雷とからっ風 義理人情! 上州かあちゃんの毎日

赤城おろしの冷たいからっ風にも、日本一暑い夏の日にもめげず
頑張る上州かあちゃんの日記です

中山道 4回目 浦和から大宮

2020-11-27 09:18:00 | 中山道
中山道4回目 浦和から大宮まで11月14日に歩いてきました
もう2週間も前になってしまいました
なんだかねぇ~~
埼玉・・・
街道歩きって感じあんまりしないの
都会の町を歩いているって感じ
昔に思いをはせるようなところはあまりなくて
ブログ書く力がわかなかったの
 
 
玉蔵院(ぎょくぞういん)
玉蔵院延命寺と称した真言宗のお寺
 
 
平安時代に造られた地蔵菩薩が安置されているそうです
境内の枝垂れ桜が見事でしたね
桜の満開の時にまた来たいと思いました

 
中山道沿いにあるウナギ屋さん
江戸時代からあるんだって、食べてみたいな
 
 
浦和本陣跡
今はなんもない、この碑だけ小さな公園になってます

 
浦和の市は室町時代が起源と言われていて
江戸時代は2日7日に市が開かれていたそうです

 
こんなおばちゃんの像が立ってました

 
この道で市がひらかれ
穀物や木綿類が売られていたようです

 
慈恵稲荷
浦和宿の人が祀ったお稲荷さん
この鳥居の前でも市が開かれていたそうです

 
さつまいもって言ったら川越をイメージしてしまいますが
紅赤ってゆう品種は浦和が発祥のようです

 
ここ1本杉の所で
父の仇を打った事件は幕末最後の仇討で有名なんだって


 
さいたま新都心駅
ここでお昼ごはんでした

 
武蔵国一宮石碑
ここから氷川神社参道です

 
この参道は中山道ができる前の古中山道との事
講師の先生・・・
私たちは中山道歩きですからこちらの中山道を歩きます・・・
と雰囲気の良い参道ではなく
国道沿いを歩きました
この氷川神社入り口あたりから大宮宿に入るようです

 
安藤橋
昔はここに石橋がかかっていたそうです

 
こんな広い交差点の端っこに
高さ50センチにも満たない安藤橋ってゆう碑が立っているのです
1775年に大宮宿で大火事があったとき
勘定奉行だった安藤さんが幕府の指示を待たずに
幕府のご用意米やご用金を人々に施して救ったそうです
この安藤さん幕府から怒られて切腹させられたそうです
まったく今も昔も
お国の偉い方々の判断が遅くて
正しい行いをした人が責められるって
なんなん・・・って感じですよね
そんで、大宮の人たちはこの安藤さんの死を悼んで
ここにかかる橋を安藤橋と名付けたそうです


 
トイレ休憩をしたさいたま市立博物館で
ラッキーなことに
中山道大宮宿の展示が行われていました
講師の先生
次回、大宮宿を歩くのに皆さん大宮宿の知識を
あまり入れてしまうと
説明に困るなぁ~~って
言ってました
ご心配なくこの展示で得た知識は
次回までにはすっかり忘れているかと思います・・・私はですが

 
氷川神社
8世紀には武蔵国一宮と定められたそうです


今回ここまでです
次回大宮宿から上尾まで歩きます
次回12月3日に歩く予定ですが
GO TO トラベルどうなってるかね
 
適応外されてもいいけど
歩けなくなるのが心配です
 
 
コメント (6)
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