒造りをする方法を生酛造りとか、山廃造 と言うんだ。それに対して水と一緒に工業製品の乳酸菌を入れて酒母を造る方法を速醸と言うんだ。
呑助 乳酸菌を加えて造った方が速く酒母ができるんですね。
侘助 そうなんだ。蒸米と麹と水ですり潰し、山に盛るような工程を省くことができるからね。
呑助 どうして乳酸菌を加えるようなことをするんですかね。
侘助 いい質問だね。この乳酸菌が蒸米と麹と水とで生成することによって雑菌が殺されるんだ。そのため蓋を開けっ放しにされているタンクの中に雑菌が入ってきても殺菌されているんだ。
呑助 あぁーこれが自然の営みの叡智なんですね。
侘助 だから速醸酛のことを水酛なんても言うんだ。生酛の酒や山廃酛の酒は手間がかかるし、リスクもあるから当然高くなる。速醸の酒は手間が省けるし、リスクもないからよりリーズナブルな価格なる。だから大半の酒は速醸酛で造られた酒だ。
呑助 今日楽しむ「毛利」は速醸なんですよね。
侘助 そう、生酛系の酒じゃないけれども、フルネット純米酒研究会という団体がある。この団体が行った純米吟醸酒部門の品評会で金賞を受賞した酒が今日楽しむ「毛利」のようだよ。
呑助 坂長さんはどこでこのお酒を探したんですかね。
侘助 坂長さんがおろしている料飲店さんで飲み、気に入って「山縣本店」に電話して注文したお酒のようだよ。
呑助 何が気に入ったんですかね。
侘助 とても切れが良かった。酸の爽やかさが気に入って仕入れたようだ。五ケース、三十本注文し、一週間ではけてしまったようだよ。
呑助 前回も金賞受賞酒の酒だったけれども今月も金賞受賞酒ですね。
侘助 われわれ熟年世代はたくさん飲むことはできないから、高品質なお酒を適量楽しむ。そのよう年代だからね。本当の日本酒の本当の味というものを味わって楽しむ。これがわれわれ世代の嗜みじゃないかな。酒の味を楽しむ。これは立派な日本文化を味わい、楽しむ高尚な遊びだと思うよ。