遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『鬼煙管 羽州ぼろ鳶組』   今村翔吾   祥伝社文庫

2023-07-29 00:11:55 | 今村翔吾
 加持星十郎は、明和の大火後、安永2年(1773)1月末頃に、暦の論争に関して山路連貝軒に協力することと、長谷川平蔵宣雄から、京都西町奉行に着任後怪事件が頻発していることに知恵を借りたいという依頼を受けたことで京都に入った。だが、火消の身内を誘拐する事件を伴う火事が頻発することで、星十郎は江戸に急遽戻った(第2作『夜哭鳥』)。さらに、前作『九紋龍』の事件が発生した。新庄藩特産品のお披露目で松永源吾の妻・深雪はその販売に活躍した。安永2年5月の時点で、源吾は星十郎から長谷川平蔵の依頼により携わった事件-青坊主事件と漆器問屋「黒戸屋」事件-の顛末を詳しく聞いた。
 その後で、新庄藩特産品を買い付けてくれた京の「大丸」の主人、下村彦右衛門素休が長谷川平蔵から頼まれて源吾宛に渡していた書状のことを源吾は思い出す。そこには、長谷川平蔵の危機が記されていた。青坊主事件がまだ終息していないことに加えて、火を用いた事件が起きているという。源吾に星十郎を伴い、京にきて欲しいという依頼である。源吾は、星十郎と武蔵を伴い、京に向かう。
 この第4弾は、源吾・星十郎・武蔵が京都で一働きする顛末譚である。文庫書き下ろしとして、平成30年(2018)2月に刊行された。

 大坂に着いた源吾らは、そこで与力石川喜八郎に出迎えられ、また、平蔵の嫡子、長谷川銕三郎に引き合わされた。その後京都西町奉行に到着した源吾等は、長谷川平蔵から現状を聞かされる。2つの問題が発生していた。
1)黒戸屋事件の犯人長介の自白がさらに問題を明らかにした。頻繁に起こった青坊主事件の裏のカラクリ。一連の事件に関わる黒幕、真犯人の存在。この黒幕は、事件を不可思議なままで終わらせようと企んでいるらしいこと。長介は己を唆した男の特徴を語っていること。これらが事件が終息していない事実を示す。
2)人が突然に燃え上がる。それが火事の原因となり延焼が起こっていること。既に5件。
 初めの事件はその長介の妾の葬式の最中に、切断された首から煙が上り、火を噴いた。炎は棺へ移り、焔は天井を焦がす。人々は祟りを恐れ、手を拱いて、混乱。延焼した。
 この人が燃える一連の事件を、京の民は、妖怪火車と呼んでいるという。

 源吾等には、何故燃えるのかを調べ原因を究明し、起こった火事を消し止めることが使命となる。翌日から源吾等は動き出す。
 源吾は、長谷川平蔵から、嫡子の銕三郎が源吾等を呼ぶことに反対していたことを聞かされる。銕三郎には、放蕩の限りを尽くしたという過去があった。反対している銕三郎が源吾等の行動に対して、どういう影響を与えるか、当初から不確定要素が内在することになる。銕三郎は源吾に己一人でも火車の難事件を解決できると憤懣をぶつけた。
 既に起こった5件の火車事件の葬儀は、真宗佛光寺派本山佛光寺に関係する和尚が取り仕切っていたという事実がわかっていた。銕三郎はこの点を重視していた。

 このストーリーの面白さは、江戸の治安の仕組み、風土とはことなる京都を舞台とするところにある。宮廷貴族と寺社という勢力が中心になり長年都の治安が維持され、庶民が受け入れてきた風土と京の庶民が源吾らの相手となる。喜八郎は源吾に言う。京において、一番気を配らねばならないのは京雀だと。

 事件の探索というメイン・ストーリーに、サイド・ストーリーが織り込まれて行く。それは、京都に来た機会を利用して、武蔵が平井利兵衛工房を探して訪ねる。前作『九紋龍』でその名が出てくる。竜吐水を考案した絡繰師の工房である。武蔵は最新式の消火道具を己の目で見たかったのだ。武蔵は五代目平井利兵衛に会うつもりだった。武蔵は六代目平井利兵衛がまず応対したくれたことに戸惑った。その名跡を継いだのが当年19歳の水穂と称する女性だった。武蔵は、六代目から最新式の竜吐水の他に、火消道具の水鉄砲を見せられる。武蔵は五代目平井滝翁にも面談した。さらに六代目が奥から持ち出してきた新工夫の「極蜃舞」と称される霧を生む火消道具を見せられる。武蔵は使い方を試してみることを勧められた。滝翁はサイフォンの原理を使っていると武蔵に説明した。
 この平井利兵衛工房を武蔵が訪れたことが、源吾等の探索する事件との交点を持つことになる。なかなかおもしろい構想が展開されていく。お楽しみに。

 京都西町奉行所に下村彦右衛門が源吾を訪ねてくる。彦右衛門は源吾を連れ出し、庶民的な酒場「やちよ」という馴染みの店に案内する。ここで一騒動が起こるのだが、女将から「蟒蛇(うわばみ)さん」と呼ばれる無精髭を生やした武士と知り合う。この武士との出会いが、その後源吾の働きに大きく関わって行くことに・・・・・。著者がおもしろいキャラクターの人物を絡ませていくところが、おもしろい。

 京都西町奉行所に、佛光寺の代表として清峰と称する僧が訪れる。5件の葬儀に関わった状況を説明した。清峰の話が糸口となっていく。
 その翌日、四条河原町で生身の人が燃えているという事件が発生した。ここにもまた、糸口が見え始める。
 源吾等に反発心を抱く銕三郎は、姿を消し独自の行動を始めていく。彼の行動は源吾等にとって、どういう影響を及ぼすか・・・・。
 星十郎の知識が原因の究明に力を発揮しだす。さらに、事件の背後に思わぬ黒幕が浮かび上がって行く。おもしろいストーリー展開に、読者は一気読みしてしまうだろう。
 この作品もまた楽しめる出来映えになっている。

 事件が解決する一方で、悲しい結果を生む。長谷川平蔵の死である。
 どのように死を迎えることになるか、これもこのストーリーのエンディングにふさわしいように思う。己の死すら見切っていた平蔵の生き方となっている。
 長谷川平蔵宣雄は実在の人物である。調べてみると、彼は安永2年6月に京都で亡くなっている。このフィクション、平蔵の死の時点と整合させて、巧妙に採り入れた終結である。
 さらに付け加えておきたい。序章と終章が照応している。序章を読み始めた時は、その意味合いがほとんどわからない状態である。終章を読んで初めてその照応関係がわかる。さらに言えば、このストーリーを読んで初めて、序章・終章の置かれた意味あいを深めていけるといえる。

 本書に記された印象的な文を幾つか覚書を兼ね、引用しておきたい。
*どのような感情も、募り過ぎれば人の正気を奪う。それが正義からくるものであっても同じである。度が過ぎれば、悪を滅ぼすために己も悪事をする。そのような例はごまんとあった。  p178
*この世に生まれ落ちた時は、皆が善人だと儂は思っておる。生きていくうちに汚いものを見、知らぬうちに汚れていく。それでも多くの者は人の優しさに触れ、清らかさを取り戻すのだ。   p257
*人も同じ、身分は違えども煙草の銘柄ほどのもの。最後は煙に変じて灰になる。雁首で燃え、吸い口で消える。この羅宇をどのように潜って生きるか。詰まるところ人生とはそのようなものではないか。 p258
   付記:羅宇とは、煙管(きせる)の火皿(雁首)と吸い口をつなぐ竹の管のこと。
 最後に余談だが、池波正太郎の有名な作品に「鬼平犯科帳」シリーズがある。そこに長谷川平蔵が登場する。そこに登場するのは、長谷川平蔵宣雄の嫡子、銕三郎の方である。つまり、長谷川平蔵宣以(のぶため)が主人公となっている。

 ご一読ありがとうございます。
 

補遺
長谷川平蔵宣雄  :ウィキペディア
消防雑学事典・火附盗賊改・鬼の平蔵  :「東京消防庁」

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『九紋龍 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『夜哭烏 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』   祥伝社文庫
『塞王の楯』   集英社

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