「としお、今まで何やってたの?ごはんど
うするのよ。もう食事の時間は終わりよ」
母の菜月が語気強くいっても、敏夫はうつ
むいたままで階段をのぼろうとする。
「としおっ」
菜月が一段と声をあげた。
「いいよ。ぼくあまり食べたくないから」
いつもより敏夫の表情が暗く、元気がない。
それを察した父の公彦が、母と息子の対話
に割って入ろうとした。
「お母さん、心配してたんだから、一言く
らいしゃべったっていいだろ」
優しく言う。
「わたしと敏夫の話なんです。あなたはちょ
っと口を出さないでいただけますか」
公彦はああといい、椅子から立ち上がった。
「やりのこした仕事が山積みなんだ。菜月、
手が空いたら、コーヒー淹れておいてくれる
かな。頼むよ」
「はい」
敏夫はじぶんの身に起きた、並木での不思
議なできごとにどう対処していいかわからな
いでいる。
母の小言は、いつものこと。
それに感情的になって言い返すのが常だが、
今回はそれくらいのことで、じぶんの心に生
じた不安をまぎらすことはできないと思った。
「ごめんね母さん、心配かけて。ちょっと
眠れずにいたんだ。学校の作文書いてたんだ
けど、どうもうまく書けないでいてね。あた
ま冷やしてきたんだ」
菜月の顔がぱっと明るくなり、
「そうだったんだ。としおもなんだか大人
になったわね」
とほほ笑んだ。
敏夫は二階にかけあがり、半開きになって
いたドアを右手で押すなり、さっさと机の前
の椅子に腰かけた。
机の上に朝食の用意ができていた。
お気に入りのフレンチトースト、よく焼け
た目玉焼き、それにホットミルク入りのマグ
カップ。
それらがトレイにのせて置かれていた。
(お母さんありがとう。おなかが空いてた
んじゃ、宿題の作文もうまく書けないよね)
敏夫はこころの中でそうつぶやくと、先ず
は温かい牛乳を、グウグウ鳴る胃の中にゆっ
くり流し込んだ。
「ゆうじくん夢でもみてたんじゃない」
けいこちゃんがほほ笑みながら言います。
「おかしいなあ。今までいっしょだった
のになあ。ふしぎだなあ」
ゆうじは顔をあげ、白くもやがかかって
いる大杉のなみ木を、目を細めてながめま
した。
(あのおじいさん、きっと、あの大杉た
ちの大将にちがいない。車の排気ガスでい
ためつけられてるみんなのために、人の姿
をしてぼくの前にやってきたんだ)
「おじいさん、ぼくがきっとなんとかし
てあげる」
ゆうじがくちびるをかみしめました。
「どうしたの、ゆうじくん。きゅうにし
んけんな顔になって?」
けいこちゃんが不思議そうに言います。
「あっちの道さ。ぼく、とっても気がか
りなんだ」
「あれって、杉並木のこと?むかしむか
し、とくがわいえみつさんがこしらえたん
ですってね。わたしのおばあちゃんからお
そわったわ」
「四百年以上、ああやって、たたずんで
いるんだ。がんばってね」
「すごいわね。ほんとに」
「なみ木の間を車がいっぱい通ると煙が
いっぱいになるよね」
「そう……、良くないことよ。植物だっ
てとってもいやでしょうよ」
けいこちゃんが涙ぐみました。
「あっ、けいこちゃん、泣かないで」
「うん、でも、なんだか悲しくなっちゃっ
たわ」
ゆうじは、やったあっと思いました。
こうやってひとりふたりと話していくこ
とで、いつの日かきっとあの老杉たちを助
けてあげられる。
そう感じました。
ゆうじは右手を空にむかってあげ、左右
に大きくふりだすと、けいこもつられてふ
りました。
(了)
うするのよ。もう食事の時間は終わりよ」
母の菜月が語気強くいっても、敏夫はうつ
むいたままで階段をのぼろうとする。
「としおっ」
菜月が一段と声をあげた。
「いいよ。ぼくあまり食べたくないから」
いつもより敏夫の表情が暗く、元気がない。
それを察した父の公彦が、母と息子の対話
に割って入ろうとした。
「お母さん、心配してたんだから、一言く
らいしゃべったっていいだろ」
優しく言う。
「わたしと敏夫の話なんです。あなたはちょ
っと口を出さないでいただけますか」
公彦はああといい、椅子から立ち上がった。
「やりのこした仕事が山積みなんだ。菜月、
手が空いたら、コーヒー淹れておいてくれる
かな。頼むよ」
「はい」
敏夫はじぶんの身に起きた、並木での不思
議なできごとにどう対処していいかわからな
いでいる。
母の小言は、いつものこと。
それに感情的になって言い返すのが常だが、
今回はそれくらいのことで、じぶんの心に生
じた不安をまぎらすことはできないと思った。
「ごめんね母さん、心配かけて。ちょっと
眠れずにいたんだ。学校の作文書いてたんだ
けど、どうもうまく書けないでいてね。あた
ま冷やしてきたんだ」
菜月の顔がぱっと明るくなり、
「そうだったんだ。としおもなんだか大人
になったわね」
とほほ笑んだ。
敏夫は二階にかけあがり、半開きになって
いたドアを右手で押すなり、さっさと机の前
の椅子に腰かけた。
机の上に朝食の用意ができていた。
お気に入りのフレンチトースト、よく焼け
た目玉焼き、それにホットミルク入りのマグ
カップ。
それらがトレイにのせて置かれていた。
(お母さんありがとう。おなかが空いてた
んじゃ、宿題の作文もうまく書けないよね)
敏夫はこころの中でそうつぶやくと、先ず
は温かい牛乳を、グウグウ鳴る胃の中にゆっ
くり流し込んだ。
「ゆうじくん夢でもみてたんじゃない」
けいこちゃんがほほ笑みながら言います。
「おかしいなあ。今までいっしょだった
のになあ。ふしぎだなあ」
ゆうじは顔をあげ、白くもやがかかって
いる大杉のなみ木を、目を細めてながめま
した。
(あのおじいさん、きっと、あの大杉た
ちの大将にちがいない。車の排気ガスでい
ためつけられてるみんなのために、人の姿
をしてぼくの前にやってきたんだ)
「おじいさん、ぼくがきっとなんとかし
てあげる」
ゆうじがくちびるをかみしめました。
「どうしたの、ゆうじくん。きゅうにし
んけんな顔になって?」
けいこちゃんが不思議そうに言います。
「あっちの道さ。ぼく、とっても気がか
りなんだ」
「あれって、杉並木のこと?むかしむか
し、とくがわいえみつさんがこしらえたん
ですってね。わたしのおばあちゃんからお
そわったわ」
「四百年以上、ああやって、たたずんで
いるんだ。がんばってね」
「すごいわね。ほんとに」
「なみ木の間を車がいっぱい通ると煙が
いっぱいになるよね」
「そう……、良くないことよ。植物だっ
てとってもいやでしょうよ」
けいこちゃんが涙ぐみました。
「あっ、けいこちゃん、泣かないで」
「うん、でも、なんだか悲しくなっちゃっ
たわ」
ゆうじは、やったあっと思いました。
こうやってひとりふたりと話していくこ
とで、いつの日かきっとあの老杉たちを助
けてあげられる。
そう感じました。
ゆうじは右手を空にむかってあげ、左右
に大きくふりだすと、けいこもつられてふ
りました。
(了)