遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『奇想の系譜 又兵衛--国芳』  辻 惟雄  ちくま学芸文庫

2024-03-02 22:54:57 | アート関連
 半世紀前に刊行された本の文庫本を購入してからもしばらく書架に飾ったままだった。その本を読み終えた。本書は、岩佐又兵衛・狩野山雪・伊藤若冲・曽我簫白・長沢蘆雪・歌川国芳の絵を論評し、画家自身を論じている。
 私がこの文庫を購入した動機は、「奇想」という語句と若冲・簫白・蘆雪が採りあげられているという点にあった。 

 読後に本書についてネット検索してみて知ったことと併せて、まず本書の経緯からご紹介しよう。
 読了した本は、2021年4月第24刷で、文庫化されたのは2004年9月である。遅ればせながら今知ったことは、『新版 奇想の系譜』の単行本が2019年2月に出版されていること。オールカラーで、新たな図版を加え、レイアウトを変更し、各章最後に「若冲をはじめ江戸の絵師たちに起こった絵画をとりまく状況変化を各章最後に新原稿として追記」(PR文より)して刊行されたという。今からなら、こちらを読むと良いのかもしれないが、いささか高額の本になる。
 まず言えることは、本書が上記の画家たちを知る上での基本書として、ロングセラー本として読み継がれているということだろう。

 読了した文庫版を踏まえて本書のタイトルと出版経緯に触れておこう。
 まず出版に至る経緯である。箇条書き的に記すと、
1. 1968年、『美術手帖』(7月号~12月号)に、<奇想の系譜--江戸のアヴァンギャルド>というテーマで、又兵衛・山雪・若冲・簫白・国芳について連載された。
2. 1969年夏以降に、蘆雪の一章を加えた形で単行本が刊行された。
3. 1988年3月以降に、新版の単行本が刊行された。(2との関係についての情報なし)
4. 2019年にたぶん上記の改訂増補版といえる新版が刊行された。
5. 2004年に1988年の新版を底本に文庫化されたようだ。作品の現所蔵先を注記で追補。
 「奇想の系譜」の論点の中核を知るためなら、文庫版がまず手頃だろうと思う。

 文庫にそれぞれ(上記の2,3,5)の「あとがき」が収録されている。著者は<奇想の系譜>と名付けるに際し鈴木重三氏の「国芳の奇想」という一文にヒントを得たと言う。<奇想>という言葉が本書に登場する6人の「それぞれ変わった個性を一括りするのにまことに都合よくできている」(p245)と述べ、さらに、「<奇想>という言葉は、エクセントリックの度合の多少にかかわらず、因襲の殻を打ち破る、自由で斬新な発想のすべてを包括できる」(p242)と語る。つまり、著者は、本書でこれらの画家たちを当時の絵画の中での<異端>ではなくて、主流の最先端にいる<前衛/アバンギャルド>の画家ととらえるべきであると論じた。これが当時の専門家たちの間で、絵画史を書き換える画期的な提言としてセンセーショナルに受け止められたようだ。本書が奇想の画家たちを再評価する先駆になったのである。
 著者は、「文庫版あとがき」に「この本に登場する六人の画家たちは、当時はみな美術史の脇役だったが、今やかれらは江戸時代絵画史上のスターであり、とりわけ伊藤若冲の人気上昇は異常なほどだ。知らない間に現代の美的な好みの方が、どんどんこちらへと接近してきたようである。」(248)と記している。

 著者が本書で論じている<奇想>の画家たちにそれぞれについて、著者の論評を少しご紹介してみよう。各章で、各画家のプロフィールも概略紹介しているので、基礎的知識を得ることもできる。

<憂世と浮世 ---岩佐又兵衛>
 極彩色絵巻「山中常磐」(MOA美術館蔵)12巻を中核に、「堀江物語」(村山氏・古森氏蔵)と「上瑠璃」(MOA美術館蔵)なども併用し、それらの内容を紹介するとともに、その描写の特徴を論じる。そして、①描写に現れる奇矯な表現的性格、②扱うテーマの内容を卑俗な、当世風のものにすり替えようとする要素の存在、③人物に風変わりな特徴を持たせて描写する、④作品に共通するモノマニアックな表出性、を指摘している。

<桃山の巨木の痙攣---狩野山雪>
 山雪は京狩野と称された狩野山楽の養子となった画家。山楽と山雪とを対比的に論じた上で、山雪の代表的作品を介して、山雪を論じて行く。金地濃彩六曲一双屏風「黄石公張・虎渓三笑図」(東京国立博物館蔵)、「龍虎図屏風」(個人蔵)、天球院襖絵の四季花鳥図、同「竹に虎図」、「寒山拾得図」(真正極楽寺蔵)などが採りあげられている。
 著者は、幾何学的秩序という人工的な仮構を好む山雪の造形意識に着目する。白梅の奇矯な枝ぶり、自然風景の描写の背後に見られる幾何学的虚構の構図などを指摘する。山雪のマニアックな形態感覚に着目する。
 最後に、旧天祥院「老梅図」を採りあげ、その枝ぶりに「このグロテスクな巨樹の痙攣が、単に桃山の時代精神の断末魔の象徴的表現であるだけでなく、このあと一世紀以上おくれて登場する若冲、簫白、盧雪ら<京都奇想派>にいわば先駆としての意義を持つように思われる」(p93)と論じている。

<幻想の博物誌---伊藤若冲>
 「動植綵絵」(宮内庁蔵)三十幅を中核に、「群鶏図襖」「蓮池図」(西福寺蔵)、「鶴図襖」(金閣寺蔵)、「野菜涅槃図」(京都国立博物館蔵)などを採りあげて論じていく。 若冲が<物>からの直接の描写に作画の意義を見出したことを指摘する。しかし、円山応挙のめざした写生へのスタンス(形状の精密なコピー)とは異なり、対象物に若冲の内的ヴィジョンを表出した描写であり、<物>に即しての観察写生は、作品の中では手段であり、デフォルメされて描出されている点を指摘している。「鶏の専門学者にいわせると、各部分のプロポーションや器官のかたち、位置などが、応挙のそれにくらべてはるかに不正確であり、写生画としてはあまりよい点がつけられないそうだ」(p105)という所見を付記する。この点、若冲の写実的描法について、認識を新たにした次第。
 「綵絵」の画面空間は、共通して「一種の無重力的拡散の状態に置かれたといってよいような空間」(p110)を特色とすると著者は指摘する。そこに、幻想的な空間を描出する若冲の内的ヴィジョンを見つめている。そして、アンリ・ルソーとの類似点を示唆している点は興味深い。

<狂気の里の仙人たち---曽我簫白>
 「群仙図屏風」(文化庁蔵)、「鷹図」(村山氏旧蔵)、「雪山童子図」(継松寺蔵)、「唐獅子図壁貼付」(朝田寺蔵)、「石橋図」(米国パークコレクション蔵)、「寒山拾得図」(興聖寺)その他の作品を採りあげていく。
 著者はまず、簫白の奇行と、「権威や因襲に対して股ぐらのぞきをするような簫白の態度」(p137)の側面を指摘する。一方で、彼の熟練した筆技、精緻な描写力を論じていく。そして、葛飾北斎と簫白との間に、「鉱物質とでもいうべき乾いた非常な想像力、鬼面人を驚かす見世物的精神、怪奇な表現への偏執、アクの強い卑俗さ、その背後にある民衆的支持、といった点が共通しているのである」(p170)と言う。
 冒頭に載せた本書の表紙には、曽我簫白の「雲龍図襖」(ボストン美術館蔵)の龍の頭部が使われている。この雲龍図、長い間ニセモノ扱いされて庫の片すみに眠っていたのが、本書発刊(1969年)の数年前頃からやっと注目され始めた作品だという。

<鳥獣悪戯---長沢蘆雪>
 「薔薇に鶏図襖」「虎図襖」(無量寺蔵)、「岩浪群鳥図襖」(薬師寺蔵)、「山姥図」(嚴島神社蔵)、「大黒天図}(佐山氏蔵)、「龍図襖」(西光寺蔵)、「蝦蟇鉄拐図」(米田氏蔵)、「四睡図」(草堂寺蔵)、「唐子遊戯図屏風」などが採りあげられる。
 蘆雪は天明6年(1786)に応挙の代役として南紀に赴き、無量寺を始め寺々の襖絵や屏風を描いた。この頃(33~34歳)の作品が評価を高めているという。寛政11年6月大坂で客死。毒殺説が伝わる。享年46歳。
 著者は蘆雪の描画技術と水準は驚くべきものがあり、デッサンにおいても応挙をしのぐ側面があるという。著者は、蘆雪が「応挙のいくぶん気どった古典主義的作風を、より身近な庶民的世界へ移し変えようとする」(p196)意図を持つ点。画面空間に二次元性が見られ、側面性の奇妙に欠如した作品を多く見かける点。洒脱軽妙な筆さばきによるカリカチュアに本領を発揮している点。人の意表をつこうとする奇抜な着想など。そして、晩年の作品には、それまで見られなかったグロテスクな要素があらわれている点を指摘する。 本章の末尾で、「線の芸術としての日本絵画の伝統を、18世紀上方の庶民的な世界に再現した画家として評価されるべきかもしれない」(p207)と評している。

<幕末怪猫変化---歌川国芳>
 著者は冒頭で、これまでの正統的浮世絵史観を改めるべき時期に来ていると警鐘を発している。<アンバランスの美>ともいうべき美意識の追求が出現してきている側面を重視する。画題に対する斬新な機知とドラマティックな想像力の発揮、それが<奇想>であるという。北斎の作画にそれが見られると論じた上で、歌川国芳がその<奇想>を継承していると説く。
 著者は、「東都首尾の松」に国芳特有の幻想的資質が発揮されているということから論じ、「東都」シリーズに見られる洋風表現と幻想性の独特な結びつきを論じている。さらに、三枚続きの画面構成に独創的構図を展開し、怪魚や妖怪のクローズアップによる衝撃的な効果をねらった作品。裸体で肖像や幽霊を合成した嘉永年間の<工夫絵>シリーズ、「荷宝蔵壁のむだ書」という<釘絵>と呼ばれる戯画のシリーズ等を紹介し、国芳の機知とユーモアのセンスを論じる、近代マンガの歴史は国芳からはじまるといってもさしつかえあるまいとすらいう。
 最後に、国芳が風刺画家として不適な活躍をした側面並びに愛猫家であった側面にも触れていておもしろい。

 奇想の画家たちをクローズアップして、彼等の活躍の見直しを論じた基本書といえる。ロングセラーになっていることが頷ける。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
奇想の又兵衛 山中常盤物語絵巻  :「MOA美術館」
堀江物語絵巻           :「MOA美術館」
堀江物語絵巻     :「文化遺産オンライン」
天球院方丈障壁画 梅・柳に遊禽図襖  :「Canon 綴TSUZURI」
老梅図襖               :「Canon 綴TSUZURI」
天球院方丈障壁画 竹に虎図襖     :「Canon 綴TSUZURI」
動植綵絵(どうしょくさいえ)[国宝]   :「宮内庁」
野菜涅槃図    :「e國寶」
伊藤若冲 中鶏・左右梅図 鹿苑寺蔵  :「美術手帖」
伊藤若冲・晩年の傑作「仙人掌群鶏図」の特別公開レポ :「野村美術」
曾我蕭白―醜美と優美  :「京都国立博物館」
   「寒山拾得図」興聖寺蔵を掲載
唐獅子図:曽我蕭白の世界  :「日本の美術」
曾我蕭白「石橋図」   :「足立区綾瀬美術館ANNEX」
虎図襖 本堂・襖絵・壁画 :「紀州串本 無量寺」
長沢芦雪 「大黒天図」 福田美術館  :「インスタグラム」
東都首尾の松之図  :「ADACHI HANGA」
鬼若丸の鯉退治  歌川国芳 :「江戸ガイド」
讃岐院眷属をして為朝をすくう図(1組) :「文化遺産オンライン」
人をばかにした人だ  寄せ絵・だまし絵 :「ちょっと便利帳」
歌川国芳 「一つ家」 :「足立区綾瀬美術館」

 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


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