羽州ぼろ鳶組シリーズを読み継いでいる。書き下ろし文庫第9段!
令和元年(2019)7月に刊行された。
いつもの通り、表紙は火消の後ろ姿。だが、その髪の色を見ただけで、今回はこの男が羽州ぼろ鳶組・風読みの加持星十郎とわかる!
さらに、本作を読んでみると、「双風神」というタイトルが重要なキーワードになっていること、それが今回のストーリーのテーマでもあった。
本作の楽しみどころの一つは、久しぶりに淀藩定火消となった野条弾馬、通称「蟒蛇(ウワッバミ)」の登場である。序章は、京の高倉通二条上ル天守町での火付けによる火事現場に野条が登場するシーンから始まる。のっけから読者を惹きつける火災の描写。
今回の舞台は江戸ではなく、大坂に。そのきっかけとなるのが淀藩定火消の野条が、新庄藩に送った火消頭取・松永源吾宛の封書で、源吾が京から戻って以来、初めての文だった。その内容は深刻で、大坂で頻発していている火事への対策のために星十郎を貸して欲しいという要請だった。
そんな矢先に、星十郎が源吾を訪ねてきて、しばらくの暇を願い出た。江戸幕府は陰陽頭の土御門泰邦に編暦の主導権を再び奪われていた。幕府の天文方・山路連貝軒が、編暦の主導権奪還のための相論に京に上るにあたり、星十郎に助力を頼んできたことによる。
一方で、時を同じくして、野条から星十郎来坂の要請がきたのだ。
源吾は、野条の要請に対し、大坂での火事の発生状況を重視した。源吾自ら、武蔵を伴い、星十郎とともに大坂に赴くことになる。
なぜ、源吾自ら大坂に赴く決意をしたのか? 野条の文に記された大坂の火事は、源吾が火消になって15年以上経つが、未だ二度しか見たことがないほど珍しい現象だった。それが頻発しているというのだから、まさに恐ろしい事態。大火が発生した後に、炎の旋風<緋鼬(アカイタチ)>が発生し、町を蹂躙して激甚な災禍を引き起こしているというのだ。源吾は下手をすると大坂が壊滅すると戦慄した。
野条の文を受け取った3日後、源吾・星十郎・武蔵は、大丸当主、下村彦右衛門の持ち船にて、上方に向かう。星十郎は、土御門家との相論が始まるまでの期間、大坂で野条たちに協力することになる・・・・・。
野条、源吾、星十郎、武蔵が、大坂の火消たちとどのように協力し合って緋鼬に対処していくかのプロセスがダイナミックに、かつ加速をつけて進展していくところが読ませどころとなる。
本作の興味深い点を箇条書きで列挙してみよう。
1.江戸の火消組織と大坂の火消組織の構造的なちがいが背景情報として、巧みに織り込まれている。
2.町火消のみに守られている大坂の火消の組ごとの競い合いと互いの領分独立主義の強さ、また反目の様子が織り込まれていく。各組の頭のキャラクターが巧みに描き込まれていき、おもしろい。大坂の火消組のイメージが鮮やかに動き出す。
3.各火消組の単独行動が、緋鼬への対策としては逆効果となる。それをどのように克服するかことができるのか。各組の頭たちも、緋鼬への対処経験から学び始めていく。
全火消組を如何に糾合し総合力を高めていくか。大坂の火消各組の分担領域と組頭たちの特徴を把握した源吾が彼等を結集させる要になっていく。その秘策の実施が一つのピークになる。
総合力の発揮のしかたが読ませどころ。各組頭の強みが生かされていく。
4.緋鼬を発生させる為には、高度な天文の知識と実行日の風読みの的確さがまず求められる。更に幾箇所かで火災を同時に引き起こすという火付けが必要条件になる。つまり、緻密な計画と火災を発生させる手段や組織的な行動力が必要なのだ。それだけの人と金がかけられている。黒幕は誰なのか。一つの謎解きの要素が組み込まれている。
5.風読みとして、星十郎がどのように己の才を大坂で発揮できるのか。
星十郎には体験のない火災による現象の発生である。星十郎がこの現象をどのように分析し、どのような危機対処策を発想し、提言するか。星十郎は、この難問を解けるかも知れない人物を思い出す。星十郎の思考と行動、そこが読者にとっての楽しみとなる。
6.かつての事件で嘉兵衛が生み出した極蜃舞を引き継いでいた武蔵は、火消道具という点で、あることに気づく。それがまた、もう一つの重要な危機対処策の要素となっていく。
7.陸路で上洛した山路連貝軒が、星十郎の話を聞き、風読みについて協力すると言い出す。意外な助っ人が源吾の味方になるという側面も挙げておくべきだろう。
8.野条弾馬が、なぜ蟒蛇と呼ばれるようになったのか。この点も、このシリーズの愛読者には知りたいことの一つだ。その経緯が本作で明らかになるという展開が楽しい。
次はどこで、野条と源吾の再会が生まれることになるのだろう。
本作のおもしろいところが、2つある。
一つは、終章の手前で、ほんの少し一橋治済を登場させ、土御門に対する評価と橘屋の日記探索について語らせている点である。次作以降を期待させるところが、うまいなあと思う。
もう一つは、第一章の冒頭で、源吾の妻深雪を登場させ天気の変化について深雪と源吾が賭けをする場面を描く。終章で深雪が源吾を介して頼まれた、料理のレシピを野条弾馬宛てに深雪が認めている場面を描く。僅かなページ数での描写なのだが、深雪の存在感をきっちりと押さえていて、微笑ましい。また、今後の野条との交流の深まりを暗示している感すらあって実によい。
星十郎と山路との会話の場面で記されている一文が印象に残る。
「いかなる人と巡り逢うかで、人の一生は大きく変わる。父もそうであったろうし、己もまたそうである」(p278)
この文は星十郎の思いとして地の文で記されている。次の会話の後に。
山 路「孫一に火消を辞めさせたのに、まさか儂が火消の真似事をするとはな。
人の世とはおかしなものよ」
星十郎「いかさま」 孫一とは星十郎の父である。
山路が上洛後、星十郎と対面し、大坂の事態を知り、風読みの協力をすると言い出した続きの会話である。
このシリーズ、「人との巡り逢い」が根底の原動力となっているように感じる。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『玉麒麟 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『狐花火 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『菩薩花 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『鬼煙管 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『九紋龍 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『夜哭烏 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『塞王の楯』 集英社
令和元年(2019)7月に刊行された。
いつもの通り、表紙は火消の後ろ姿。だが、その髪の色を見ただけで、今回はこの男が羽州ぼろ鳶組・風読みの加持星十郎とわかる!
さらに、本作を読んでみると、「双風神」というタイトルが重要なキーワードになっていること、それが今回のストーリーのテーマでもあった。
本作の楽しみどころの一つは、久しぶりに淀藩定火消となった野条弾馬、通称「蟒蛇(ウワッバミ)」の登場である。序章は、京の高倉通二条上ル天守町での火付けによる火事現場に野条が登場するシーンから始まる。のっけから読者を惹きつける火災の描写。
今回の舞台は江戸ではなく、大坂に。そのきっかけとなるのが淀藩定火消の野条が、新庄藩に送った火消頭取・松永源吾宛の封書で、源吾が京から戻って以来、初めての文だった。その内容は深刻で、大坂で頻発していている火事への対策のために星十郎を貸して欲しいという要請だった。
そんな矢先に、星十郎が源吾を訪ねてきて、しばらくの暇を願い出た。江戸幕府は陰陽頭の土御門泰邦に編暦の主導権を再び奪われていた。幕府の天文方・山路連貝軒が、編暦の主導権奪還のための相論に京に上るにあたり、星十郎に助力を頼んできたことによる。
一方で、時を同じくして、野条から星十郎来坂の要請がきたのだ。
源吾は、野条の要請に対し、大坂での火事の発生状況を重視した。源吾自ら、武蔵を伴い、星十郎とともに大坂に赴くことになる。
なぜ、源吾自ら大坂に赴く決意をしたのか? 野条の文に記された大坂の火事は、源吾が火消になって15年以上経つが、未だ二度しか見たことがないほど珍しい現象だった。それが頻発しているというのだから、まさに恐ろしい事態。大火が発生した後に、炎の旋風<緋鼬(アカイタチ)>が発生し、町を蹂躙して激甚な災禍を引き起こしているというのだ。源吾は下手をすると大坂が壊滅すると戦慄した。
野条の文を受け取った3日後、源吾・星十郎・武蔵は、大丸当主、下村彦右衛門の持ち船にて、上方に向かう。星十郎は、土御門家との相論が始まるまでの期間、大坂で野条たちに協力することになる・・・・・。
野条、源吾、星十郎、武蔵が、大坂の火消たちとどのように協力し合って緋鼬に対処していくかのプロセスがダイナミックに、かつ加速をつけて進展していくところが読ませどころとなる。
本作の興味深い点を箇条書きで列挙してみよう。
1.江戸の火消組織と大坂の火消組織の構造的なちがいが背景情報として、巧みに織り込まれている。
2.町火消のみに守られている大坂の火消の組ごとの競い合いと互いの領分独立主義の強さ、また反目の様子が織り込まれていく。各組の頭のキャラクターが巧みに描き込まれていき、おもしろい。大坂の火消組のイメージが鮮やかに動き出す。
3.各火消組の単独行動が、緋鼬への対策としては逆効果となる。それをどのように克服するかことができるのか。各組の頭たちも、緋鼬への対処経験から学び始めていく。
全火消組を如何に糾合し総合力を高めていくか。大坂の火消各組の分担領域と組頭たちの特徴を把握した源吾が彼等を結集させる要になっていく。その秘策の実施が一つのピークになる。
総合力の発揮のしかたが読ませどころ。各組頭の強みが生かされていく。
4.緋鼬を発生させる為には、高度な天文の知識と実行日の風読みの的確さがまず求められる。更に幾箇所かで火災を同時に引き起こすという火付けが必要条件になる。つまり、緻密な計画と火災を発生させる手段や組織的な行動力が必要なのだ。それだけの人と金がかけられている。黒幕は誰なのか。一つの謎解きの要素が組み込まれている。
5.風読みとして、星十郎がどのように己の才を大坂で発揮できるのか。
星十郎には体験のない火災による現象の発生である。星十郎がこの現象をどのように分析し、どのような危機対処策を発想し、提言するか。星十郎は、この難問を解けるかも知れない人物を思い出す。星十郎の思考と行動、そこが読者にとっての楽しみとなる。
6.かつての事件で嘉兵衛が生み出した極蜃舞を引き継いでいた武蔵は、火消道具という点で、あることに気づく。それがまた、もう一つの重要な危機対処策の要素となっていく。
7.陸路で上洛した山路連貝軒が、星十郎の話を聞き、風読みについて協力すると言い出す。意外な助っ人が源吾の味方になるという側面も挙げておくべきだろう。
8.野条弾馬が、なぜ蟒蛇と呼ばれるようになったのか。この点も、このシリーズの愛読者には知りたいことの一つだ。その経緯が本作で明らかになるという展開が楽しい。
次はどこで、野条と源吾の再会が生まれることになるのだろう。
本作のおもしろいところが、2つある。
一つは、終章の手前で、ほんの少し一橋治済を登場させ、土御門に対する評価と橘屋の日記探索について語らせている点である。次作以降を期待させるところが、うまいなあと思う。
もう一つは、第一章の冒頭で、源吾の妻深雪を登場させ天気の変化について深雪と源吾が賭けをする場面を描く。終章で深雪が源吾を介して頼まれた、料理のレシピを野条弾馬宛てに深雪が認めている場面を描く。僅かなページ数での描写なのだが、深雪の存在感をきっちりと押さえていて、微笑ましい。また、今後の野条との交流の深まりを暗示している感すらあって実によい。
星十郎と山路との会話の場面で記されている一文が印象に残る。
「いかなる人と巡り逢うかで、人の一生は大きく変わる。父もそうであったろうし、己もまたそうである」(p278)
この文は星十郎の思いとして地の文で記されている。次の会話の後に。
山 路「孫一に火消を辞めさせたのに、まさか儂が火消の真似事をするとはな。
人の世とはおかしなものよ」
星十郎「いかさま」 孫一とは星十郎の父である。
山路が上洛後、星十郎と対面し、大坂の事態を知り、風読みの協力をすると言い出した続きの会話である。
このシリーズ、「人との巡り逢い」が根底の原動力となっているように感じる。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『玉麒麟 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『狐花火 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『菩薩花 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『鬼煙管 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『九紋龍 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『夜哭烏 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』 祥伝社文庫
『塞王の楯』 集英社