日々徒然なるままに

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幼い頃の記憶

2017-10-14 21:48:54 | 不思議なお話
こんばんは。
今日は予報では雨でしたが、そのようなこともなく夕方にはかなり青い空も見えておりました。
この辺りは今夜と明日、氏神様のお祭りです。
今も賑やかなお囃子が聞こえてきております。
今宵はこの辺りの有志の方々で作っておられる神楽があるようですけれど。
そう思うと、雨が降らずによかったな、そう感じております。
朝はこのように曇っておりましたけれど、回復してきたと思って良いのでしょうね。




                              




                              




朝、掃除している時、ふとそういえば、と思ったことがありました。
大したことでは全く無いのですけれど。
自分が幼かった頃、弟が生まれるという日のことでした。
その日に何かあったというのではありません。
父が母が入院している病院へ、今から生まれそうだからというので仕事の途中で帰ってきたようでした。
そうしてどうもその折に、一緒に行くか?と当時の自分を連れて行こうと考えていたようでした。
ですけれど、その時一瞬、自分自身の中で、「あの暗くて狭いところを通るのはいやだ」という思いが頭をよぎったのでした。
どうしてそんなことを思ったのか、自分でも全くわからないのですけれど、ほんの一瞬そう思い、父にいやだ、と頭を振りました。
そうか、と父は少し残念そうでしたけれど、一人でまた乗って帰っていたカブに跨り病院へ向かったようでした。
どうも自分の気持ちの中に、何故かしら怖いという思いがあったように覚えております。
その頃、いつも肌身離さず持ち歩いていたクマのぬいぐるみを抱いて、そんな父の後姿を見送ったような記憶があります。



                                




ただし、このことは後に自分自身が記憶の中で、自分の都合の良いように記憶を塗り替えていったのかもしれません。
狭くて暗い、というのはおそらく産道のことでしょうけれど、当時四歳であった自分自身にその記憶があったのかと問われれば、さぁどうで
しょうということしか言えません。
ただ、父について行って生まれてくる赤ちゃんのことを待つ時間がどうにも恐怖のひと時のように感じていたように、自分で思えるのです。
今でもそうですけれど、大体が思い込みの激しい方でして、こうと思うと頑として受け入れないというところがある性質(たち)です;。
最近は歳の分、まぁ何もそこまで、と自分で自分に思い、大概のことはどっちでもいいんじゃない?と、これはこれで融通無碍になっておる
わけですけれどね;。

話を戻せば、「狭くて暗い」と感じていた、おそらく産道の記憶は、よく言われるように胎児の頃の記憶とも言われておりますね。
自分にそんなもんがあるんかい?とこれまた自身を疑う気持ちの方が大きいのですけれど。
その時の記憶に基づいて自分が怖いと感じたのでしょうけれど、今考えると、どことなく不思議な気持ちもする事ではあります。




                              



これは自分の幼い頃ではなく、息子のそれです。
記憶というよりも、ちょっと不思議なことがあったよ、という話ですけれど。

息子が物心ついた位の時分に、私の母方の祖母が亡くなりました。
通夜の席にはあまりに幼い息子を同席させるのは難しかろうと自分一人が出ることにし、そこまで車で送ってくれていた主人と息子は外で
しばらく待ってくれておりました。
その時、外で待っていた二人のもとへどこからともなく、ふわりと優しい光が舞って来たといいます。
明滅するその光、明かりはどうやら蛍のようで、それを見つけた息子は
「ぱぽ~」
と言ってその光を嬉しそうに眺めていたそうです。
(ぱぽーとは、その当時、主人と二人、手を引かれながら散歩する道すがら道路工事で点滅していた灯りを見て息子が名付けたもののようでした)
そんな様子を主人もきれいだね~といって一緒に眺めていたそうですが、じきにおかしなことに気付きます。
時は十月、いくらなんでもその時期に蛍が飛ぶことは考えられません。
主人は、これは多分通夜に出られない自分達のところへ祖母がこうしてきてくれたに違いないと思ったといいます。
かなり後でその話を息子にも聞かせましたけれど、当然本人は覚えておろう筈もなく、ふぅんと言っておりましたけれどね。


         
                              



彼がこれは幼稚園の頃であったか、やはり親子三人で浜田からの帰り、車にて浜田道を広島に向け帰っていた時の話です。
折りしも外は雪が降る夜、場所は寒曳山(かんびきやま)という山の中腹のトンネルへと入る手前の橋の上辺りだったかと記憶しております。
どうしてそんなに記憶しておるのかといいますと、その辺りを走行中に息子が窓の外を見ながら
「おばちゃんが手を振ってる」
と言い出したからです。
我が家では大抵のことは否定することもなく、そうだよねぇという風でしたので、その時もさして考えることもなく
「ああ、そうなん、じゃぁ、手を振ってあげんさい。そのおばちゃん、どんな格好してるの?」
と息子に聞くと
「白い着物着て、髪が長いんよ。こっち見て手を振っとるよー」
と申します。
え?白い着物で髪が長い?おかしなことを言うもんだと思っておりましたけれど
「そうなんね。じゃあバイバイしたげてね」
と言って息子の話すことに反対もせずおりますと、運転していた主人がボソリと
「そういえば、この辺り、雪女の伝説がある処だなぁ」
と言い始めます。
はぁ?と尚も聞いておりますと、その昔からこの辺りはそのような言い伝えがあるところなのだそうです。
おそらくその昔、今は橋となっておるその下の川で山賊に襲われたかある女性が転落死し、こうして雪降る寒い夜に人々を誘って手を振るのだとか。
まるでなんにもわからない当時は純真であったろう息子は、そんな雪女といわれる霊?を見てもごく普通に人間の女性として認識し、ごく普通に
手を振り返したのでしょう。
本来なら、こっちへおいで、と誘うつもりのその雪女さん?にしてみれば、子供が手を振り返したのは全くの当て外れ、見当違いであったかも
しれません。
仕事柄、御霊と関わることの多い自分達にしてみれば、可愛そうな話しだねぇ、で済まされてしまった事柄となりました。




                               




自分の幼い記憶から息子のそれへと話が広がり、少し季節外れ?の話にもなりましたけれど;。
皆様の中にも、そういえばということはありませんか?
案外、ご自分の記憶の中に埋もれていることもあるかもしれませんよ。
否定することなく肯定的に捉えてみても良いのでは、と思います。
どう逆さに転んでもご自分の記憶です、解釈次第では素敵な思い出となるかもしれません。




                               



本日もこのブログへのお付き合い、有難うございました。
感謝申し上げます。                                
                               
                                  

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