油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

かんざし その4

2021-07-29 18:13:56 | 小説
 長かった梅雨があけ、まもなく、はるとが
待ち望んでいた夏休みがやってきた。
 はるとはあまり運動を好まない。
 朝から晩まで、じぶんの部屋で過ごすこと
が多い。
 そんなとき洋子は、はるとが、やれゲーム
に興じているんじゃないか、とか、問題集の
下に漫画本をしのばせ、ひそかに楽しんでい
るのではないかと思ってしまう。
 これらはほとんど、洋子の取り越し苦労な
のだが、時には、度を越してしまうから始末
がわるい。
 母親の洋子にとって、長い休みがはだいの
苦手だ。
 いっとき、はるとに塾通いを勧めた。
 塾にさえ通っていれば、はるとが勉学に励
んでいると安心していられたからである。
 だが、彼はがんとして聞き入れなかった。
 「それは僕なんかのためじゃなくって、お
母さんのためだろ?」
 はるとに足もとを見られてしまった。
 実際、この休みに入ってから、はるとは終
日、部屋にこもっていることが多い。
 洋子にとって地獄の日々である。
 「お母さんの顔って、なんだか見にくいよ。
もっとじぶんの子どもを信じてよ。塾なんか
に行かなくったって、ぼくはじぶんで勉強し
てる。テストなんて、いつだってほとんど百
点でしょ。この間の学力テストなんて、トッ
プだったんだぜ、忘れた?」
 いつの間にか、洋子ははるとに口負けする
ほどになっていた。
 この日まで洋子のいらいらは、つのる一方
だった。 
  洋子はノックもせず、はるとのドアを開け
ようとして思いとどまった。
 こんなときはいつでも、中からロックがか
かっているからだった。
 「はあちゃん、いる?」
 ともすればかんしゃくを起こしそうになる
のをこらえ、おだやかにいった。
 だがはるとが返事をしない。
「中にいるんでしょ?外はいいお天気なんだ
し、そうだ、公園にでも行こうか。涼しいし
ね。そうだ、はあちゃんのお気に入りの猫ちゃ
んを連れて行けばいい」
 洋子はドアのそばに、しばらくたたずんだ
まま、はるとからの返答を待った。
 だが、部屋の中はしんとしたままだった。
 ついに洋子が爆発した。
「もうっ、あんたがそこにいるのはわかって
るんだから、早く出てらっしゃい」
 洋子はトアノブを右に左に、急いで回しだ
した。
 ドアがすうっと内側に開いた。
 部屋の中はがらんとしていた。
「はると、ママとかくれんぼしたいんだ。よ
おしそれなら」
 洋子はまず押入れを開けたが、はるとはい
なかった。
「ここにいないんだ。そうねそれじゃ窓ぎわ
かしら?」
 洋子の夫健一は家に趣向をこらした。今ど
きの若い人が好むような建て方でなく、些細
なところにまで金に糸目をつけず、工夫をこ
らした。
 夫の健一は三男、彼の両親は長男家族とと
もに東海地方のS市に住んでいる。
 どうやら健一は、ふるさとが恋しかったら
しい。
 結局、洋子ははるとを発見できなかった。
 「ふとんはきちんとしまわれてるし、まっ
たくどこへ行ったのかしら?朝食はともにし
たんだし、そんなに心配はいらないと思うけ
ど、いつの間に出て行ってしまったんだろ」
 数分後洋子は支度を整え、家をでた。
 最寄りの公園に、はるとを探しに行くこと
にした。
 (実家に行ってから、なんだかはるとの様
子がおかしくなったみたいだわ)
 不安がたちまち彼女の胸にこみあげてきて、
たまらなくなった。
 




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いつの間にか。

2021-07-27 01:58:19 | 日記
雨にも負けず 
風にも負けぬ
丈夫な体を持ち
欲はなく、決して怒らず
いつも静かに笑っている。

天才、賢治のようにはいかないが、わた
しも多少、農業をいとなむ。

今日も今日とて、腰に蚊やりをたずさえ、
野良へといそぐ。

このところの熱帯地方のごとき、スコー
ルのせいで、あぜがほとんどつぶされて
いる。

所々コンクリで補強されてはいるが、そ
の下の土が、堀の中にまで流されてしまっ
ていた。

膝のくるぶしまでのびた夏草。
それらにいつ、除草剤がかけられたのだ
ろう。

ほんの二三日で萎れ、根っこまで枯れ果
ててしまった。

わたしの思想の原点は、野良にしかない。

器械による草刈り、それに耕運機やテー
ラーの運転ができるのも、すべて義父か
らおそわった。

こちらで生まれ育ったかみさんの力量に
はとても及ぶべくもない。

野菜の種まきや育て方、くわの扱い方な
どなど。
知らないことが多すぎる。

水をはった田んぼに、おたまじゃくし。
それに……、じっと水中を見つめている
と、水すましらしき黒い虫を発見。思わ
ず立ちどまった。

間違いない。
何十年ぶりかのお目見えに感激。

殺虫剤も除草剤も、しだいに効き目のよ
わいものへと変貌をとげたようで、安心。

あとはメダカやドジョウが、再び泳ぎま
わってくれると、文句のつけようがない
のだが、堀がすべてU字溝では、望むべ
くもない。

じぶんより上の方々が、ひとりふたりと
逝去されていく。

いつの間にか良き相談あいてがなくなっ
てしまい、さびしいかぎりである。

にんげんは生身、いつまでも生きている
わけにはいかぬのだから、仕方がないけ
れども。

彼らひとりひとりが、われらの財産だっ
た、と、今にいたって、思わずにはいら
れない。

じぶんも、そのうち、若い人から頼られ
るような者になってやるぞと、決意した
次第。
 
足もとに用心しながら、歩きづらい土手
をすすむ。

人より、鹿が歩いた形跡のほうがうんと
多い。

今は四十年前とは大ちがい。
田植えも取り入れもすべて、ほとんど器
械がやってしまう。

何町歩もの田んぼを、大規模農家の方が
ほんの数人で、てきぱきとこなすから驚
きである。

「あんただって、もう中堅なんだぜ」
 農区のリーダーにいわれ、わたしは一
瞬、誰のことかわからず、あたりを見ま
わしてしまった。

姿見の前にたたずみ、顔を見つめる。

鏡は残酷である。まぎれもないお年寄り
が、こちらを見ているのを発見。

ああそうそう、多少なりとも子どもを集
め、ともに勉学にはげんでいるのを、つ
いつい忘れてしまうところだった。

最近は、からだが古くなり、若いときの
ようにむりができないけれども、気持ち
を新たに、残りの人生を、一所懸命に過
ごそうと思う。



  

 
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MAY その99

2021-07-21 22:50:43 | 小説
「あなたはひょっとして……」
メイはそこまでたどたどしく言うと、ため
息をついた。
 「そうだ。わたしがこの星の王だ」
 「はあ、やはり……」
 メイの息が浅くなった。
 あまりの緊張のせいだろう。
(それにしては、王の側近がいない。たくさ
んの供の者がわきにていいはず)
 一秒、二秒……。
 時間が経てばたつほど、メイはどのよう
に対応したらいいか、わからなくなった。
 もうこれ以上こらえきれないと思った瞬
間、誰かがメイの背中を押した。
 メイは前につんのめり、ダイニングの床
に、どはでに転がってしまった。
 「誰なの?人の気も知らないで。わたし
を突き飛ばすなんて?」
 この一言を吐くことで、メイは本来の自
分をとりもどすことに成功した。
 「よく来てくれたね、さあ」
 王様とおぼしき男がさも親しげに言って
立ち上がった。
 自信満々とはとてもいえない。
 どこかに弱々しさをかかえている。
 メイに近寄り、彼の作業着めいた服の袖
から大根のような白い手を差しだし、メイ
の左手をつかんだ。
 メイの口唇がわなわなと震えだした。
 (これから先が問題だ。決して相手を怒
らせたりしてはいけない)
 メイは覚悟を決めた。
 おそってくる緊張感を少しでもほぐそう
と、メイは無意識に左手で胸の小袋をいじ
りだした。
 小袋の中につまっている小石がこすれあ
い、ジャリジャリ鳴った。
 と同時に、小石たちが、淡い紫色の光を
四方に放ちはじめる。
 「おおっ、これがあの……」
 かの悪名たかい王はそう言ったきり、体
が前のめりになった。
 まるで彼が床にひれ伏したかっこうだ。
 「なんなの、これって。一体、どういう
こと?」
 メイがドアの方を向き、誰にともなくか
ぼそい声で助けを求めた。
 とたんにニッキと彼の戦友がダイニング
に、どたどたとなだれ込んだ。
 かの王様は、またたく間にがんじがらめ
に縛られた。
 「ちょっと待って。あたしまだ、この方
とお話があります」
 メイはすくっと立ち上がると、居ずまい
を正した。
 「どうして、メイ?もういいんじゃない
の。メイの役割りは終えたんだからね。こ
れからは、ほら、われわれに任せて」
 ニッキがやさしげにメイの肩に手をのせ
てそう言うが、メイは首をたてに振らない。
 ダイニングルームが再び明るさを取りも
どした。
 ドアのそばで、ニッキと懇意に付き合っ
ていたひげもじゃの男が、にやりと笑う。
 メイはふんといった、若い女性らしい
不遜な態度で男を見すえた。
 「王さまの縄をほどいて」
 メイが強く言うと、ニッキのまわりの戦
闘員とおぼしき男たちが、しぶしぶ王の縛
りをときだした。
 「それでいいことよ。王様、それで部下
たちはいったいどうしたのですか」
 一瞬の沈黙のあと、王はぶすっとした表
情で、
 「わからん。朝起きたら、みな、いなく
なっていた」
 と言った。
 「ご家族はいかがですか」
 「家族もだ。どいつもこいつも、結局頼
りにならなかった」
 「そんなことないはずでしょ?惑星エッ
クスだって地球だって……、太陽系宇宙の
星々のありとあらゆる有益なものを、ご自
分のものにしておいででしょ、それなのに
裕福きわまりない、それこそ願いという願
いがすべてかなったでしょうに……、部下
たちにじゅうぶん、おすそ分けできたでしょ
うに。そんなことって……」
 「あるはずないと、わが友、メイは言い
たいのだろう?」
 「ええ、そうです。いま、あなたは友っ
てあたしをお呼びになりましたが、まだま
だ友だなんて言えませんわ。さっきだって
わたしが恋慕っている両親の幻影を、わざ
わざわたしに見せつけるのですもの」
 メイはきっぱりと言った。
   





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かんざし  その3

2021-07-14 22:05:18 | 小説
 敬三宅につづく坂道。
 収穫したばかりの梅の実を、敬三はふたつ
の米袋にほぼ等分に入れ、持参した一輪車の
上にのせた。
 二枚の青いシートは、できるだけ小さく折
りたたみ、米袋の下にしいてある。
 原木からつんできたシイタケは、彼の腰に
結わえた竹かごに入っている。
 来るときは、一輪車に乗ることに固執した
はるとだった。
 だが、帰りはなぜか乗ろうとしない。
 敬三の少しあとからとぼとぼと歩いた。
 町の給食センターが坂下に見える。
 車が好きなはるとらしく、駐車場にならん
だ大型トラックを、ものめずらしげにちらと
見つめる。
 子どもらしいはつらつさが、行きと帰りで
急速に消失している。
 はるとが元気をなくす原因がどこにあるか、
敬三は梅林の台地で起きたことを、逐一ふり
かえってみるが、どう考えてもさしたる理由
がなさそうに思えた。
 「どうしたんだ、なんだかうかない顔だな。
けっこう虫が取れたんだろ。もっとうれしそ
うにしなきゃ、じいじだって、つまらん」
 「うん……」
 「そんな顔、お前の母さんが見たら、なん
ていう?じいじだって、洋子にふきげんな面
でじっと見つめられるのは、いやだな。何が
あったのか知らんが、ここはもっと子供らし
くしてくんろ。もう最終学年なんだから、じ
いじの気持ち、わかるっぺ」
 軽乗用車どうしなら対向できるだけの幅を、
坂道は持っている。
 法事では、この道を、大型バスがたくさん
の人を乗せ、墓地まで行きつ戻りつする。乗っ
ている者はひやひやだろうけれども。
 ふいにぶうっと軽いエンジン音がして、大
通りのほうから、トラックがあがってきた。
 敬三の顔見知りだったのだろう。
 すれちがいざま、敬三は相好をくずし、JA
のキャップをかぶった年配の男に、こくりと
首をふった。
 キキキキ、キッ。
 敬三の背後で、今すれ違ったばかりのトラッ
クが、突然ブレーキをかけた。
 ふりむくと、はるとの姿が見えない。
 敬三はあわてた。はねられでもしたか、と
トラックの前に歩みでた。
 運転していた男がにやにやしている。
 ほら見ろ、と言わんばかりに、車の前方を
ゆびさす。
 はるとが顔をおおい、道の真ん中でうずく
まっていた。
 「わるかったない、よっさん。おらちの孫
はほんと、何を考えとるのかわかりゃせん」
 そう言いながら、敬三ははるとを抱き起し
にかかった。
 はるとはいやいやをするように、両の手で
万歳をした。
 はるとのかわいらしいへそがまるだしになっ
ている。
 「ぼく、これからは気をつけるんだよ。車
の前にはぜったいとびこんでくるんじゃない」
 「だって、ぼく、ぼく……、見たんだもん。
おじちゃんのわきにすわってる、紅い着物を
きたおねえちゃんが、ぼくにおいでおいでっ
てね、手まねきしたんだもん」
 「ばか言うんじゃねえ、そんなの、この車
にのっけてねえから……。めんこいがきでも
ねえのにわけの分からないこと言って」
 よっさんは、くわえていた煙草を、器用に
くるくるまわしてから、右足のペダルを強く
踏み込んだ。
 車は一気に急坂をのぼりきっていく。
 慣れないことをして、はるとはさぞ疲れた
に違いない。
 敬三はそう思った。
 「さあ、じいじがのっけてやるから、はよ
うはよう」
 敬三ははるとを両手で抱きかかえた。
 「あっ、靴が、ぼくの靴が……」
 はるとは左足のズック靴がなくなっている
のに気づいて叫んだ。
 敬三がはるとを地面におろした。
 はるとはじっと後ろを見ていた。
 坂道の曲がり角に設置された、凸面鏡の近
くにあったらしい。
 はるとはあったあったといい、けんけんし
ながらその場所まで行った。
 路上にすわりこみ、ズック靴をはいた。
 しかし、まだ何か用があるのか、はるとは
なかなか立ち上がらない。
 敬三の眼にきらりと光るものが見えた。
 はるとはそれを、そっと、腰のあたりにし
まいこんだ。
 「はると、何か拾ったんかい?」
 「ううん、なんにも。じいちゃん、ぼく先
に行ってるから」
 はるとは大声でいい、一目散に敬三の家の
庭先までかけた。
 
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花鳥風月を楽しむ。

2021-07-13 22:45:16 | 日記
ここ二、三日、小池真理子さんの小説世界
にとっぷりひたった。

神よ 憐れみ たまえ

十年の歳月をかけて紡がれた書き下ろし
長編小説という。

渾身の一作。
およそ600ページ、とてもとてもひと息
に読み通せない。

わたしの書くものなぞ、足もとにも及ば
ないと思う。
しかし、勉強になる。

はずせぬ用もある。
かみさんに用を言いつけられたり、畑で
育てているズッキーニやカボチャの世話
もあったり。

たびかさなる大雨で痛めつけられてはい
まいか、と夏草の生いしげるあぜ道を長
靴をはき、ゆっくり進む。

そうしている間も、わたしの心はずっと
彼女の描いた小説世界にとどまり続ける。

足もとがおぼつかない。
あやうく足を踏みはずし、堀っこに落っ
こちそうになった。

ネットが鹿の立ち入りを防いでいてくれ
ていたが、からすの侵入は阻止すること
はかなわない。
吹き出たばかりのズッキーニの赤ちゃん
がえじきになった。

後片付けに追われているうちに、いきな
りのスコール。

濡れねずみのようになって、家までたど
りつく。

夕刻、この日の授業が近づく。

窓を開け、黒板消しについたハクボクの
粉を落とそうと、それを板でたたきだし
た。

チチチ、チチチと、ふいに小鳥が最寄り
の屋根でけたたましく鳴いた。

どうやらなじみの鳥らしい。

えさの催促だ。

ちょっと待ってろや。
そうつぶやきながら、わたしは急いで階
段を下りた。

もう少しで終章にたどりつく。

彼女はどのように物語を終わらせるのか。
わくわくする。





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