油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

MAY  その53

2020-05-27 15:27:55 | 小説
 黒い円盤の下部からだろう。
 小鳥のさえずりや小川のせせらぎの音が聞
こえてくる。
 それはとても静かで、聞く者の気持ちをと
てもおだやかにした。
 メイは決して油断しない。
 何らかの効果を引き出すために、敵が企て
たのものに違いないと思う。
 「まあ、あなたったら、ケイね。ケイなの
ね。とっても会いたかったわ」
 メイはうれしそうに話しかけると、ケイは
唇をゆがめ、
 「メイったら、あいかわらず、口がお上手
だこと。心にもないことをよく言えるわね」
 と言った。
 メイは、ケイの言いっぷりがショックだっ
たのか、少し表情を曇らせた。
 ケイのひねくれたもの言いは、昔と変わら
ない。そのことが、かえってメイを安心させ
た。
 メイは、ケイが、円盤の中で、人間改造の
手術を受けたのだ、と思っていたからだ。
 「こうやって、ケイがわたしに会いに来て
くれただけでも、わたし満ち足りた気分にな
るわ」
 「わたしみたいなの、心配していてくれた
んだ。メイって、なんてお人良しなんでしょ
うね」
 「なんて言われたっていいわ。ずっとあな
たに会いたいって、わたし思ってたの」
 「ああ、いやだ。メイ、どうしてそうなの
よ。怒ったらいいでしょうよ。こんなにもわ
たしたちのふるさとを台無したやつらよ。そ
んなのにわたしは味方したのよ。ほら、あそ
こにあるずうたいのでかい円盤が見えるでし
ょうよ。乗ってきたの、わたし、あれに。責
めたらいいでしょう、わたしを、うんと」
 ケイはそれだけ言うと、ふうとため息をつ
いた。
 メイは顔色を変えず、満面に笑みをたたえ
まま、じっとケイを見つめた。
 「わたし、そんなこと、あまり気にならな
いわ。信じてるもん。あなたはあなたなりの
意志に従って、そうなったんでしょうから」
 「まあ、メイったら、どこまでおばかなん
でしょう。ええい、それならこういってあげ
るわ。あなたなんて、どこから来たのかわか
らないわ。得体のしれないエイリアンめ。早
く、自分の生まれ故郷の星に帰っておしまい」
 言いたいだけ、言ったのか、ケイはメイか
ら顔をそむけてしまい、花を夢中でつんでい
るジェーンのとなりにしゃがみこんだ。
 するとジェーンは黙ったまま、ケイから少
し距離を置くそぶりをみせた。
 ケイは、あえてジェーンを追わない。
 ジェーンは、ひとつ、またひとつとお気に
入りの花をつみ始めた。
 ケイとメイの間に、なんらの意思の疎通も
成り立たないように思われた。
 しかし、メイはあきらめない。
 ケイが心を開くようにするには、彼女にど
のように接したらいいか、懸命に考えた。
 「ケイね。わたし、この間、あなたのおば
あさまに会ったわ」 
 ケイの表情はそれでも変わらない。
 メイの顔色をうかがうように、ケイはちら
りとメイを見ただけだった。
 ケイはジェーンとの距離をつめたいと思っ
たのか、すわったまま、体を動かし、
 「ねえ、ジェーン。わたし、あなたが小さ
い頃から花が好きなのは知ってたけどね。あ
なたの花好きはんぱじゃないわね」
 ケイはささやくように言った。
 「ケイって、わたし、きらいなの。気安く
話しかけないでちょうだい。せっかくいい気
持ちでいるんだから」
 「ごめん。でもさ、もしも、もしもよ。こ
こにある花たちをわたしが全部育てたと知っ
たらどう?あなた、わたしのこと見なおして
くれる?」
 ジェーンは一瞬、きょとんとした顔をした。
 「だってこの辺焼け野原だったでしょ。そ
れにね、もしもわたしと一緒に来てくれたら、
ここにある花たち、全部あなたにあげる。そ
れからこわれた家ね。きれいに建て直してあ
げるわ。それからね・・・」
 他人の家にやっかいになるのに、ジェーン
は負担を感じていたのだろう。
 ジェーンはケイのほうに顔を向け、口もと
をゆるめた
 
 
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苔むす墓石  その43

2020-05-22 23:57:02 | 小説
 用を足すのだろう。
 鹿人は粗末な着物の前をはだけたまま、今
さっきのぼってきたばかりのけもの道にもどっ
て行く。
 そのしぐさがなんとも子どもっぽく、思わ
ず田崎宇一はにやりと笑ってしまった。
 久しぶりの笑顔。
 それはまるで梅雨の晴れ間を明るく照らす
陽射しのようで、宇一の沈み切った気持ちを
ほんのつかの間明るいものにした。
 山の頂上にほんの、宇一はひとり。
 平安の御世にスリップしてしまったような
ことの成り行きに、宇一は面食らっているが、
実際は竹林の中に長い間生息する年老いた狐
に化かされているだけなのかもしれない。
 とにかく、K市には何かある。
 千数百年におよぶ時間のなかで、あまりに
多くの人がうらみつらみをかかえたまま、あ
の世に旅立った。
 人は死しても、何かが残ると思う。
 見えないものの力は強力で、折に触れ、こ
の世に生きる人を迷わせる。
 宇一はそんなふうに思い、ふと、ここK市
にほど近いところで、昔あった男の子虐殺事
件を思い出した。
 (お堂で、お坊さまが無残な殺され方をし
たが、あの事件の犯人もまた、人間の皮をか
ぶった鬼畜のたぐいだったのかも・・・)
 ともあれ、長く生き過ぎ、妖術をつかうま
でになった狐の所業にしては、宇一が今見て
いる景色は生き生きとして陰影が濃い。
 まぼろしでないことだけは確かである。
 宇一は思わず真向かいの山に向かい、ヤッ
ホーと大声を出した。
 かすかに木霊が返って来るのを耳にし、宇
一はさばさばした気持ちになった。
(死ぬのはいつだってできる。この先どうな
るかわからないがとことんあいつに付き合っ
てみよう)
 宇一はそう思い、改めて、田崎一族とつな
がりがあるらしい墓地をふり返った。
 光の加減か、墓地が暗い。
 よく見ると、葉を枝一面にいっぱいにした
楠の巨木が墓全体をおおっている。
 その影響だろう。
 墓石のひとつひとつが、さっき見た時より
色が黒っぽく、あと少しで、雑多な苔が石の
ほとんどの部分をおおい尽くそうとしていた。
 空腹と疲労でゆっくりとしか歩けない宇一
は、自分自身とつながりのありそうな墓石を
求めてさまよい歩いた。
 手掛かりになりそうなものは、すぐには見
あたらない。
 宇一は墓石に生えた苔を落としながら、石
に刻まれた文字を読み取ろうとした。
 何やら奇妙な絵が刻まれている墓石を発見
したとき、宇一はひらめきを感じた。
 それは人の顔に似ていた。
 しかし、頭の上につのが二本。
 まるで「こわもて」のようだ。
 この人は、生前、よほど能か狂言に精通し
たものと推測された。
 「待った?おにいちゃん、ごめん。おかげ
さまでね。あああ、すっきりした」
 誰に対してもえんりょえしゃくのない、野
性人らしいもの言いで、鹿人は宇一に声をか
けてきた。
 「あれ、そんなところにどでかいお墓があっ
たんだね。ぼくは全然気づかなかった」
 ばかなことを、お前がおれをここまで案内
したんじゃないか、それも妖艶な姿をしたと
きのと平山ゆかりの声で、と反論したかった
が鹿人は何かに憑依されている。
 宇一はそれには応えず、黙ったままでいる
ことにした。
 「ああ、なんておいしい空気なんだろ。ご
たごたした人込みの中へなんてもう帰りたく
ないな。でも、おにいちゃんがいるからさ。
占い師さんのもとに、ちゃんとおにいちゃん
をとどけなくっちゃ。それじゃ行くよ。遅れ
ないでついてきてね」
 田崎家とゆかりのあるこの墓地へ行くため
だろう。
 山の反対側の斜面に、きちんとした道が造
られてあった。
 宇一と鹿人少年は、細いつづら折りの道を
ゆっくりと下って行った。
 途中山の泉を発見してからは、それを水源
とする渓流沿いを歩いた。
 どれくらい歩いたろう。
 川幅が一気にひろがると、そこを行きかう
船がひとつふたつと増えた。
 K市で見た大川じゃないなと、宇一は歩き
ながら思う。
 宇一と鹿人は、いつかのように、大川沿い
をとぼとぼと歩いた。
 「ちょっと休んで行かないかい?おれ、も
うしんそこ疲れてしまったよ」
 宇一は率直に言う。
 「そうだよね。もうかなり歩いたもの。お
れだってほんとうはそうさ」
 鹿人も宇一に同調した。
 人目に付かないところがいいと、ふたりは
密集した葦のあいだに寝ころんだ。
 いつの間にか、ふたりしていびきをかきは
じめた。
 どのくらい時間が経っただろう。
 宇一が目を覚ましたとき、わきで眠ってい
たはずの鹿人がいなかった。
 もはや、宇一は驚かなかったが、ふいにあっ
と声をあげ、ポケットというポケットをまさ
ぐった。
 どのポケットにも、もともと金目の物が入っ
ていなかったのを、宇一は確認し、にこりと
した。
 宇一は気を取りなおすと、ようやく若草の
生えはじめた土手をのぼった。
 そして、土手近くまで、小さなあばら家が
いくつも寄り集まっているのに気づくと、あっ
と声をあげた。
 鶏や犬の鳴き声が聞こえる。
 (この集落には明らかに人が住んでいる)
 そう思った宇一は最寄りの人家めざし、土
手を勇んでかけおりた。

  
 
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休憩、そして感謝。

2020-05-20 22:17:39 | 随筆
 あまりにお話が長いと、筆者もいったん立
ち止まらざるを得ない。
 ブログはあまりに回を重ねると、最初の方
を読み返すのがむずかしくなってしまう。
 書物のように、パラパラめくるようなわけ
にはいかない。
 MAYちゃんと田崎宇一。
 彼らがどういう気持ちでいるのか、いま一
度よく考えてみたい。
 インターミッションである。
 ありがたくも、拙著をお読みいただいてい
る方におかれましても、この先ふたつの話が
どう展開していくのか、自分なりの予想を持
ちたいことでしょう。
 とりわけ「苔むす墓石」。
 これからどうなっていくのか。
 宇一がK市の会社にいた頃なら、話がまあ
まあわかった。
 だが、彼が平山ゆかりの実家に訪ねて行っ
たあたりから、お話が奇々怪々すぎる。
 何のことやら、まったくわからない。
 そう思われる方が多いでしょう。
 宇一と初めて会ったはずのゆかりが、初め
てではないと、言い張る。
 何やら大昔からのえにしが、宇一とゆかり
を結びつけているらしい。
いったい、それは何なのか。
 宇一はまったく身に覚えがないのだが、ゆ
かりは、実家の離れで、ふたりが一夜のちぎ
りを結んだといいはる。
 彼女にせかされ、宇一はしかたなく駆け落
ち同然で、彼女の実家を離れる。
 途中、平山家の墓地を訪れる。
 鹿人(しかと)少年。
 平山家の墓地を訪れたお坊さま。
 彼らの物語における役割はどのようなもの
だろう。
 もっとも、お坊さまは何者かに食われてお
しまいになったらしい。
 ある瞬間から平安の世にスリップしてしま
い、お話はますますわからなくなる。
 とにかく、宇一はもとの世に戻りたくてしょ
うがない。
 大事な母がいるからである。
 はてさてこのあと、お話がどんなふうに展
開していくのか。
 筆者なりに考えに考えるが、最後は登場人
物の動きにまかせるしかない。
 話は変わって、今の令和の世。
 二年目に、とんでもない疫病が、世界的に
広がってしまった。
 新型コロナウイルスによる感染症である。
 動物から動物へ。
 動物から人へ。
 人から人へ。
 ウイルスが変異を遂げながら、感染していっ
ているらしい。
 なんとも、恐ろしいことだ。
 日本国内でも初めはぽつぽつだったが、し
だいに感染のスピードが増した。
 しかし、このところ、その勢いが収まって
きた。
 うれしい限りだが、なにがウイルスの力を
弱めたか。
 知りたいものである。
 一説によると、太陽から放たれる紫外線の
一種が原因だという。
 ああなるほど、とわたしは思った。
 五月は夏より紫外線が強いと、聞いたこと
がある。
 最高気温が三十度にせまったのはいつのこ
とだったろう。
 梅雨ざむを思わせる、連日のお天気に見舞
われると、はてさて、そんな暑い日があった
のやらと考えこんでしまう。
 いやまあ、この季節、陽気が定まらないの
は今に限ったことではないが、あまりに変化
がはげしい。 
 冬と夏のさかいめ。
 冷気と熱気が交錯する。
 室内の壁にかけられた温度計に眼をやると、
午後三時の気温は、十七度。
 戸外は雨が降ったり、やんだり。
 灰色の雲が山並みの上部をおおったままで、
なかなか去りそうにない。
 あまりに肌寒いいから、肌に身に付けるも
のを上下とも、一枚ずつ追加した。
 そそっかしいわたしは、しまいこんだ電気
炬燵をまた取り出した。
 還暦を過ぎてから少食になった。
 現在の体重は、およそ六十キロ。
 働き盛りの三十代から四十代の頃は、七十
キロを超えたことがあった。
 三か月ほど前に訪れた友人が、
 「おまえやせたんじゃないか」
 と、ふともらした。
 なにいってる。おまえこそ、といい返した
いのを我慢した。
 彼とは五十年来の付き合い。
 いまさら、気まずくなりたくなかった。
 そんなだから、玄米三十キロを持ち上げる
のにも苦労する。
 よしっと声をかけ、ようやく持ち上げても
ふらついてしまう。
 この時期、体調管理に気をつけなくてはと
切に感じている。
 なるべく早く、ぎらぎらかがやく太陽が見
たいのだ。
 紫外線をバンバン放出し、新型コロナウイ
ルスを退治してもらいたい。
 とにかく、わたしは単なる風邪さえ引いて
はならぬと思っている。
 鼻水やのどの痛み、せきの症状が出ないよ
うに極力努めている。
 世間の眼がきびし過ぎるからだ。
 運わるく、陽性になった人が身体的にも精
神的にも追い込まれているとの由。
 テレビや新聞が報道している。
 好き好んで、コロナウイルスに冒されたわ
けではないのだ。
 誰もが同じように、冒されるのだ。
 まさに命がけで、患者の治療にあたってお
られる医師や看護師のみなさま。
 本当にありがとうございます。
   
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MAY  その52

2020-05-17 01:14:49 | 小説
 突然、どこからともなくわきだした黒雲が
空をおおいはじめた。
 稲妻がピカピカと光っては、ゴロゴロと鳴
り、ジェーンの妹たちを怖がらせた。
 夏ならいつ、にわか雨があったとしてもお
かしくない。
 だが今は秋の終わり。
 もうすぐ冬を迎えるのである。
 (これはあの時のお天気と似てるわ。ひょ
っとして・・・)
 メイはちょっと前の、いまわしい出来事を
思い出し、ぎゅっと唇をかんだ。
 それは、世界中の幼い子らが何人も、ふっ
といなくなり、いくら探しても発見できなかっ
たことである。
 日本では神隠しと呼ばれ、恐れられた。
 「みんな、こっちへ来るのよ。雨が降りそ
うだからね」
 メイはおだやかに話しかけた、
 ジルとミルは、ひろい集めた木の実を、わっ
とばかりに投げ出すと、ジェーンの足もとに
かけよった。
 「おねえちゃん、どうしよう。雨宿りする
とこなんて、あるかしら?どの木もみんな折
れていて、頼りになりそうもないわ」
 ミルよりふたつ年上のジルが、今にも泣き
だしそうな眼で、ジェーンを見た。
 「だいじょうぶよ、ジル。メイちゃんがな
んとかしてくれるわ」
 ジェーンはそう言って、すぐそばにたたず
むメイを、すがりつくようなまなざしで見た。
 「うん、そうよね。なんとかなるわ。絶対
そうしなきゃね」
 メイは自分自身を励ますように、そう言い
ながら、辺りを見まわした。
 (一難去って、また一難か。アライグマは
どこかに立ち去ってしまったけど。今度は土
砂降りの雨か。ずぶぬれになったりしたらみ
んな風邪をひいてしまう)
 「そうだわ、アライグマだわ。あの子は一
体どこに逃げ込んでしまったのでしょう」
 ひとりごとながら、メイはジェーンたちに
聞こえるような声で言ってしまった。
 メイの視線はしばらく林の奥をさまよって
いたが、それは間もなく、ある場所に焦点を
定めた。
 焼け焦げた木がいく本も折り重なり、地上
をおおっている。
 幸いにも、杉やヒノキがそれらの葉をほと
んど残したままでいる。
 「見つけたわよ、みんな。あそこなら大し
て濡れることはなさそうよ。さあ急ぎましょ
うね」
 メイがそう指図すると、
 「そうよね。雨宿りできるところなんてほ
かになさそうだし。洞窟があれば一番いいの
だけどね。この辺りの地理はよくわからない
し」
 ジェーンがメイの気持ちを察した。
 メイとジェーンがおそるおそる、倒木の間
にもぐりこんでから、ジルとミルを呼んだ。
 「ジルは、メイちゃんのそば。ミルはわた
しのそばに来て。ふたりともよく聞いて。わ
たしたちが傘代わりになってあげるから」
 「だめっ。ポッケがいないわ」
 ミルが大きな声で言った。
 彼女の声が聞こえたのだろう。
 ポッケがみゃああと鳴いて、ミルのそばに
近寄ってきた。
 「ほら、あなたはわたしが抱いててあげる」
 ミルがやさしくポッケに語りかけた。
 間もなく、雨がやってきた。
 初め弱く、次第に強い降りに変わった。
 雨のしずくが倒木という倒木をつたってき
て、メイとジェーンのからだを少なからず濡
らした。
 もっと奥、自分の巣穴にでも、アライグマ
が逃げ込んだのだろうか。
 運のいいことにアライグマが暴れないでい
てくれた。
 あまりに雨音がうるさかったので、四人全
員、耳を両手でふさいだ。
 いつしか雨音が遠ざかって行き、あたりが
明るくなった。
 「もう大丈夫みたい。わたしが様子を見て
くるから」
 ジェーンは木のかげからようやくはい出た
とたん、彼女が何も言わなくなった。
 「どうしたの、ジェーン。何かあるの」
 メイがたずねても、ジェーンは応えない。
 「やっぱり何かあるのね。よおし、それな
らわたしが」
 メイが見たのは、ジェーンが赤や黄色の花
々の間ですわりこみ、それらの香りを楽しん
だり、摘みとったりしているところだった。
 「なにやってるのよ、ジェーン。それどこ
ろじゃないでしょ。うかうかしてると敵に見
つかってしまうじゃない」
 「だってわたし、ひさしぶりなんですもの。
こんなにきれいな花を見るのは」
 (あの賢明なジェーンがわれを忘れている。
これは何かあるぞ)
 わるい予感がしたメイは、用心してあたり
を観察しはじめた。
 白い霧が倒木の林の中をすうっと流れて行っ
てしまうと、メイは大きすぎて正体がわから
ないような黒いものが、花園の向こうにある
のに気づいた。
 「メイ、わたしよ。おひさしぶりね」
 唐突に、メイが前から会いたいと思ってい
た女の声がした。
 
 
 
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MAY  その51

2020-05-10 11:15:03 | 小説
 ビュンッ、バシッ。
 突然、何か硬いものが飛んで来て、アライ
グマの頭をかすめ、もみの木の幹に突き刺さ
った。
 少なくとも、メイの耳にはそのように聞こ
えた。
 驚いたアライグマは、すばやく難をのがれ
ようと林の奥へと走りこんで行く。
 ポッケは、身近にあった細くて高い木に必
死でよじのぼり、その木の幹と枝の間で毛を
逆立て震えている。
 ジルとミルがその木に近寄り、
 「ポッケちゃん、降りといで、ねえ、もう
大丈夫みたいよ」
 と、盛んに声をかけた。
 しかし、彼女は降りようとはしない。
 「大丈夫よ。ちょっと待っているといいわ。
気が済んだら、そのうち降りて来るから」
 お姉さんらしく、ジェーンは妹たちをなだ
めるように声をかける。
 「ああ、良かった。あのまま、あいつとや
りあってたら、ポッケちゃん、大変なことに
なるところだったわ」
 簿切れを右手に持ったメイが、ジェーンに
とびきりの笑顔を向けた。
 「ほんと助かったわ。アライグマが逃げ去っ
てくれて。メイ、あなたにまで心配かけてわ
るかったわ」
 「いいえだいじょうぶよ。当たり前よ、心
配するくらい。今じゃ猫ちゃんだって、立派
に家族の一員なんだから」
 「そう言ってくれると、うれしいわ」
 ジェーンは、妹たちに向かって、
 「こちらにおいでなさい。木のすぐ下にい
ると降りてこられないでしょ」
 と、赤いセーターから出た白い左手を振り
ながら言った。
 ジルとミルは、はあいと声を合わせ、姉に
応えた。
 それからジェーンのそばにしゃがみこむと
せっせと木の実を拾いはじめた。
 「うふっ、かわいいわね。わたしも妹が欲
しくなってしまうわ」
 「あら、ごめん、メイにはきょうだいがい
なかったわね」
 ジェーンの顔が一瞬、青ざめた。
 しかしすぐに、彼女はほほ笑みをうかべ、
 「ばかね。いいのよいいの。気にしないで。
わたしのこと気づかってくれてうれしい。今
までね。なんだかんだって聞くに堪えないこ
とばかり、ずうっと言われつけて来たから」
 と言った。
 メイとジェーンも妹たちの間にすわり、枯
葉の積み重なった地面を、棒きれでさぐりだ
した。
 「ポッケったら、どこへでもついて来るか
ら困るのよ。ジェーンの家にまで来てしまっ
て。迷惑かけてしまって」
 「ばかね。そんな心配しないで。大丈夫よ」
 「そう言ってもらえるとうれしいわ。でも
誰でしょうね。小石か銃弾かわかんないけど、
投げてくれたのは?あたりに人影が見えない
けど・・・」
 ジェーンが立ち上がり、傷ついたもみの木
の幹に顔を近づけ、突き刺さっているものを
確認しようした。
 「メイ」
 ジェーンはそう呼びかけたきり、しばらく
あとの言葉を出さない。
 「どうしたの。何か気になることでも」
 「ちょっと。ちょっと見てちょうだい。わ
たしにはこの傷口、こんな黒々とした穴って、
いったいどういうことなの」
 明るかったジェーンの表情が、ふいに暗く
なった。
 「ジェーンがびっくりするなんて。ちょっ
とどいて。わたしが確かめるから」
 さっきの炸裂音が、とても気になったメイ
である。
 メイは枯れ木を踏みしめ、おそるおそる近
寄っていく。
 もみの木には、洋服のぼたんくらいの大き
さの黒い穴ができていた。
 それはとても深く、細い小枝を差しこんで
も、容易に、穴の底をつつくことができなか
った。
 (これってもしかして、光線銃?このあた
りでこんな武器を使うものっていうと・・・)
 メイの抱いた不安は大きく広がり、たちま
ちのうちに彼女のこころをいっぱいにした。
 メイは立ち上がった。
 そして列車の運転手のように、まわりにあ
るものをひとつひとつ確認しはじめた。
 正露丸のような匂いが、彼女の鼻の中に流
れ込んでくる。
 (あの素晴らしかった森が死んでしまった
みたいになって・・・)
 メイは今更ながら、森が荒れはててしまっ
たことに哀しみをおぼえた。
 空耳だろうか。
 ふいに、メイ、と呼びかけられた気がして、
彼女は根元から二メートルあたりのところで
無残にもぽっきり折れ、焼けただれてしまっ
た広葉樹をじっと見つめた。
 首から下げた小さな宝石入りの袋を、メイ
は左手でしっかり握りしめるのだった。
 
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