遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』  今野敏   徳間書店

2023-12-13 23:21:40 | 今野敏
 今野敏さんの作品を読み継いでいる。横浜みなとみらい署暴対係シリーズは、長編と短編集の刊行を合わせると本作で第7弾。本作は「読楽」(2022年3月号~2023年2月号)に連載された後、2023年5月に単行本が刊行された。今回は長編小説である。

 表紙に TRAMPER という単語がタイトルの下に記されている。手許の幾冊かの英和辞典を引くと、この語彙を直接取り上げているものと取り上げていないものとがある。TRAMP は動詞並びに名詞としてどの辞書も載せている。この単語を私は知らなかった。
 インターネットの Oxford Learner's Dictionaries のサイトで、tramper を検索すると、”a person who likes to go for long walks over rough country, carrying all the food and equipment that they need”と説明が出て来た。さらに、類義語が hiker であると。hiker なら知っている。
 手許の『リーダーズ英和辞典』(研究社、初版)には、tramper を載せていて、「徒歩旅行者。てくてく歩く人。という意味と併せて、浮浪人、とぼとぼ歩く人という説明も記している。
 なぜ、冒頭に余談的なことを記したのか。本作を読み進める中で、このタイトル「トランパー」というタイトルにした意味合いを説明している文に気づかなかったことによる。なぜ本作がこのタイトルとなったのか・・・・。

 タイトルは保留にして、このストーリーの構想はおもしろい。みなとみらい署の組織犯罪対策課に本部の捜査二課から問い合わせが入ったことから、諸橋係長以下暴力犯対策係が事件に巻き込まれて行く。食材の詐取事件である。捜査二課の内定の結果、みなとみらい署が所轄する地域に居る、マルB・伊知田組が浮上。伊知田が犯人である物的証拠をつかみたいと捜査二課の永田課長は言う。諸橋らは、捜査二課の家宅捜査に協力することになる。この事件には本部の暴力団対策課の平賀松太郎警部補とペアの藤田巡査部長が関わっていた。ストーリーは、このガサ入れへの準備段階から始まり、捜査二課の主導で伊知田の倉庫のガサ入れが実行される。が、空振りに終わる。伊知田の行方はつかめない。伊知田の捜索と確保が喫緊の課題になっていく。

 このストーリー、諸橋と城島のペアが、要所要所で神風会の神野の自宅に情報収集に出かけるところがやはりおもしろい。一方で、県警本部の監察官・笹本康平警視が諸橋と城島のペアの素行チェックで、捜査の過程で首を突っ込んでくる。笹本は執拗に諸橋・城島たちの捜査行動上の瑕疵を発見し取り締まろうとしているように見える。だが反面、この二人を防護するために関与しているようにも見える。そこがおもしろみを加えている。

 ガサ入れの空振りは、どこかからか情報漏洩したことが原因ではという疑いが浮上する。諸橋・城島らも疑われるが、平賀も疑われる対象者になる。ある時点からコンタクトが取れない平賀の行方を捜査することに事態が進展する。そこに、カクと称される得体の知れない中国人が関係している情報が得られた。そんな矢先に、平賀の遺体が本牧ふ頭に浮かんでいるのが発見された。ワイヤーを使った絞殺の可能性が出てきた。
 食品の詐取事件に警察官殺害事件が絡んでくるという急展開により、捜査の次元が複雑化していく。平賀は単独で何を捜査していたのか。それが捜査二課の進めてきた詐欺事件とどのように関わるのか。平賀殺害の件に関して、本部の捜査一課強行犯係が捜査を始めることで、詐欺事件の捜査にも関わってくる。読者にとっては、興味津々の事件展開に発展していくのだが・・・・。
 諸橋と城島とを中核に、暴力犯対策係のメンバーはそれぞれの特性・能力を発揮していく。諸橋は、平賀が彼独自の捜査目的を持って行動していたと考え、その点を追求して行こうとする。覚悟を決めてカクの協力を得るための行動と捜査に踏み込んでいく。諸橋がカクと接触する行動に対して、公安の外事二課の刑事が諸橋の前に姿を見せるようになる。

 このストーリー、前半は食品の詐取という詐欺事件が主体となって展開するが、平賀警部補が殺害された事件が転機になる。伊知田がみなとみらい署に自首してくるのだ。平賀の殺害には関与していないと。後半は、平賀がなぜ殺される結果になったかという事実の解明と犯人の捜査へ展開していく。事件はどういうつながりがあったのか。事件の背景に何が潜んでいるのか。平賀はなぜ、誰に殺されたのか・・・・・。

 本作は現代のグローバルな社会状況の一局面をストーリーの背景に巧みに取り込んでいる。コロナ禍と世界の物流の関係を取り込む発想がおもしろい。世界中のコンテナの9割以上が中国で作られているという。コロナ禍がコンテナ生産に影響を与え生産量が落ち込んだ。コンテナの回転率低下が、物流に大きなダメージを与えている。だが、それが逆に、ある者にとっては商機となっているという。
 この事象が実に巧みにストーリーに織り込まれている。

tramp という単語は名詞では「浮浪者、放浪者」という意味を持つので、tramper も同様に必要なものを身に帯びるだけで浮浪、放浪する人という意味合いでここでは使われているのかもしれない。そう受け止めると、諸橋と城島が対峙している捜査の対象者はそのような連中だったことになる。

 ふ頭のコンテナヤードが表紙に使われているのは、本作の背景を象徴していると言えるかもしれない。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『審議官 隠蔽捜査9.5』   新潮社
『マル暴 ディーヴァ』   実業之日本社
『秋麗 東京湾臨海署安積班』   角川春樹事務所
『探花 隠蔽捜査9』  新潮社
「遊心逍遙記」に掲載した<今野敏>作品の読後印象記一覧 最終版
                      2022年12月現在 97冊


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