西鉄電車に乗って大溝(おおみぞ)駅を過ぎると、線路の東側にさも誇らしげに巨大な看板があった。
福岡歯科大建設予定地。ダーツの矢はついにここに刺さったのだと言わんばかりの醜悪な自慢だった。常識的にいってどんなに世間知らずが大学を迎えるとしても、ここまでの気色の悪い看板でアホな自慢はしない。
ことの起こりはこうだ。2000年代を迎えると深刻な歯科医師不足を迎える。だから大学としては手狭な現キャンパスの一部を移転し学生の収容人員を拡大する必要があるというのだ。ところがこれにはとてつもないウソがあった。歯科医師不足は迎えたがそれは優秀な歯科医師が不足しているのであって、不器用な試験上手のガリ勉君は行き所をなくしている。
福岡歯科大の危機感はここにあった。だから思い切って拡大路線に打って出たのだ。自分さえよければいい教職員が多いとみえてさしたる反対意見は聞いてない。体育大学ではあるまいし、またとなりの金もうけ第一主義の福岡大学でもあるまいし、今のキャンパスで十分だ。カネは学問に使え。
こんな簡単な理屈が分からなくなってバブルの世に酔った福岡歯科大は三潴(みづま)町に目をつけた。三潴町にとっても千載一遇の好機であった。十年一日、生き代わり死に代わり田を耕す必要がなくなる。日本の食糧を守ろうとかいうのがおかしくて、へそが茶を沸かしやけどしそうだ。ほんとにそうならどんな話が来ても田を売っちゃあいかんぞ、なあ。農民。
ところがダボハゼみたいに食いついたまではよかったが、時はすでに緊縮の世になっていた。大学はできなかった。宙に浮いた金と土地は町が買い取るという形の和解しかなかった。
いつの時点においても正義は金持ちであり貧乏人は不条理を舐める。
大学建設予定跡地は今、素晴らしい公園になっている。さらに神は見放さなかったようでなんとここに温泉が出た。200円。食事もその程度でできるので僕は筑後地方に行くときはとてもありがたい。
「みずぬまのさと」