取り越し苦労は害があっても、一利なし。
ひとはマイナスのイメージを抱けば抱くほ
ど、精神的に負担がかかる。まるで一種の不
幸を呼び込んでしまうようである。
「いいんだね。具合がわるいことが起きち
ゃったって」
潜在能力の入っている容器のふたの番人を
しているのは幼子らしいという。
素直に、そのひとの望む現象が飽きるよう
に物事をとりはからう。
放っておくと、潜在能力は具合の悪い方向
に働いてしまう。どうやら、それはマイナス
方向に進むのが好きらしい。
具合の良い方向に設定するのは、ちょっと
した工夫がいる。
おもてに現れた能力を、うまく駆使するこ
とである。
それは言葉だろう。
ひとは言葉による物語を生きていると言っ
ても差し支えないくらいだからである。
そうすると、要は、言葉を、正しく使えさ
えすればいいことになる。
いやだと思っても、これからやろうとする
ことを好きになること。
楽しむこと。なんとかなるさ、と思い、も
のごとを横着にかまえること。
それまで助手席で眼を閉じ、あれこれ考え
ていた種吉は、にやけた表情になった。
「あんた、いやににやけてるね。いったい
何を思い出していたのやら」
後部座席のかみさんが、横合いから、種吉
に、いぶかし気な顔を向けた。
「あっ、おまえか。いやいやなんでもない。
ちょっとふるさとの思い出にひたっていたも
のだから」
「ふうん、思い出ね。いろいろあったんだ
ろね。あんた、ずいぶん遠くまでふっとんで
きたものね」
「ああ」
「どうして、こっちへ来たのさ。そろそろ
白状してもいい頃合いじゃないかしら。わた
しと会ったのはほんのたまたまのことだろ?
あちらにいい人がいたんだろ。ねえ、あんた。
正直に言いなよ。この際さ」
かみさんは、いっぱしの刑事のよう。
種吉のこころの秘密基地に、遠慮なく、ぷ
すりぷすりと疑いの矢を放ち出した。
わきで、我が子らが耳をそばだてている。
下手に、素直に応えるわけにいかない。
種吉はそう思い、
「あっ、良かった。あれを見ろよ。名古屋
方面の車さ。この分じゃ、大して混みあうこ
となく名神にのっかれるぞ」
窓外をながめながら、種吉は大きな声を出
した。
種吉のかみさん、若い頃とくらべ、すいぶ
ん張り切っている。
「高校も大学も出なかった分、わたしは勉
強するのよ。そして稼ぐの。今まではあんた
がいっぱい働いてくれたし」
「へえ、おれを評価してくれるんだ。それ
はえらい、えらい。だが大変だぞ。金儲けは
な」
へそまがりの種吉と違い、彼女は根っから
の素直な性格。
他人の言うことをストレートに受け入れる。
どこで習い覚えたのか、ブレークスルーな
る言葉にほれ込んでしまい、心情を同じくす
るひとの集まりに足しげくかよう。
「いっぱい授業料はらったけどね」
目からうろこ、とばかり、彼女は、格段に
進歩した。
彼女は積極的に社会にあゆみ入り、果敢に
他人と口論をかさねた。
直情径行。
わが道を行った。
おれの言うこと、もっと信じてくれよ、と
種吉は言外ににおわせたり、それでも通じな
ければ、口に出したりしたのだが、まったく
彼女はとりあおうとしなかった。
「おとう、父ちゃんよ。つぎのパーキング
で運転代わってくれよな」
三男のМが、気をきかして、口をはさんだ。
いつの間にか、車は名古屋の環状線に乗っ
かっている。あと少しで、名神高速に入ると
ころだった。
「あいよ。わかった。長いこと運転してく
れて、ありがとう」
種吉が後ろを向くと、三男のお兄ちゃんた
ちふたりが下を向いた。
ひとはマイナスのイメージを抱けば抱くほ
ど、精神的に負担がかかる。まるで一種の不
幸を呼び込んでしまうようである。
「いいんだね。具合がわるいことが起きち
ゃったって」
潜在能力の入っている容器のふたの番人を
しているのは幼子らしいという。
素直に、そのひとの望む現象が飽きるよう
に物事をとりはからう。
放っておくと、潜在能力は具合の悪い方向
に働いてしまう。どうやら、それはマイナス
方向に進むのが好きらしい。
具合の良い方向に設定するのは、ちょっと
した工夫がいる。
おもてに現れた能力を、うまく駆使するこ
とである。
それは言葉だろう。
ひとは言葉による物語を生きていると言っ
ても差し支えないくらいだからである。
そうすると、要は、言葉を、正しく使えさ
えすればいいことになる。
いやだと思っても、これからやろうとする
ことを好きになること。
楽しむこと。なんとかなるさ、と思い、も
のごとを横着にかまえること。
それまで助手席で眼を閉じ、あれこれ考え
ていた種吉は、にやけた表情になった。
「あんた、いやににやけてるね。いったい
何を思い出していたのやら」
後部座席のかみさんが、横合いから、種吉
に、いぶかし気な顔を向けた。
「あっ、おまえか。いやいやなんでもない。
ちょっとふるさとの思い出にひたっていたも
のだから」
「ふうん、思い出ね。いろいろあったんだ
ろね。あんた、ずいぶん遠くまでふっとんで
きたものね」
「ああ」
「どうして、こっちへ来たのさ。そろそろ
白状してもいい頃合いじゃないかしら。わた
しと会ったのはほんのたまたまのことだろ?
あちらにいい人がいたんだろ。ねえ、あんた。
正直に言いなよ。この際さ」
かみさんは、いっぱしの刑事のよう。
種吉のこころの秘密基地に、遠慮なく、ぷ
すりぷすりと疑いの矢を放ち出した。
わきで、我が子らが耳をそばだてている。
下手に、素直に応えるわけにいかない。
種吉はそう思い、
「あっ、良かった。あれを見ろよ。名古屋
方面の車さ。この分じゃ、大して混みあうこ
となく名神にのっかれるぞ」
窓外をながめながら、種吉は大きな声を出
した。
種吉のかみさん、若い頃とくらべ、すいぶ
ん張り切っている。
「高校も大学も出なかった分、わたしは勉
強するのよ。そして稼ぐの。今まではあんた
がいっぱい働いてくれたし」
「へえ、おれを評価してくれるんだ。それ
はえらい、えらい。だが大変だぞ。金儲けは
な」
へそまがりの種吉と違い、彼女は根っから
の素直な性格。
他人の言うことをストレートに受け入れる。
どこで習い覚えたのか、ブレークスルーな
る言葉にほれ込んでしまい、心情を同じくす
るひとの集まりに足しげくかよう。
「いっぱい授業料はらったけどね」
目からうろこ、とばかり、彼女は、格段に
進歩した。
彼女は積極的に社会にあゆみ入り、果敢に
他人と口論をかさねた。
直情径行。
わが道を行った。
おれの言うこと、もっと信じてくれよ、と
種吉は言外ににおわせたり、それでも通じな
ければ、口に出したりしたのだが、まったく
彼女はとりあおうとしなかった。
「おとう、父ちゃんよ。つぎのパーキング
で運転代わってくれよな」
三男のМが、気をきかして、口をはさんだ。
いつの間にか、車は名古屋の環状線に乗っ
かっている。あと少しで、名神高速に入ると
ころだった。
「あいよ。わかった。長いこと運転してく
れて、ありがとう」
種吉が後ろを向くと、三男のお兄ちゃんた
ちふたりが下を向いた。