油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

ピンクのランドセル

2013-03-10 13:13:23 | 小説

 海の色が一瞬変わったように思えるほど、
あたりが明るくなりました。
 ひときわ大きくなったオレンジボールが、
水平線にひっかかったまま、最後の光を投
げかけているのです。


 しばらくすると、光はひとつの束になり、
海岸べりの一隅を照らしだしました。
 スポットライトが、舞台の上の踊り子を
探すように、右に左に動いていきます。
 テトラポットがいくつも見えます。


 風があるのでしょう。
 波が白いしぶきをあげて、打ち寄せてい
ます。
 どこから流れてきたのでしょうか。
 たくさんのゴミが漂っています。


 黒くて長い物がポットにからんでいますが、
あれは、きっとワカメに違いありません。
 藤壺がひとかたまりになってしがみついて
います。その上を、小さなカニがちょこちょ
こはっています。

 ふいにライトがひとところにとまりました。
 赤っぽい物が浮かんでいます。
 波にもてあそばれ、ポットにぶつかったり、
離れたりしています。


 大きな力にあらがいきれず、オレンジボー
ルが沈みはじめると、あたりは暗くなってい
きます。
 月も出ていません。
 またたく間に、闇夜にかわりました。


 どのくらい時間がたったでしょう。
 岸壁の上を、誰かが歩いているようです。
 ぺたぺたと音がします。

  
 空には、星だけが出ています。
 ぼんやりと人影を見ることが出来ます。
 小学一年生くらいの女の子です。
 あやまって海に落ちたのでしょうか。
 からだがずぶぬれです。
 顔は青ざめ、唇はわなわなと震えていました。


 女の子は、急に立ちどまると、しゃがみこみ、
じっと下を見ました。
 暗い海岸に、光が見えたように思ったからです。
 岸壁の上の方まで、ポットが積み上げられて
いるので、真っ暗なはずです。


 それでも女の子は頭を左右にふりながら、何
かを探し求めています。
 突然一番上のポットに飛びのりました。
 すると、すぐにまた、次のポットへ。
 小さな体を上手に動かしながら、ポットのす
き間をかいくぐって行きます。
 とうとう海面すれすれまでたどりつきました。


 ピンクのランドセルが、淡い光を放って、漂っ
ているのが見えました。
 女の子は目を丸くして、もう少しと言うように
しっかりと体を動かします。
 左手でポットをしっかりとつかむと、右手をラ
ンドセルにのばしました。


 波しぶきが容赦なく体に当たります。
 ランドセルの肩かけをつかむと、ぐっと引き寄
せました。
 女の子は、にっこり笑いました。
 まるで生まれたばかりの赤子が、初めて母親を
認めたときのような頬笑みでした。


 ザブウン、バシャバシャ。
 突然、大波が打ち寄せて来ました。
 引いた跡には、女の子の姿はどこにもありませ
んでした。
  

 
 
 
 

コメント
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