こんばんは。
今日は午後から雨との予報でしたが今現在まだ降っておりません。
今夜に掛けてもしれないですね。
昨夜11時8分頃福島沖を震源とするマグニチュード7.1、震度6強の地震はかつての東日本大震災からちょうど10年を迎えようと
する頃に発生したようです。
折しも自分自身はお風呂から上がり、遅くに洗濯機を回しながら外へ出ていたのですが(洗濯機が外にあるので)その時間という
のにこの時期にこんなに生暖かいほどの気温はおかしいよね、変に地震でもなければよいけれどと感じていた時でした。
そんな頃に少し遅れてスマホに速報が入り、なんだろうと見ればこの地震を報せるものでした。
まさか、と思いながら次々に入る情報、それと共に静岡にいる息子らから停電してるとラインが来ました。
どうやらお嫁ちゃんがお風呂上りにドライヤーで髪を乾かそうとしていた矢先に停電となったとか。
それはバスタオルで乾かすしかないねぇと言いつつも、それよりも彼女が怖がっていることがあると息子が言います。
何かと聞けばこの地震の前、2,3日のうちに(詳しく覚えていないのですが)普段そんなことはあろうはずもない場所がボワッと
光ったのだそうです。
別にオバケとかじゃないけど、なんか怖くて、と話すので似たような話を聞いたのを思い出しました。
先にも書いた大震災の起こる一週間程前、那須の方へ住まう友人と夜に話していたのですが、彼女がいきなり、うわぁ;と声を
あげました。
どうしたの?と聞けば目の前の山がボォッと光ったというのです。
何それ?と言いつつも、何かあるのかねぇと軽口を叩いていた後にあのような地震が発生したのでした。
そんな話を思い出し、じゃこの発光現象?もその前触れだったんかね;と互いに話しておりました。
息子らの住まう辺りはこの時の停電くらいで今のところは済んでいるようですが、これから先震源地近くではまだこの度の地震の
余震が懸念されているようです。
やっと10年経った、あの頃は大変だったと考えておられる方々は少なくないと思われます。
けれどその思いを逆撫でするような今回の地震、被害もさることながらご心痛は如何ばかりかと思います。
何もさせて頂けることは無い自分ですが、どうかこれ以上地震が頻発しませんよう、あの頃のようなことになりませんよう、そう
願い、祈るばかりです。
そのようなことを思いながら今朝も祝詞奏上させて頂きました。
今朝は地震の事を考えながらなゐの神(ないの神、地震の神様ですね)を念頭に置きながらさせて頂きました。
なゐの神
〝 人間にとっては 遥かな十年(ととせ)
が大地にしては僅か十年
気を付けよ
人間の想いが錯綜すれば それに呼応して大地も揺れる
これあるのぞ
今ひとたび 皆で労わり合い
心一つに励むのぞ
それ大切ぞ 〟
このように言われました。
確かに人間にしてみれば十年ひと昔というように、かなり以前のことに捉えられます。
けれど大地、地球にしてみればほんの一瞬、僅かな時でしかないのかもしれないですね。
だからと言って仕方ないとは言いたくもありません。
気を付けよとは色々な意味が含まれているのではと感じます。
懸念されている余震、またその一つの遠因?ともなるかもしれない自分達自身の今の時に語られている様々にネガティブな思念。
それらがあればそんな言葉に呼応するかのように大地も揺れると言われました。
人々がゆったりのんびりとしていれば周りの自然もそれに比例するかのように穏やかなのはなんとなく分かりますね。
けれど反対にネガティブな言葉が発せられると、それに次第に尾ひれがつくようにして最初以上に事が大きく膨らんでしまうようです。
何も悪いことばかりではなく、良いことも同様に大きくなるのはこれも同様です。
ならばどちらがより良いのか。
答えは言わずもがなで、どうか良い方へと事が向いてくれますようにと願うばかりです。
これ以上不安になるような地震は起こりませんように。
被害が出ませんように。
流行りの病共々、本当に一刻も早く事が終息しますように、そう祈るばかりです。
最初にまだ降っていませんと申しましたが、こうして書いている間に降って来ましたね。
今気象レーダーの画像を見ても、これから結構降ってきそうな気がします。
昨夜の被災地辺りも明日は雨と言われているようですが、どうかこれ以上被害が広がりませんようにと、これもまた祈るばかりです。
被災地の皆様、どうかお気をつけられますように。
本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。
今日は午後から雨との予報でしたが今現在まだ降っておりません。
今夜に掛けてもしれないですね。
昨夜11時8分頃福島沖を震源とするマグニチュード7.1、震度6強の地震はかつての東日本大震災からちょうど10年を迎えようと
する頃に発生したようです。
折しも自分自身はお風呂から上がり、遅くに洗濯機を回しながら外へ出ていたのですが(洗濯機が外にあるので)その時間という
のにこの時期にこんなに生暖かいほどの気温はおかしいよね、変に地震でもなければよいけれどと感じていた時でした。
そんな頃に少し遅れてスマホに速報が入り、なんだろうと見ればこの地震を報せるものでした。
まさか、と思いながら次々に入る情報、それと共に静岡にいる息子らから停電してるとラインが来ました。
どうやらお嫁ちゃんがお風呂上りにドライヤーで髪を乾かそうとしていた矢先に停電となったとか。
それはバスタオルで乾かすしかないねぇと言いつつも、それよりも彼女が怖がっていることがあると息子が言います。
何かと聞けばこの地震の前、2,3日のうちに(詳しく覚えていないのですが)普段そんなことはあろうはずもない場所がボワッと
光ったのだそうです。
別にオバケとかじゃないけど、なんか怖くて、と話すので似たような話を聞いたのを思い出しました。
先にも書いた大震災の起こる一週間程前、那須の方へ住まう友人と夜に話していたのですが、彼女がいきなり、うわぁ;と声を
あげました。
どうしたの?と聞けば目の前の山がボォッと光ったというのです。
何それ?と言いつつも、何かあるのかねぇと軽口を叩いていた後にあのような地震が発生したのでした。
そんな話を思い出し、じゃこの発光現象?もその前触れだったんかね;と互いに話しておりました。
息子らの住まう辺りはこの時の停電くらいで今のところは済んでいるようですが、これから先震源地近くではまだこの度の地震の
余震が懸念されているようです。
やっと10年経った、あの頃は大変だったと考えておられる方々は少なくないと思われます。
けれどその思いを逆撫でするような今回の地震、被害もさることながらご心痛は如何ばかりかと思います。
何もさせて頂けることは無い自分ですが、どうかこれ以上地震が頻発しませんよう、あの頃のようなことになりませんよう、そう
願い、祈るばかりです。
そのようなことを思いながら今朝も祝詞奏上させて頂きました。
今朝は地震の事を考えながらなゐの神(ないの神、地震の神様ですね)を念頭に置きながらさせて頂きました。
なゐの神
〝 人間にとっては 遥かな十年(ととせ)
が大地にしては僅か十年
気を付けよ
人間の想いが錯綜すれば それに呼応して大地も揺れる
これあるのぞ
今ひとたび 皆で労わり合い
心一つに励むのぞ
それ大切ぞ 〟
このように言われました。
確かに人間にしてみれば十年ひと昔というように、かなり以前のことに捉えられます。
けれど大地、地球にしてみればほんの一瞬、僅かな時でしかないのかもしれないですね。
だからと言って仕方ないとは言いたくもありません。
気を付けよとは色々な意味が含まれているのではと感じます。
懸念されている余震、またその一つの遠因?ともなるかもしれない自分達自身の今の時に語られている様々にネガティブな思念。
それらがあればそんな言葉に呼応するかのように大地も揺れると言われました。
人々がゆったりのんびりとしていれば周りの自然もそれに比例するかのように穏やかなのはなんとなく分かりますね。
けれど反対にネガティブな言葉が発せられると、それに次第に尾ひれがつくようにして最初以上に事が大きく膨らんでしまうようです。
何も悪いことばかりではなく、良いことも同様に大きくなるのはこれも同様です。
ならばどちらがより良いのか。
答えは言わずもがなで、どうか良い方へと事が向いてくれますようにと願うばかりです。
これ以上不安になるような地震は起こりませんように。
被害が出ませんように。
流行りの病共々、本当に一刻も早く事が終息しますように、そう祈るばかりです。
最初にまだ降っていませんと申しましたが、こうして書いている間に降って来ましたね。
今気象レーダーの画像を見ても、これから結構降ってきそうな気がします。
昨夜の被災地辺りも明日は雨と言われているようですが、どうかこれ以上被害が広がりませんようにと、これもまた祈るばかりです。
被災地の皆様、どうかお気をつけられますように。
本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。
今、混沌としているこの時期が、より良き方向に変わるチャンスなのかも知れませんね。
自国だけではなく、世界、地球へ目を向けてもそのように感じます。
人々が穏やかに暮らしていれば、それに呼応して環境も良くなるのではと思うのですけどもね;。