かみなり

心臓に人工弁を、耳に補聴器をしている昭和23年生まれの団塊世代です。趣味は短歌です。日々のよしなしごとを綴っていきます。

大叔母の養女さんについて追記

2018-11-27 00:17:09 | ブログ記事
養女さんの話を書いたら、ブロ友の転象さんに小説のようだと言われたから、
さらに書いてみます。

実は、なぜ大叔母がこんな才色兼備な養女がもらえたかということですが、

この秘密は、私の母や祖母は知っていたみたいでしたが、私には教えてくれず、
秘密は天国に持って行ってしまいました。

この養女さんも、事実を知らされないままだったようで、

数年前に、私の母に「○○ちゃん、本当のことを教えて」と頼んだことがあったようです。

○○ちゃんとは、母の名前です。

が、母は、養女さんに、

「あなたは義両親にあれだけ大事に育てられたのだから、義両親を本当の親と思いなさい」

と諭したようです。

が、私が少し小耳にはさんだ話では、

この養女さんは結婚前、
大叔父さんの親戚の広島市内で病院を経営している家に行儀見習いに行っていたことがあります。

その院長先生のお母さんと養女さんは似ていたとも言われていましたから、ひょっとすると、
その院長先生の隠し子ではないかと。

決定的なことはわからないので憶測ですが、院長先生と看護師さんとの間の子とか?

とにかく、この養女さんは美人で頭がよく性格もよかったから、これは生まれつきがよかったのだと思います。


大叔母はこの養女さんを他家に嫁がせたから、その晩年の世話はしてもらえませんでしたが、
しかし、
こんな素晴らしい女性を育て上げた養母でいられたから幸せであったと思います。

養女さんも心底大叔母のことを大事に思っていましたし。

養女さんは、そういう事情で、一人っ子で兄弟がいないから、
私の母を姉のように慕っていましたし、
私のことを今でも妹のように思ってくれています。

そのもとになったのは、大叔母は私をかわいがってくれていただけでなく、
私の母が自慢の姪であったようで、人には「姪が姪が」とよく人に話していたようです。

そんな関係があったから、養女さんとも濃く付き合っていました。

が、私は結婚後、それほど暮らしがよくなかったことと、難聴が進んで人との会話もままなりませんから、
母の従弟が献立た”いとこ会”などに誘われても断っていますから、疎遠になっています。

寂しいし、悲しいことですが、仕方ありません。

*

大叔母と私の母の関係で思い出したのですが、

私の叔母(母の妹)も、こんな何の取り柄もない私のことでも自慢だったみたいで、

叔母が亡くなった後、叔母の女学校時代の友人達に

「▽▽さんは、いつもあなたのことを話していました」と言われました。

私など、ぜんぜん自慢になるような姪でもなかったのに、
叔母には自慢だったんでしょうかね。

可笑しいですね。

東京に住む母の従妹から香典が

2018-11-26 10:42:56 | ブログ記事
私は自分が難聴であることもあって、

親戚の全部には母の亡くなった知らせをしていなかった。

今回香典を送ってきてくれた母の従妹にも知らせていなかったら、

今日(本当は昨日だが)、虎屋の羊羹とともに香典が届いた。


この母の従妹は母方の祖母の妹の養女で、広島県で生まれてお見合いで広島県の富豪と結婚して
現在、東京在住である。

大叔母には子供が生まれなかったから、大叔父さんの親戚からもらったとも聞いた。

この養女さんは、ものすごい美人で、それでいて、性格もよいから、
広島県の自動車メーカーマツダからも求婚されたと聞いている。

が、大叔母夫妻が、そんなお金持ちと結婚させると、養女さんが幸せになれないかもと
三原市の富豪家に嫁がせたとも聞いた。

私は、子供のころ、この広島の大叔母にはかわいがってもらって、
その山のなかにある豪邸に夏休みとか長逗留させてもらったりしていた。

山の中の空気は、真夏でもひんやりして気持ちよかった。

そのとき、私の世話をしてくれたのは、おもに、この私より8歳上の養女さんであった。

大叔母は、この養女さんを大事に育てて東京の大学までいかせたが、
しかし、しつけは厳しく、子供のころから家事を手伝わせていた。

大叔母の言い分として、
もし大叔母がこの養女さんが大人になる前に亡くなることがあっても、
家事ができれば、後妻さんがきても追い出されることはないだろうという
深謀遠慮によるものだった。

この養女さんも、大叔母の言うことは、どんなことも聞く人だったので、
家事能力にも長けていたが、

結婚相手も、大叔母の気に入った人を選んだ。

私の祖父母などは、せっかく養女にもらったのに、なぜ嫁がせるかと反対したが、
大叔母はこの養女さんに養子をもらおうとしたら、
それほどいい人を選べないからという理由で嫁がせたのだった。

嫁がせるとき、大叔母は、オーバーだけでも7着も新調して持たせるほどの豪勢な支度をした。

今ならそれほど大したことではないが、
今から60年くらい前のことだったから、その当時としては大したことであった。

で、結果、大叔母は自分が年取って入院するようになっても、
月に一度くらいしか、この養女さんに帰省してもらうことができなかった。

そのころ、その養女さんの嫁ぎ先の姑さんは認知症になられていて、
養女さんは、その世話に追われていたのだった。

そのため、

晩年、広島の山の中に一人で暮らしていたこの大叔母は
動けなくなって入院するときも、タクシー(ハイヤー?)を呼んで、
その顔なじみの運転手さんに抱きかかえてもらって車に乗せてもらい、
岡山県の病院に入院したりしていたと聞いている。

だからというわけでもないが、この大叔母が入院するたびに私に母から連絡が入り、
私は大阪からこの大叔母の岡山の入院先に見舞いに行ったものだった。

子供のころにかわいがってもらったから、私としても恩返しのつもりもあった。

が、そのことをこの養女さんはすごく感謝してくれて、
大叔母が亡くなったときに律儀な養女さんはそのお礼として金一封送ってきてくれた。

今回も過分の香典が入っていたが、
私は、これは高知の実家に送らないで、私が受け取って私が香典返ししようと思う。

この養女さんと今後とも付き合うのは私しかいないのだから。

いま思い返せば、私の友人などからもらった香典も、そうすればよかったと
今頃になって気づいた。

*

★美しい人は心も美しいさう常言ひし大叔母なりき

★大叔母のもらひし養女も美しき人で心も美しき人

★大叔母に絶対服従せし人は大叔母がもらひ育てし養女

★大叔母にもつたいないと思ふほど才色兼備の人が養女で

★美しき養女を嫁に出したれば大叔母世話をしてもらへざりき

★血を分けてゐずとも親子の情は濃く親思ひなり大叔母の養女(こ)は

★大叔母は養女の子らを慈しみ養女の子らも大叔母に懐き

★大叔母の墓は移され東京の養女のそばに祀られてゐる

★血は何か考へさせる大叔母の親子孫子と思ふ関係


*

今日の配達は、きのう受け取れなかった宅急便の再配達であったが、
実は、このクロネコヤマトのドライバーの方は若い女性で、しかもきれいな人である。

そのうえ字もキレイで、不在配達票に書かれた文字も丁寧でキレイである。

とんでもない配達員の人もたまにはいるけれど、この配達の女性は配達などさせるのは
もったいないというような女性なので、追記しておく。

と書いたからと言って、
配達の業務を差別しているわけではないので、誤解しないでほしい。

最近は、若いキレイな女性が大型トラックの運転をしたりもしているから、
そういう時代なのだろうが、
私たち年配者が見ると、女性が運転手をしているのは痛々しい印象も持ってしまうから、
差別とは受け取らずに読んでほしい。



宅急便の受け取りに苦労する難聴者

2018-11-26 03:50:22 | ブログ記事
きのう一日外出をして戻ったら

宅急便の不在配達票が入っていた。

亡母の従妹から食品が送られてきたらしい。

すぐ昨日のうちに再配達をしてほしかったが、

あいにく夫は昨日の朝から、また大阪のマンションに行っている。

それで電話のできない私は窮余の策で、担当ドライバーの携帯にショートメールを打った。

「何時でもご都合のいい時間で結構ですので、今日中に再配達をお願いしたいです」

と。

昨日は、それからあと、ずっと夜まで待った。

玄関ドアは、寒いけれど、少し開けておいた。

外から丸見えになるけれど、道路に面した食堂のカーテンは開けておいた。

そうして数時間待った。

その間、トイレに行くのも気が気じゃない。

私は玄関のチャイムが鳴っても聞き逃すことが多いから。

テレビを見ていても、しょっちゅう外を見なければならない。

が、結局、再配達はなかった。

諦めて、午後9時ごろ、ドアもきちんと閉めて、食堂のカーテンも閉めた。

昨日のうちに宅急便を受け取れなかった私は、今日また連絡して待たなければならない。

郵便局の不在票なら、翌日に、その不在票と印鑑をもって郵便局の本局まで行けば受け取れるが、

それ以外の宅急便は、それができない。

一人でいるときは、宅急便の受け取り一つでも苦労だ。

*

以前は、玄関ドアの横に人の気配を感じたら鳴るチャイムを付けて、
家の中の何か所かで鳴って光るように設定してあった。

が、裏のマンションの住民からうるさいと苦情が入って、夫が外して全部捨ててしまった。

私は何も捨てることはないと思ったが、
夫は何よりも近所からの評判、体面を気にする人なので、そうした。

だから、現在は、誰かが来て玄関のチャイムを鳴らしても、私は気づくことができないから、
私がいても、不在と変わらない。

一応、玄関横に、白板をおいて、それに

「在宅していますので、配達の方は窓ガラスをたたいてください」

と書いて置いてはあるが、それにも気づけないことがしばしばある。

耳の聞こえる人には何でもないこんなことが私たち難聴者には大きな苦労になるのである。

*

★聞こえないことの苦労は数あるが宅急便の受け取りもさう

★再配達してもらふたびふかぶかと礼(いや)し受け取る難聴われば

★留守番もできぬ己と思ふとき難聴われの嘆きは深し

*

だからといって、
婚家でどんなことを言われても、されても我慢しなければいけないということではないと
私は思っている。

きのうの難聴者の集まりに来た80歳の女性は、彼女が難聴なので、
出かけるときは、
そのご主人が最寄り駅である川西能勢口駅まで送り迎えをしてくれると話していた。

彼女のご主人だから、もう80歳はとうに越していると思うが、羨ましく思った。

またもう一人の60歳くらいの女性は、親兄弟でも、中途失聴をした彼女に理解がなく、
彼女が聞こえないときも面倒がって書いてくれたりしないからお手上げと言っていた。

が、もう一人の60歳前後の女性、この人も同じ中途失聴者だが、は、
きょうだいは皆よく彼女の聞こえないことを理解して、
彼女のために筆記することも厭わないと言っていたから、
同じ難聴者でも、家族によってもその幸不幸が分かれると思った。

今日は箕面の紅葉狩り

2018-11-25 17:08:11 | ブログ記事


今年は川西市の難聴者の「耳の会」に一度も参加していなかった。

それで、最近お誘いのあった箕面の紅葉狩りの行事に参加することにした。

「耳の会」の行事のときは、いつも要約筆記グループ「サマリー」のメンバーも同行してくれる。

今日もそうであった。

サマリーの皆さん、ありがとうございました。


で、箕面での交流会といっても、

箕面の滝まで歩くのは、高齢者の多い「耳の会」なので、なしで、

阪急箕面駅前にお迎えの来てくれる「みのお山荘」でのお食事会であった。

↓この地図の「風の杜」と書かれた場所が「みのお山荘」である。


箕面駅には午前10時集合であったが、「みのお山荘」には10時半ごろ到着した。

込み合うのを危惧してか、11時の昼食の予約をしてあるとのことで、
私は朝食にカレーうどんを食べていたからはたして食べられるかと心配したが、

心配は無用で、完食した。

おいしかった。

食後にはデザートまで出て、

これも、とてもおいしかった。

「みのお山荘」の前は展望台になっていて、食事のあと、皆で展望を楽しんだが、

視力のいい人が、「あべのハルカス」まで見えると言っていたが、
私には見ることができなかった。

真ん中に見える二つの高層ビルは千里中央らしい。

その後、箕面の西江寺に行くことになっていたが、

「みのお山荘」から直接30分歩いて西江寺に行く健脚の人のグループと
「みのお山荘」からバスでいったん箕面駅に戻って、そこから10分ほど歩いて行くグループに分かれた。

私は30分なら歩けると思ったが、もし歩けなくなって迷惑をかけるといけないので、
バスでいったん箕面駅に戻るグループに入った。

下の地図の「みのお山荘」と西江寺とに丸印をつけてあるから、ご参考に。


西江寺には健脚グループが先に到着していた。

さすが、箕面の紅葉、きれいだ。


西江寺の縁起が書かれてあったから写したが、見にくいですね。


こちらの説明板は何とか読めるでしょうか。


こちらは聖天宮の鳥居。西江寺と比べると閑散としている。


このあと、皆で喫茶店でお茶をすることにして行ったが、満員で入ることができなかった。

↓これが喫茶店です。一見して喫茶店なんて思いませんね。


あと、駅前の喫茶店も2、3軒まわったが、どこもいっぱいだったので、
お茶することは諦めて箕面駅前で解散。

私は、「耳の会」の人3人と一緒に四人で電車に乗ったが、
みな書きながらしゃべらないといけないので、なかなかスムーズに会話できない。

が、川西能勢口駅で別れる前に、急に話が弾んで、駅のホームで立ったまま話し込んだ。

もちろん書きながら・・・。

というわけで、お疲れの一日であった。

*

★箕面駅おりれば多くの人あるく箕面滝への滝道が見ゆ

★滝までを歩く滝道その滝の上には車で走るハイウェイ

★ハイウェイの道辺にみのお山荘はありて車で来ねばならぬよ

★山荘の南側には見晴らしのよろしき展望台が見せる大阪

★見張るかす大阪平野の向かうには金剛山の横たはる見ゆ

★遠くにはあべのハルカス見えるとふ声に見たれどわれには見えず

★わたくしもさうではあるが聞こえない人との会話は書かねばならぬ

★ボランティア書いてくれれば楽なれどわれわれだけになれば疲れる

★お別れをせむとせしころ弾みだす会話であれば駅のホームで

★お互ひに聞こえぬ不如意を言ひあひて別れがたかり難聴われら



大阪圏に住む者として万博誘致の成功は嬉しさよりも心配が先立つ

2018-11-25 02:52:55 | ブログ記事
私は、東京オリンピックの誘致に成功したときも、

嬉しいというより、心配のほうが先立った。

というのが、東北大震災から日が浅かったからである。

が、私の夫などは、オリンピックで景気がよくなれば、日本再生につながるというので、

「そうかいな」と渋々納得した。

が、いざオリンピックの準備が始まると、景気をよくするより、

特定の利権者たちの利権の食い合いのような様相を呈してきた。

私は、「ほら見たことか」と思った。

そのうえ、現在の日本で一番必要な東北地方の震災被害に対する対策が手薄になった。

人手不足が原因である。

そうすると、今度は安易に国外から労働者を受け入れようとしている。

これは本末転倒でないか。

必要でもないオリンピックを誘致しておきながら、

人手不足だから、外国から労働者を入れる。

それが、どれだけ危険なことかという想像力は働かないのだろうか。

前も書いたが、人は物ではない。

用が終わったからと言って、それぞれの国に帰ってもらうことが困難であることは
日の目を見るより明らかなことである。

働き盛りの人を受け入れたら、
働き盛りすなわち子育て盛りであるから、家族ごと受け入れることになる。

オリンピックが終わって、仕事のなくなった人たちが日本に居座ることは当然考えられる。

居座るというと語弊があるが、
結果的にはそういうことになるということを端的に言ったらそういう言い方になる。


万博は、オリンピックが終わってから、その準備が始まると思うが、
また人が足りないと外国の人を受け入れるのも心配であるが、

それよりも心配なことが、オリンピックでもそうであった利権問題である。

結局国全体が潤うというわけではなく、特定の人たちが潤うという図式になるのではないか。

と様々な杞憂はありながらも、

ただ、大阪の大阪湾の埋め立て地が有効活用できることだけはうれしく思う。

なにしろ、あの島々は宝の持ち腐れになっているから。

大阪は、あの埋め立てて造った島々の有効利用をしようとオリンピック開催に手を挙げたが、

誘致できなかった。

それで、島々は宝の持ち腐れのまま放置されているから、大阪の経済的損失は大きい。

が、今回、万博が誘致されて、有効利用して、その後も、埋め立て地の活用が続けば、
大阪にとっては願ったり叶ったりである。

が、ただ島々のその後の活用に、
アメリカのラスベガスのようなカジノを作る計画はいかがなものであろう。

もし、その計画が成功して島々がにぎわったとしても、
カジノは健康な娯楽といえるかどうか。

カジノはギャンブルである。

いくら華やかなショーがあって、キレイに着飾った金持ちの人々が集ったといっても、
決して健康的なものではないと思う。

カジノで思い出すのは、
現代日本の金持ちの一人である大王製紙の御曹司の熔かした106億円である。

彼は、頭脳明晰、経営能力も優れていたという。

そんな人でも、いったんはまり込むと破綻するまで抜けられないカジノという魔物。

そんな危険なものを日本に、大阪に作る必要はあるのか。

いくら金持ちが集まってにぎわうといっても、しょせんは賭博である。

そんなものに頼って大阪を再生することが正しい道なのかどうか。

万博誘致成功の心配とともに、こちらのほうをもっと心配する。

*

★人間の射幸の心を煽るのが賭博であれば井川意高

★賭博好き東西南北をりまして東京大阪ところかまはず

★万博を人寄せパンダにしてのちにカジノもくろむ目的もある

★賑はひは取り戻せても賭博にて大阪市民の心は壊る

★あるときは神にもなるがあるときは悪魔にもなる金の魔力よ

★金のもつ魔力まざまざ見せつけるカジノ賭博の賭場の引力

★金熔かす賭博の罠につかまりて強気男もつぶされにけり

補聴器店でイヤーモールド作りと美容院でパーマ・・・難聴と認知症・鬱病

2018-11-24 16:15:22 | ブログ記事


今日は懸案だった補聴器のイヤーモールドを作ってもらいに
補聴器店に行っていた。

イヤーモールドというのは、補聴器のイヤホーン部分を耳穴の形にしたものである。

普通のイヤホーンだけでは音漏れするからである。

この音漏れは、ハウリングと呼ばれて、「ぴー」という不快な音であるらしく、

私たちのように聞こえない者はわからないのだが、
私の夫などのように、正常な耳の人達には耐えられない音であるらしい。

そのために作るのが、こうしたイヤーモールドなのである。

私の右耳のイヤーモールドは、もうずいぶん前のものなので、
耳穴の形に合わなくなったのか、夏の汗をかく時期になると音漏れするようになっていた。

一昨年あたりから、夫に「何とかせよ」と言われていたが、
秋になって汗が出なくなると音も収まるので、
「ま、いいか」と、また翌年夏まで持ち越すというふうに横着をしていた。

が、最近、夫と喧嘩することも多くなって、
そういう時、このハウリングがすると、夫が余計いら立つようなので、
ついに私も、補聴器店に出向いたという次第。


と、前置きが長くなってしまったが、

待合室で待っていると、
難聴者の参考になる新聞記事のコピーが置かれてあったから、
自分のためにも、その他の難聴の人にも役立つかもと思って撮影した。

やはり、難聴になると、うつ病にもなりやすいらしい。

だけでなく、認知症にもなりやすいらしい。

が、補聴器で聞こえを確保していれば、大丈夫と書かれてあったのは、
補聴器の会社の差し金のような気もしないではないが・・・。

↓こちらのはイヤーモールドの型をとってもらう部屋におかれてあった記事。

補聴器は、眼鏡のように、着けてすぐに聞こえるという代物ではないと書かれてある。

長い間、音を聞いていなかったら、脳が音を識別できないから、
まず音を聞く訓練をする必要があるらしい。

そのために、常時補聴器を装用したほうがいいと書かれてあった。

が、私は、常時装用していない。

というのが、補聴器をしていると疲れるからだ。

それだけじゃなく、
補聴器で音を拡大して聞くことで難聴が進むのではないかと懸念するところもあって。

私は、それはあると思っている。

私の右耳は左耳と比べて、かなりデジベルが高いが、
これはずっと右耳だけに補聴器をしていたのが原因だと思っている。

それで現在は両耳に装用している。

デジベルとは失われた聴力を表す数値である。

100デジベルで、ほぼ聾である。

ところで、

この記事の左下に大事なことが書かれてあったから、ズームで撮影。↓

よく健聴者は、難聴者に向かって大声で話しかけるが、
これは逆効果ということが書かれてあった。

本当に、その通りである。

これがわかっていない人が多くて、
われわれ聴覚障碍者は大声で話しかけられて恐怖を覚えることも多い。

下の記事は、イヤモールドの型取りが終わって待合室で見つけた記事。
 
最初に見た記事と同じく、難聴者は認知症になりやすいと書かれた記事だが、
よく読むと、耳が聞こえなくなっても、考える力は衰えなくて、
衰えるのは情報機能と書かれてあった。

が、それは若い人でも、情報がスムーズに入らなかったら、起こる現象ではないだろうか。

聞こえないと、どう対応していいかわからないことは、年齢に関係ないと思うのだが。

ということで、

イヤーモールドの型をとってもらった後は、

補聴器店と同じビル内にある美容院でパーマをかけてきた。

先月末にカットして、少しうっとうしくなってきたから、カットしてもらおうと思ったが、
もうすぐ年末なので、少しおしゃれしようとパーマにした。

やはり毛先がカールしているほうが、髪の毛をまとめやすいし。

*

★まつすぐな髪が似合ふは秋までで冬将軍にはパーマの頭

★ずぼらには短髪パーマがよろしくて寝起きて髪の手入れはいらず

★手櫛とふ手入れの仕方もありまして手で掻き揚げて手入れは終はる


「読書の秋におススメの小説」のお題に応募(再アップです)

2018-11-24 06:34:46 | ブログ記事
私が今までに読んだ小説で一番おもしろく思ったのは、

わりあい最近読んだ小説だが、

水村美苗の『本格小説』である。

この小説は、前のブログのブロ友さんがブログ上で勧めてくれた本である。

最初、小説なのに『本格小説』なんて題名は変だと思ったが、

これが面白いのなんのって、もう夢中で最後まで休まず読んだ。

ネタばれなるといけないから、内容は書かないが、

幼馴染じみの男女の恋愛を軸に、
人種問題、貧富の差、学歴など、いろんな問題が内包されている。

エミリー・ブロンテの『嵐が丘』がストーリーの母体になっているらしいが、
私には『嵐が丘』より面白く思えた。

とにかく最後のどんでん返しが秀逸である。

じっくり読ませる内容でありながら、
最後のどんでん返しはそこらあたりのスリラー以上のスリルに満ちているのである。

読み終えて、すぐにもう一度読み直したくなる内容である。

読んでから2年ほど経つが、今でもその面白さは忘れられない。

説教臭さは微塵もないのに、深く人生も考えさせてくれる。

今にして思えば、

私が今年軽井沢に行ったのも、この小説の余韻に浸りたかったからだったかもしれない。

そのときは意識していなかったが、
この小説の断片が私の心の深層に入り込んでしまっているのだろう。

ゴーンさん、そないにようけ懐に入れはって、どないすんの?(再アップです)

2018-11-24 06:34:06 | ブログ記事
もろてた給与だけでも使い切れんくらいあったいうのに、

それ以上、不正までして懐に入れて、どないするん?

あんさんも、もう64歳の立派なおっさんや。

これから長生きしても、せいぜい40年やあらしまへんか。

そんな使い切れんほどのお金を、悪いことまでして懐に入れるより、

残された人生、ちょっとでも人のために使うて、好々爺になりはったらどないですか。

聞くところによると、日産を再建するために、ようけ従業員解雇しはったらしいけど、
そんな人たちをちょっとでも助けてあげようとかは思わへんのやろうね。

そう思えるようになったら、ゴーンさの顔つきもようなって、

いや今の顔つきが悪い言うでるわけやないけど(内心ちょっと思てるかもしれんけど)

残された40年が楽しゅうなるやないかと思うけど、あんさんは思はらへんやろね。

それが、あんさんの不幸の始まりのような気もするけど、

ま、これは、きのう私が自分のブログに書いた「大きなお世話」やろね。

今のままやったら、あんまり女の人にモテるとも思わへんけど、

お金もってはるから、それなりの女の人は寄ってくるかもしれへんね。

が、本当にええ女は近づかへんと思う。

それでもええというんやったら、それはゴーンさんの人生やから好きにしはったらと
思う。

なんやテレビつけても、新聞ひらいても、ゴーンゴーンって出てくるから、

私も馴れへん大阪弁で、ちょっと書いてみた。

私は、ふだんでも大阪弁は使うたこともないけど、書くのはもっと難しおますね。

*

★不正までして懐に大金(おおかね)を入れても命かぎられてゐる

★あるとこにあるとふお金ありましてカルロス・ゴーンのごつい懐

★ふところが重たくあれば軽々と生きるは難(かた)きカルロス・ゴーン

*

それにしても、日産のおっさんたちは、どないしてたんやろ。

いま新聞読んでたら、日産の利益のほとんどを仏ルノーがとってたと書いてあった。

★ニッサンのオッサンどないしてはつたルノーに儲けとられまくられ

★合併は儲けとらせるためにしたさうおばさんにおもはすおつさん

★日本の斜陽に加速かけしかばカルロス・ゴーンおつさん終はる

バカバカしいと思いましたが、きちんと反論します

2018-11-23 21:13:33 | ブログ記事

3日前の20日にいただいたコメント、あまりにもバカバカしいからコメント返しをしませんでしたが、

これをしなかったから、他の読者の皆様がイマイチすっきりされないのではないかと思い、
きちんと記事にしてコメント返しをすることにしました。

●が”るち”さんという方からいただいたコメントで、○が私の答えです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

●あなたのブログ読ませていただいてました。

疑問をいくつか

お嫁さんは写真がネットに出ることを了承していらっしゃるのですか?
貴女のブログでは無防備な一般の方が写真に多々おさめられていますが、それは
全て了解を得ているのでしょうか?以前から疑問に思っていました。上高地で写されてしまった無防備な
女性など気の毒に思います。

○次男のお嫁さんには特に了解はとりませんでしたが、正面から写した写真はアップしていません。

本当は、顔写真の入ってない写真にしたかったのでしたが、当日の様子を伝えるには仕方ありませんでした。

が、あなたに糾弾されるべきことでしょうか?

上高地で写した写真は、風景に写りこんだ方には申し訳ないかもしれませんが、テレビのニュース番組などでも写されることを考えれば、そこまで厳密に対処しないといけないとも思いませんでした。


●貴女が親友と仰っていたフェノロサ研究者の村形明子さんの名前を検索かけると
「汚部屋」、『家事が出来ない」などの侮蔑の言葉が沢山出てきます。


○そう言われたから、私も検索にかけましたが、そんなものは1件もヒットしませんでした。

●世界中で貴女が書いた事が読まれています。立派な仕事を成した村形さんが哀れです。

○ネットに検索をかけて出てきたのは、私が彼女の短歌を紹介したブログ記事でした。

これはブログで紹介して、村形さんにも見ていただいて喜んでいただきました。

●おまけに亡くなって間もなく彼女の恋愛事情を調べようとなさっている。
相手を親友、畏友と本当に思っている人間がそれをするのが理解できません。

○村形さんの恋愛のことは、彼女の死後、夫の友人から聞いた話です。

夫の友人も、私の紹介で村形さんと親しくしていたから、昨年の12月は、その方と夫、私の3人で村形さんをしのぶ会をもちました。彼女の百箇日の日でした。

私は村形さんに好きな人がいたことが意外だったので驚きました。それで彼女の思い出の一端としてブログ記事にしました。もしそのことをご存知の方がおられたら教えていただきたいと、私も、その夫の友人も思いましたから。

そんなことも含めて、村形さんのことをしのびたかったのです。

私はもちろん、私の夫も、夫の友人も、村形さんのことが大好きでしたから。

しかし、私から言わせていただければ、あなたのような村形さんに何の関わりのない人から責められるべきことでもないと思います。

あなたは、村形さんと、どんなご関係がありましたか?

●貴女のご主人は本当に可哀想です。
貴女は過去の事を何度も言い連ねて彼を苦しめても
過去の事は彼に変えることは出来ません。

○過去のことは変えられなくても、過去のことは現在に繋がっています。

過去、私を苦しめた夫の妹を、お正月に招待しようかと言われたら、2つ返事でOKを言うほど、私の心の傷は癒されておりません。会えば、また何を言われるかと身構えてしまいます。

●料理に関してはとても心配です。
沢山料理するのはいいのですが出来合がった後の処理が衛生的ではありません。
粗熱を取ったあと急速冷凍する、更に冷ましたあと冷凍、冷蔵などと分けてください。

○料理の作り置きをするのは、寒くなってからです。そのメニューも、シチューとかスープとか、おでんとかで温めて食べるものに限られます。食べない日も1日一度は火を通しますから、まったく問題はありません。

こんな心配をしていただくこと自体、大きなお世話です。

●以前のブログで見ても貴女の料理はとても汚いです。見た目も汚ければガス台も
怖ろしく汚かった。


〇それほど汚くはありません。一度、料理したお鍋を写したとき、ガス台ににこぼれたものが写りこんでいました。そんなことがあったくらいです。それにしても、その記事は今から2年以上も前の記事です。私のブログのそんな過去記事のことをわざわざコメントに書かれるとは思いもしませんでした。それこそ想定外です。普通はしませんよね。

●卵液を裏漉ししないで白身が浮いている茶碗蒸しを初めて見ました。

〇私も、茶碗蒸しやプリンを作るときは卵液の裏ごしをします。

が、一度作った茶碗蒸しは、卵が少なめだったので、あとで少し追加しました。その追加した卵が白く写ったと思いますが、それにしても、なぜこんな細かいあらさがしをされるのですか?

あなたは、料理屋で出す茶碗蒸しのような、完璧な家庭料理をアップしないといけないと言われるのですか?

家庭料理ですから、だいたいこんなものではありませんか?

こんなことを言われたら、家庭料理のアップなど、誰もできなくなります。

●ジャガイモのサラダも一週間も食べ続けると書かれていて驚愕でした。

○1週間と書いたかもしれませんが、それは少しオーバーだったかもしれません。
それでも、朝食のパンに添えて、4、5日かけていただくことはあります。

作って荒熱の取れたものを冷蔵庫に保存すれば、そのくらいの日持ちはします。デパ地下などのお惣菜も、結構日にちが経っているとも聞きます。

しかし、このポテトサラダについても、なぜあなたに、こんなことまで言われなければならないのでしょうか?
作りおいて食べるということは私の勝手ではないでしょうか?

おなかを壊そうが、どうなろうと私の自己責任です。

●使用した鍋を洗わずに次の日に使うなど不衛生極まりない!

〇お鍋といっても、中華鍋のことを書いたはずです。たしか3年ほど前に。

それにしても、その記事にも次の日に使うなどは書いていないはずです。

中華鍋は、お肉料理などに使うことが多いので、うま味の残ったお鍋は洗うのがもったいないので、そのまま水を満たしてスープなど作ることが多いのです。私なりの創意工夫です。参考にしていただきたくて記事にしました。

●びこさんは酷く汚い「汚料理」を作る人だと言う事も本当の事だからどこに書かれても良いのですね?

○どこがひどく汚いというのですか?

こんな失礼なことを書く権利があなたにありますか?

●今の貴女は我利我利亡者です。

○私は子供の頃から、そんなことは一度も言われたことはありません。それなのに、見知らぬあなたに侮辱される筋合いはありません。

●もっと周りに、家族に感謝をしてください。

○私なりにしています。

私が、なぜ見も知らぬ赤の他人のあなたに言われなければならないのですか?

それこそ大きなお世話です。

●よく、死にたいと言う事を書いてらっしゃいますが、それは自分を大切にしていないばかりか
それ以上に周りにいる人間、家族を軽んじて苦しめています。

○誰だって死にたくなることはあります。あなたがないとしたら、よほど幸せな方か、または面の皮の厚い方なのでしょう。

私なりに自分を大切にしています。その大切な自分は、お会いしたこともないあなたに説教されたくありません。

家族のことも大事にしています。

子育ての間は家族ファーストでやってきました。今も基本そうです。食事も全部手作りしていますし。夫など、私に、「もっと遊びに行け」と勧めるくらいです。


*

以上、バカバカしいと思いましたが、記事にしました。




るちさん、もういい加減にしてください

2018-11-23 12:05:17 | ブログ記事
あなたが私のことを誤解していろいろ書いてきたことは
あまりにも不愉快なので、もう忘れようとしているのですが、

いまさっき、ブロ友さんのブログを訪問したら、

ブロ友さんのブログのコメント欄にあなたのコメントが入っていました。

あなたが私のことを誤解していることだけでも許しがたいことなのに、

それを、私のブロ友さんのところまで行ってコメントしてくるなんて。

もういい加減にしてください。

あなたが誤解して書いたコメントも、公にしていちいち反論してもいいのですが、

私はバカバカしいからしませんでした。

それにコメントに取り上げられて書かれていることが、
このブログの前のブログに書いた記事についてであったりもしたから、

そこまで私のブログを熱心に読んでくれていることに感謝しながらも、
気持ちの悪さもぬぐい切れませんでした。

そこまで私のブログの記事が、私のことが気になるのですか?

私もしょうもないことばかり書いていますが、

あなたがコメント欄に書いてこられたことは、私のあらさがしばかりです。

もっと私のまともな記事も見ていただけませんか?

こんなふうなコメントをつけてこられて、私は、もちろん不愉快ですが、

あなたも楽しくないでしょう?

こんなしょうもない私のブログに関心を持つことはやめて、

あなたはあなたで、ご自分の満足のいくようなブログを作られたら、いかがですか?

そのほうが、よほど建設的だと思います。

とにかく、今後、私にはかかわらないでください。

よろしくお願いいたします。

つらつら考えてみるに

2018-11-23 08:22:07 | ブログ記事
充実したブログ運営をなさっている方は、

今回私のブログに意地悪コメントをしてきた人のような意地悪はしないですね。

必ずしも、その人が順境でなくてもしません。これは断言できます。

こうしていやがらせのようなコメントをする人は、結局、
そういうコメントで人を嫌がらせることに生きがいを感じているのでしょう。

で、つけられたほうとしては、

「三十六計逃げるに如かず」

で乗り切るしかないと思います。

下手に関わると、ますます敵は増長しますから。

と、やっと私もこう思えるくらいに人心地がつけました。

以前の私なら、ここで鬱病になっていたかもしれませんが、

数年ブログやってきて、何度もこういう目にも遭ってきましたから、

百戦錬磨されたということなのかもしれません。

まあたいがい、こういう意地悪コメントは嫉妬からですから、可哀そうな人です。

現在逆境におかれている人でも、こういう人を痛めつけるようなことをしなければ、
そのうち神様から救いの手は伸びてくると思います。


この”るち”さんも、願わくば、人に意地悪をすることを虎視眈々と狙うより、

ご自分のブログでもお作りになられて、他人様を喜ばせることを画策するとか、
あるいは、ご自分の不幸を書き綴って自分史を作られるのも一策かもしれません。


昔から他人の不幸は蜜の味と言われていますから、

そうした不幸の物語は、案外、人に喜ばれるかもしれません。

るちさんっ。そういうブログをお作りになられた暁には
ぜひ、私にも読ませてくださいませ。

何でしたら、私と不幸自慢をしあいませう。(笑)

いただいたコメントは有難く読ませていただきますが

2018-11-23 03:50:50 | ブログ記事
コメント返しは当面差し控えさせていただきます。

また時期がくれば、再開するかもわかりませんが、

当面はそういうことでご了承くださいませ。

コメント欄を閉じてしまうことも考えましたが、

私にとりまして、コメント欄は読者の皆様との大事なパイプになっていますので、
開けておきます。


とは申しましても、

私が耐えられないようなコメントなどがありましたら、閉じてしまう可能性もあります。

その場合は、ブログ自体も閉鎖するかもしれません。

いつも好意的にお読みくださる読者の皆様に感謝しながら、ご挨拶とさせていただきます。

びこ拝


*

さきほどいただいていたコメントを公開いたしましたが、

事情によって、公開していないコメントもございます。

が、どのコメントもありがたく拝読させていただいていますので、ご安心ください。

ブログ活動が面白くなくなるのは

2018-11-22 20:46:08 | ブログ記事
読者が自分の物差しでもって批判を始めたときですね。

これは書き手の側からすると不愉快なだけではなく、

そのブログの個性を殺すことにもなります。

自分の主義主張があるのなら、
それぞれ自分のブログでそれをなさったらいいのであって、

他人のブログを自分の色に染め直そうとすることは犯罪でもあります。

日本語には、こういうときのために、

「大きなお世話」という言葉があります。

よかれと思ってしても、

全然、その人のためにはなっていなくて、むしろ迷惑になる行為をさしていう言葉です。

ブログでも、これをする人がいますね。

これをやってしまうのは、自分が絶対正しいと思い込んでいる人です。

誰でも自分のことは正しいと思っています。

だから、「自分の正しい」を他人に押し付けてはいけません。

ことにブログなんて媒体は、その個性が百花繚乱に花咲く場所ですから特に。

常識にとらわれたブログばかりになると、ブログ世界は硬直してしまいます。

そういうわけで、何よりしてはいけない行為が、

人のブログへの干渉です。

鑑賞はしてもいいです。

鑑賞はしてもいいけれど、干渉はしてはいけません。


何人かの方にコメントいただきました

2018-11-22 18:38:58 | ブログ記事
それぞれ私のことを思ってくださる有難いコメントでした。

私の記事の書き方に疑義を呈されるかたもいらっしゃいましたが、

しかし、ここは私のブログです。

その方の考え方は考え方として承らせていただきましたが、

今後とも書くとすれば、やはり同じ書き方になると思います。

私は、「文は人なり」という考えをもっていますので、

他の方の文章を読ませていただいていて、

自分とは違う書き方をされていても、それはその人だという受け止め方をいたします。

だから人間は面白いのだと思うところもありますから。

私は皆が皆常識的な人ばかりでは面白くないと思っています。

ブログの面白さは、そういうところにもあるのではないかとさえ思っています。

ですから、読みたくないブログは読まなければいいですし、

自分と違う意見をもっている人のブログでも、面白いと思えば読めばいいと思います。

とにかく一番してはいけないことは、
自分の物差しでもって人のやり方を非難することだと私は思っています。

私が、私の友人とのことを書く書き方にしても、

これは、私の友人に対する思いから書いているのであって、
それ以上でもそれ以下でもありません。

そのやり方が、その人の常識に照らし合わせてどうであっても、
私は私のやり方で書きます。

この私のやり方は私なりの友人への愛情です。

他の人に、どういうふうに見えようとも・・・。

たとえば、昨年亡くした友人にも、そのような感情をもっています。

私たちは、二人ながら、特異な感性をもっていましたから、
そこが私たちの結びつきの要でした。

これを常識という物差しで測られたら私たちではなくなってしまいます。

こういう私の考え方に同調できない人は、読みにこないでくださいませ。

よろしくお願いいたします。

ブログ書くのも年貢の納め時と思わないでもない

2018-11-22 16:48:05 | ブログ記事
私が書くのを止めたら、まず夫がホッとすると思う。

その他の家族も?

書くことが好きだから書いているけれども、私の書くことなど、つまらない?

痛烈な批判を寄こされる人もいることだし、

やめたほうが身の為かな?

そう思うときもある。

弱気になると、生きていることもしんどくなる。

それを書くと、また批判される。

だけど、死にたいと思うことは事実なのだから、

いくら説教されても、死にたいという感情が消えるわけではない。

耳が聞こえないことは全世界から拒絶されたように思えるときもある。

大事なことが聞こえないことがどれだけ辛いことであるかは
聞こえない者にしかわからないだろう。

聞こえないことだけで人から差別されたりした日には殊に。

この辛さを跳ね返そうと頑張りすぎることもある。

が、頑張りすぎると、余計あとが苦しい。

早く亡くなった母のもとに行きたい。