遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『SEEING SCIENCE 科学の可視化の世界』 ジャック・チャロナー  東京書籍

2024-05-24 14:00:00 | 科学関連
 210mm×257mm という寸法のAB判の大きさの本。一言で言えば、科学に関わり普通では見えないものを見える形にした写真集である。2023年7月に翻訳書が刊行された。
 タイトルに惹かれた。ちょっとお高い本なので、図書館で借りて読んだ。

 「はじめに」はまず「眼で見ることの重要性」について語る。
 レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉を引用することから始め、その次に1911年に『ニューヨーク・イヴニング・ジャーナル』紙の編集者アーサー・ブリスベンが広告主の集まりで告げたという言葉を引用する。「写真を使いましょう。写真は千の言葉に値します」。これは「科学でも力を発揮する」と著者は言う。そして、「本書では、160以上の例を挙げながら、科学におけるイメージ(画像)の重要性と利用法について探っていく」(p8)と述べている。その通りの本!ほぼ全ページに画像が掲載され、それも、私たちが今までに見ることがなかった画像ばかりである。本書ではこれらのイメージ(画像)は科学の知識を売り込むため、人々を科学に導くためのトリガーとして使われている。

 本書は、次の4章構成にまとめられている。
  1 「見えない」を「見える」に変える
  2 データ・情報・知識
  3 数理モデルとシュミュレーション
  4 科学にけるアート

< 1 「見えない」を「見える」に変える >
 人間の目には限界があり、視力にも限界がある。最初にこの点を明確にする。目の限界は、波長、感度、分解能の3つの限界。視力に限界があるのは誰もが体験から知る通り。それを乗り越える道具・装置などが次々に発明された。ます顕微鏡と望遠鏡。ここでは、顕微鏡を使ってスケッチを描いた科学者の事例から始める。電子顕微鏡、連続写真、高速写真、ハップル宇宙望遠鏡や太陽望遠鏡その他様々な装置を使って撮られた写真が続いていく。本書では、まさに普段「見えない」ものが「見える」写真として、可視化されて提示され、説明が加えられていく。それは科学の成果と知識への誘いである。
 報道などでの見聞を踏まえて、比較的イメージしやすいかもしれない写真事例を本書から取り上げてみよう。連想されたイメージとの差異を本書でご確認いただくのも一興だろう。「リンゴを貫通する弾丸の高速写真」「新型コロナウィルスSARS-CoV-2の疑似カラーSEM」(2021年)「太陽の高解像度画像」(2017年)「ペルーのミイイラをコンピューター断層撮影(CT)した疑似カラーイメージ」(2011年)が掲載例である。

 宇宙からやってくる塵についての写真が掲載されていて、隕石と流星塵についての解説文が載っている。こんな一節がある。「毎日10トンから数百トンもの宇宙塵が大気に突入しているが、その多くは非常に小さいので、空中に留まり、陸からの風で舞い上げられた砂や土と混ざり合っている。そのため、宇宙塵は航空機で採集することが可能で、高空で採集すれば、地上からの粒子が混ざることが少ない」(p47)そうだ。私はこんなこと初めて知った。今まで考えたことがない領域の一例である。
 本書は、私を異世界に誘ってくれた。

< 2 データ・情報・知識 >
 冒頭はこんな文から始まる。
”英語の「science(科学)」という言葉は、ラテン語の「scientia(知識)」に由来する。つまり、私たちの生きるこの世界についての知識を探求することが科学だ。”(p81)
 科学は「データ・情報・知識・知恵」(DIKW)ピラミッドと称される階層を成していると述べ、データを可視化する意味、その重要性を事例を通して明らかにしていく。この章も私には初見のイメージ(画像)ばかり!
 事例をピックアップする。「太陽、月、惑星の動きを示す図」(10世紀か11世紀の作)「史上初の海盆の断面図」(1854年)「過去1000年間の地球の気温を示すグラフ」(1999年)「ヒトの脳のトラクトグラム」(2006年)「アメリカの麻疹患者数を表したストリームグラフ」(2022年)「地球の海洋地殻の年代を示す地図」(2008年)「ヘルツシュプルング=ラッセル図」(1910年頃)「簡略化した生物進化の系統樹」(2017年)など多領域に及ぶ。
 この章で著者は次の点を指摘している。「」は引用である。
*「科学分野のデータには、例えば、距離、速度、電荷、時間を計測したもの、動物の行動、星の色を観察したものなど、さまざまな種類がある。そうしたデータの重要な用途の1つが、標準指標(モノサシ)の作成だ。」 p82
 「現代の科学的方法のルーツは16世紀にあり、同じく台頭する経験主義哲学とともに発達してきた。経験主義とは、すべての知識はこの世界での経験に由来する、アポステリオリ(「より後なるものから」)だとする考え方である」 p82
*データベースの構築と、よく使われる直交座標系の方法や様々な方法によるデータの可視化が、仮説を生み、体系的な検証を可能にした。コンピュータがビッグデータの蓄積、分析、マイニング(発掘)の上からもますます重要性を増している。 p84,p102
*「情報は一般的に文脈や意味をもつデータと定義される。・・・・・情報の可視化は、データの可視化とは違って、見る人になんらかの影響を与える意図があるか、ほかの科学者が参考資料として利用することを目的としていることが多い」 p116

< 3 数理モデルとシュミレーション >
 代数方程式を使えば、現実世界の現象を「モデル化」することができ、この数理モデルにより、現実世界の系をシミュレーションできる。この章では、コンピュータ・シュミレーションの結果を可視化したイメージを様々な領域から事例として抽出し提示する。
 例えば、次の可視化イメージが印象的である。「H1N1ウィルスの分子動力学モデル」(2015年)「DNAに影響を与えるイオンのシミュレーション画像」(2013年)「腫瘍のシミュレーション画像」(2017年)「小惑星衝突のシミュレーション」(2017年)「南極氷床の流動シュミレーション」(2020年)「銀河の衝突:実際のものとシミュレーション」(2015年)「暗黒物質の密度分布のシミュレーション」(2020年)「超音速飛行による衝撃波のシミュレーション」(2020年)「パーペチュアル・オーシャン(永遠の海)」(2011年)

 仮説を検証する方法として、シミュレーションという新たな方法が重要な役割を担っているのだろうなということを具体的科学的にはわからなくても感じ取れるセクションである。

< 4 科学におけるアート >
 科学の可視化がアートの想像力、創作力に影響を与え、またアートと科学が融合して作品が生まれている。そんなフェーズを取り上げている。
 この章で印象的なイメージを幾つか抽出してみよう。「ヤママユガとナガバディコ」(1705年)「海底を描いた絵画」(1977年頃)「神経断面の水彩画」(2020年)「レンチキュラー印刷『Heartbeat(鼓動)1.1』」(2010年)「偏向フィルターを用いたデジタル写真『Life Tales(生命の物語)』」(2014年)「T4バクテリオファージ」(2011年)「ケツァルコアトルス・ノルトロビの復元図」(2016年)「アウストラロピテクス・セディバの3次元復元模型」(制作年不明)「オウムアムアの想像図」(2017年)「天の川銀河の想像図」(2013年)

 実にさまざまな可視化画像を満載する。「見えないもの」を「見える」に変えた結果の集成がこの一冊。イメージ(画像)に添えられた解説文の字面を通読したが、その文意を十分に理解できたとは思えない。何となく意味を感じ取ってイメージ(画像)を眺め、読み進めたにしかすぎない。しかし、可視化の重要性はなるほどと思う。難しい理論、理屈よりも、イメージ(画像)から科学の世界への関心を深める入口となる一書である。
 何よりもイメージ(画像)に好奇心を喚起された。まず楽しめる。

 ご一読ありがとうございます。


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