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CD「桜の木の下で」制作裏話 私的物語

2009年02月18日 | 尚志の音楽話

 今日の佐賀新聞で「桜の木の下で」のことを大きく取り扱っていただきました。 そこでも触れられていましたが、ここではこの曲を制作するにあたっての裏話というか、私的ストーリーをご紹介します。

 その人との出会いはもう30年以上も前のこと。当時剣道に夢中だった中学3年の僕は地元佐賀で開催された国体の剣道の試合を見に行った。全国から集まった強豪の中、圧倒的なオーラを放つその人はいた。その人の名は桜木哲史、学生時代から数々のタイトルを獲り24歳で世界選手権を制した若き天才剣士だった。
 運命的な出会いはその翌年のこと、地元の高校に入学した僕は当然のように剣道部に入部した。驚いたことにその人が道場に立っていた。その年からこの高校に監督として就任したという。師は3年後に僕らを全国制覇に導くと宣言した。自信はなかったけれど、師への憧れもあり半信半疑でついていくことにした。
師のやり方は何もかも型破りで楽しかった。部活や授業だけではなくプライベートな時間も剣道中心の高校生活が続く。しかし稽古や規律は想像以上に厳しく、僕は一年足らずで剣道部を辞めてしまう。以来卒業するまで師から逃げるような生活だった。
卒業後僕は音楽にのめりこんだ。剣道は好きだったけれど、挫折した自分自身が恥ずかしく剣道と向かい合うことはなかった。師は母校を退任し、剣道家として、大学や実業団の監督として全国で活躍していると風の噂には聞いていたが、まだどこか後ろめたさを感じていた。
剣道から離れもう25年以上が経っていたある日、友人から「桜木先生が来佐され稽古があるから見に来ないか?」という誘いがあった。懐かしさと、あの凄い剣道をもう一度見てみたいという思いから行くことにした。僕は決して見つからないように道場の一番端っこで見ていたが、稽古が終るや否や師はこちらにやって来て「おう北村!久しぶりだね。」と声をかけてくれた。 驚いた・・・・師の門下生はおそらく全国に何千人といることだろう。そんな中、一年足らずで辞めた僕のこと覚えていてくれたことにただ感謝だった。その後は涙を隠すのに必死だった。
去年、師の誘いで母校に隣接する小城公園で花見をした。参加した人の中には学生や公務員もいれば自営業、サラリーマンも経営者も、教授もいれば専業主婦も。みんな社会的立場は関係なく師の門下ということでつながっている。何とシンプルで愉快な集まりだろう。楽しい酒と同時に剣道部時代この桜の道でしごかれたことを思い出した。辛かったことも桜の美しさと重なり、すべてがいい思い出として蘇ってきた。桜が美しいこの国この町に生まれたことを心から幸福だと思った瞬間だった。
全国には有名な桜の木や名所が多数ある。しかし誰もが一番美しいと思うのは故郷に咲く桜ではないだろうか。僕が思う桜の木も故郷の丘に毎年見事な花を咲かせている。
そしてもうひとつ、心の中に鮮やかに咲く桜はいうまでもなく恩師のことである。

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