遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『狐花火 羽州ぼろ鳶組』  今村翔吾   祥伝社文庫

2023-12-03 18:27:35 | 今村翔吾
 序章は、時を遡り、明和の大火の下手人秀助が火消の前から逃走する場面から始まる。 本作はこのシリーズの転機を迎える段階に位置づけられるのではないかという印象を抱いた。
 それが第1章から現れてくる。印象を呼び起こした側面を挙げると次のとおり。
1.今までは、江戸の明和の大火並びに様々な大きい火事を引き起こした犯人たちの黒幕に、一橋(ヒトツバシ)が居るのではと推定されていただけである。だが、ここで一転して、民部卿、一橋治済(ハルサダ)が江戸に火事を起こすことを手段にして、己の嫡男豊千代を将軍にし己が政を執ろうという願望を抱いて暗躍していることが明らかにされる。そして、治済の手足となり働く新たな者たち、2人と面談する場面が冒頭に描かれる。
 新たな犯行実行者が現れる。さて、犯行を実行するのはどのような人物で、どのような火事を引き起こすのか。
 興味深いのは、最初に一橋治済の存在が明示されるが、本作ではその後水面下の存在となり、表には一切出て来ないことである。

2.田沼意次が、江戸の火消の仕組みに、火消各組の能力の強弱を是正するために、鳶の採用方法に新制度を導入する。「鳶市」と通称される。さらに、鳶として採用された新人たちを全員、小川町定火消屋敷に集めて、合同で一月教練の場を与え鍛え上げるという制度も導入される。新庄藩火消頭取の松永源吾、加賀鳶の頭取並・詠兵馬、同二番組組頭・清水陣内などがその教官として関わって行く。新制度の動き出す様子がこのストーリーの一つの焦点になっていく。新人の中に予想外の逸材が含まれていた・・・・・。

3.前作吉原での火付けをきっかけに、「唐笠童子」の異名を持つ麹町定火消頭取・日名塚要人(ヒナヅカカナメ)が登場してきた。本物の「日名塚要人」は既に死んでいて、その名を名乗る日名塚要人。田村意次の命を受けた公儀隠密。正体不明のこの日名塚とともに、松永源吾らは、火付け犯人と黒幕の探求で協力していくことになる。公儀隠密の日名塚はなぜか火消の経験を持つという事実が明らかになっていく。本作では源吾と日名塚の協力関係に光が当たって行く。

4.2年前に松永源吾から一時の猶予を得た秀助は、赤い花火を打ち上げた後に捕らえられた。その後火刑となったはずである。だが、その秀助の使った火付けの手法が、本作の火事では使われていくことになる。秀助は死んでいなかったのか? その謎の解明がこのストーリーの本命になっていく。序章における時を遡った秀助の逃亡描写は、この謎解きに迫っていく布石でもある。

5.火消番付の上位者をターゲットにした番付狩りを行う男が徘徊するようになる。喧嘩をを吹っかけて、素手で格闘に持ち込み、番付に載る火消を次々に負傷させていくのだ。その狙いは何なのか? これも過去につながりながら、過去にない新要素となっていく。
 番付狩りの男にまつわるサブ・ストーリーがパラレルに進行していく。 

6.源吾の妻・深雪の果たす役割がますます重みを加えてくる。深雪の人脈はさらに広がる。島津又三郎から阿蘭陀のエルテンスープのレシピを教えられ、その料理を皆に振る舞う。松永宅を訪れた日名塚要人すら食事の場に包摂していくことに。深雪の魅力が増していく。

 本作ではいつどこでどの様な火事が発生するか。火消はどこが出動するか、キーワードだけをご紹介しておこう。
1.駿河台定火消の家の火事 1月:1宅の土蔵が燃える。 2月:1宅で朱土竜。
2.鳶市より2日前の夜半。火元は麹町、岩井与左衛門宅の土蔵。朱土竜(アケモグラ)。
 麹町定火消。ぼろ鳶組出動。
3.鳶市開催の当日。番町で出火。風は東向き。加賀藩火消頭・大音勘九郎が大将となる。
 鳶市に集まった組頭たちが、火消連合として行動する。奇抜な展開に興味津々・・・。
 この出火、朱土竜、立ち木が突然燃える、粉塵爆発、
4.駿河台定火消屋敷のすぐ真北の場所で出火。瓦斯が使われる。駿河台定火消、万組、
 加賀鳶、八丁火消、に組、麹町定火消、ぼろ鳶。

 本作がおもしろく楽しめるのは、火消番付に登場する様々な異名を持つ火消たちが登場し、特技を生かしつつ、人命救助と火消に邁進する姿の描写で読者を引き付けていく。
 ぼろ鳶組の面々以外の火消の名を列挙してみよう。「縞天狗」の漣次、米沢藩火消頭・「黄獏」の神尾悌三郎、吉原火消「小唄」の矢吉、柊与市、進藤内記、「春雷」の沖也、「白毫」の燐丞、「唐笠童子」の日名塚要人等の多士済々。実に楽しめる展開である。

 終章は、時を遡り、再び秀助に戻っていく。秀助の後姿に余韻が残る。

 最後に次の文を引用しご紹介しておこう。
*何なのだ。神仏は。どうして今になって光明を見せる。人の美しさを見せようとする。いやずっと人は美しく同時に醜いものであったのだ。己が醜いものしか見ようとしなかっただけだ。
                   p278-279
*だが儚く消えるからこそ、心に留まるものもある。それは花火の人も同じではないか。
                   p403

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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