油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

水晶びいき。  (3)

2023-10-24 17:37:03 | 小説
 「とってもきれいな砂じゃないこと?これっ
て、水晶がまざってるのかもね」
 K子が足もとを見つめながら、口もとに笑
みをたたえて言う。
 彼女のひとみがキラリと輝く。
 「そう簡単に見つかるんだったら、苦労が
ないよ。違うに決まってる」
 K子の意見をNがバサリと切り捨てた。
 K 子はプンとほほをふくらませ、
 「そうかしら?わかんないじゃない」
 と言い、その場にしゃがみこんだ。
 「あれれ、そんなことしちゃ、ズボンが濡
れてしまうよ」
 「濡れたっていいの。素直にあたしの意見
を受け入れないNくんなんて、だいっきらい」
 K子がべそをかきだした。
 Nはその場にたたずんだまま、なすすべが
ないといった風情である。
 (中学二年の時だってずっとずっと、Nく
んって笑わなかった。よっぽど家でつまんな
いことがあるんだろう。叱られるばかりでほ
められることがない。暗い暗い生活を送って
来たんだろって、思ってた。高校生になった
から、ちょっとは性格が変わったろうと期待
してお付き合いに踏み切ったけど……、わた
しが甘かったみたい)
 ふいにK子が立ち上がった。
 細おもての顔にかかった黒髪を、K子は右
手のひらで下から上にすくいあげる。
 何かしら吹っ切れた顔をしている。
 「もう、また始まった。Nくんって、優し
くっていいんだけどね、そんなふうに頭ごな
しに何だって打ち消してしまう。判らないじゃ
ない。調べてみなくっちゃ」
 K子はNの目を見ないで、声高に言った。
 K子に気おされ、Nの顔から赤みがすうっ
と薄らいでいく。
 「そうだね。きみの言うとおり……」
 Nの声が弱まった。
 またもや、K子にこの場から立ち去られる
かもしれない。
 そんな思いで、Nの頭の中はいっぱいになっ
てしまう。
 いきなり、K子はNの左手をつかんで引っ
張った。
 肩に背負ったリュックがよほど重かったの
だろう。
 Nはその場に倒れこんだ。
 Nの左手から、鉄製の小さな熊手が、大川
の中へとポーンと飛んだ。
 「あっ、たいへんだ。拾わなくっちゃ」
 運動靴の足がぬれるのもかまわず、Nは川
に入りこんで行く。
 「びっくりだわ。そんなに大切なんだ。熊
手って?」
 「そうさ。あれがないと、土を掘り起こし
たり、ひっかりたりできないだろ」
 そうね、と言って、K子はぺろりと舌を出
した。
 「さあさあ、探しましょ。クリスタルキン
グ、なんてね。ギャグ放ってる場合じゃない
わよね。お付き合いするって、たいへんなの
よう……、お互いの長所も短所も受け入れるっ
てことなんだしさ……」
 Nは彼女が言う意味がつかめないらしい。
 ぼんやりと、突っ立ったままである。
 「水の精って言葉もあるくらいなんだし」
 やっとNがK子に同意する。
 「そうそう、その意気、その意気」
 Nは大きな丸い薄茶の石の上にすわった。
 先ずは濡れた靴を脱ぎ、次々にふたつの
白い靴下を脱いで、両手でそれらを絞る。
 リュックの中から取り出した、小さめの
ビニル袋にそれらをしまいこんでいく。
 「白い靴下なんて、汚れが目立つでしょ。
こんな場合にはいてくるかな」
 「いいでしょうが。ぼくの勝手さ。ゲン
担ぎだよ」
 「あああ、またまた、意味がわかんない。
男の子ってこれだからいや。舌ったらずで」
 ようやくNが立ち上がった。
 「白くて丸い石。赤ちゃんの頭くらいに
大きいの」
 「えっ、何よ、それ?」
 「いいのいいの。何も考えないで。見つ
けたら、ぼくに渡して」
 「ちょっと強引すぎるんじゃなくって?
でも、まあいいか」
 ともすればよろけそうになる体を、両手
で支えながら、ふたりは川岸を歩きだした。 
 
 
 
 
 
 
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晴れの日がつづいて。

2023-10-24 10:04:54 | 小説
 このところお天気がいい。
 晴れの日がつづくと、こんなにも気分が
さわやかになるものかと嬉しくなる。

 体温に近いほどの高温、それにゲリラ豪
雨と……。これが永らく温帯に属していた
我が国の気候かといぶかしんだ。

 ひさかたぶりの日本晴れが、それらの重
々しい気分をどこかに吹き飛ばしてくれた。
 
 まずは、生まれて以来ずっと弱かった胃
腸の調子が良くなった。
 それに皮膚の荒れが収まった。
 
 これには、最近、つとにさつまいもを食
している恩恵があるようだ。
 さつま、と聞くと、近ごろ亡くなった昭
和元年生まれの母を思い出す。
 いい想い出も身体にいい影響があるもの
のらしい。

 「小さい手でうねを掘っては、赤い赤い
さつまがつぎつぎとび出してきょる。それ
を見たお前がぼこん、ぼこん言うて、えら
いよろこびよった。お母ちゃん、それがう
れしゅうてな、がんばって、芋の苗をぎょ
うさん植え付けたんやで」

 物のあふれる今とは違い、その頃は子ど
ものおやつもままならなかった。

 娘のころ、重いものなどあまり持たなかっ
た母が嫁に来たとたんの野良仕事。
 いやでも母を強くした。
 父の頼みで義理の兄の野良仕事の手伝い
に行かなくてはならなかった。

 昭和二十年から三十年代にかけて。
 まだまだ昔ながらの家父長制度の名残が
あちこち厳然と存在していた。

 昭和二十八年に、耕運機が開発されたが、
市中にはいまだたくさん出まわっておらず、
田畑を掘り起こすのは、いまだ牛馬の力に
頼った。

 苗の植え付けから刈り取りまで、すべて
人力である。

 食管法がきびしく施行されており、出来
た米は俵につめ、それらを積んだ荷車を農
協の倉庫まで牛に引かせた。

 機械化が進み、農家に嫁いだ方たちは野
良仕事から解放されるにつれ、活き活きと
してきた。
 田舎が彼女らの笑い声でいっぱいになっ
てきた。

 素晴らしきかな。
 古来、女性は太陽であった。
 
 読書の秋でもある。
 中村文則さんの新刊「列」を読み始めた。
 
 中村さんは、優れた才能の持ち主であり
今まで芥川賞をはじめ、かずかずの著名な
賞を受けられてきたのは、みなさまご存じ
のとおり。

 列に居ならぶ人を、カフカ流に、蟹にた
とえられたりと……。
 その優れた描写力に脱帽。
 
 きのう、髪を切りに街まで出た。
 六十代の後半あたりから、めだって、薄
くなったわが愛しの髪の毛。
 正午から二時間は、ふだんは980円の
カット代金がなんと300円近くもプライ
スダウンされるという。
 わたしも含め、人々がわれさきにと列を
作った。
 
 正午まで半時間あまり。
 受付の始まるまで、人の列はおとなり餃
子屋さんの商売のじゃまにならぬよう、く
ねくねと曲がった。

 まるで中村さんの小説世界にまぎれこん
だよう……。
 わたしは、前や後ろに並ぶ人たちの表情
や動作に注目していた。

 「列」は、一読の価値あり。

 秋の夜長のひととき、彼の小説を読んで
楽しまれてはいかがでしょう。

 共に暮らした家族は、もはや、すべて鬼
籍に入った。
 われひとり異郷で、子や孫たちとともに
生きている。
 秋は、人をして、物思いにひたらせる。

 楽しからずや。

 

  

 
 
 
 
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酷暑をしのいで。

2023-10-16 23:40:46 | 随筆
 こんばんは。ブロ友のみなさん。
 夜も更けましたね。

 お身体の調子はいかかでしょう。
 わたしは夏の疲れがどっと出てしまっ
た感じでいます。

 自律神経の乱れというんでしょうか。
 だるかったり、肩がこったり。
 おなかが痛くなったり。
 皮膚が荒れてかゆかったりします。

 年のせいでもあるのでしょうね。
 夜中にひんぱんにトイレに行ったりで
熟睡できずに困っています。
 
 不幸にも、この酷暑を乗りきれなかっ
た方々がおられる。
 高温多湿で熱中症にかかってしまい、お
医者さまの世話になった方も……。

 近年にないほどの体温に近い暑さの日
々が続いたのですもの。

 これくらいの身体でいま、生きていら
れるのはハッピーといえるでしょう。
  
 まあ、七十代の坂をずんずんのぼり始
めましたしね。
 この調子で八十代そして九十代の坂へ
と、人生を楽しみながら歩んでいきたい
と思っています。

 午後五時を過ぎると、日の入りが早く
なりましたね。
 太陽がすとんと落ちるみたいです。

 ドライブが好きなわたしは、あちらこ
ちらと出歩きます。

 ちょっと遠出をすると、すぐ暗くなっ
ての帰宅となってしまい、
 「ただいま……」
 と、あいさつがトーンダウンします。

 初めての敬老会が近づいています。
 なんだか嬉しい気分です。
 
 ついこの間まで、まだまだ若いと胸を
張っていたわたしがですよ。
 嬉しいなんて、おかしいですよね。

 この年まで生きられなかった友人や知
人がいっぱいいます。
 彼らがわたしを見守っていてくれたの
でしょう。

 「ありがとう、みんな。また近いうち
に会いましょう」

 季節の変わり目です。
 ブロ友のみなさん。
 どうぞ、お風邪を召しませぬように。
 

 
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水晶びいき。  (2)

2023-10-09 22:39:53 | 小説
 「ふうん、何よそれ、ただの石英じゃない
のよ、あきれた。Nくん、とっても大事そう
に持ってるから、宝石みたく、よっぽどきれ
いで値打ちのあるものだと思ったじゃないの」
 「ああ……、そりゃそうだけど、でもねあ
んまりね」
 「あんまり、……何なの?」
 誰にせよ、石のことでとやかく言われるの
を、ぼくはおもしろくなかった。
 どんな石だって、それなりの歴史を持って
いるものだ。
 一瞬、ぼくがK子を見る目が鋭くなったら
しい。
 K子はぷっとほほを膨らませた。
 「ふん、なによ、その目は?気に入らない
なら帰るから、わたし」
 K子によって後ろ手でぽおんと放り投げら
れたリンゴのかけらを、ぼくは無造作に右手
で受け取り、口にくわえた。
 がぶりと噛むと、甘酸っぱい味がした。
 (初恋の味って、こんなかな……)
 ぼくは少なからぬショックを受けていた。
 リュックを背負ったK子が、坂道を下って
いく。
 遠ざかっていくにつれて、ぼくの夢が薄ら
いでいった。
 そんなのはいやだと思い、あやまりの言葉
を、K子の背に投げかけようとした。
 でも、なかなか踏ん切りがつかない。
 男だから女だからと、Nが物心ついて以来、
大人たちがよく口にした性差別意識が、それ
なりにNのこころに染みついている。
 「女の言うことなんて、気にかけないでい
なさい」
 「女のくせにうちの子はお医者さんになり
たいっていうんです」
 (男女平等のどこがわるいんだろう。ぼく
はときどきおしゃべりしたり映画に行ったり、
ピクニックに行きたかっただけなのにな、ど
うしてだめなんだろう。男の人のほうがどう
して女の人よりえらいの?なぜ男が女に素直
にあやまったらいけないんだろう)
 ふいにK子が立ちどまった。
 振り返りはせず、たたずんだままでいる。
 ぼくはこのとき、よほどK子に声をかけよ
うと思ったが、果たせなかった。
 共にすわりこんだ道端を、K子が立ち去る
際に見せた荒々しい態度。そこからK子はも
のも言わず、青白い顔をしてバタバタと帰り
支度をした。
 それらのことがすべて、マイナス方向にば
かり、ぼくのこころに働いてしまう。
 人の気持ちを推しはかろうにも、ほくは十
六歳になったばかり、経験も熟慮も足りなかっ
た。
 この際は仕方がないし、とりあえずK子と
の付き合いをあきらめようと、再び山道を歩
みだした。
 しかし、行く手は、次第に多くなる木々に
さえぎられるばかり。
 こんなところで、水晶を発見するのは無理
だとぼくは思った。
 (鉱石の図鑑で記されているように、大川
の上流や岸辺をさぐったほうがいい)
 道なき道を谷底へと向かいだした。
 あやうく転がり落ちそうになり、ぼくは松
の根っこにつかまったりしながら、ようやく
大川に下りることができた。
 最初目にした大きな岩をぐるりとまわると、
K子が立っていた。
 あたりは一面大岩だらけである。
 K子はほほ笑んでいた。
 「あれれ、帰ったんじゃなかったの」
 「あなたみたいな、おっちょこちょいな人
を、ひとりでほうっておけないでしょ」
 どこから湧き出しているのか、K子の運動
靴を清らかな水が濡らしている。
 さらさらと水に洗われる砂が、キラキラと
光った。
 
 
 
 
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水晶びいき。  (1)

2023-10-01 00:16:51 | 小説
 リンゴの皮むきにK子は手間取っている。
 ナイフの刃であやうく指を切りそうになっ
て、あっと声をあげた。
 「なによ。見ないでよ。これってむずかし
いのっ。Nくんできるんならやってみせて」
 K子は両ほほをふくらませ、ぼくの顔をに
らみつける。
 「そうだよね。うん、むずかしそう」
 ぼくはあわてて空を見あげた。
 五月の連休はずっと晴天がつづく。
 青地の布を白糸で縫うように、ジェット機
が西から東へ、ひとすじの白雲を作って飛ぶ。
 「リンゴをむくのって、大変なの」
 K子がそう言って口もとをゆがめた。
 「うんうん、そうだよね。むずかしいもん
だよねそれって。ぼくなんかぜったいできな
いや」
 ぼくは最寄りの山のてっぺんを見つめたま
までしゃべった。
 (K子ってナイフの扱いに馴れていないみ
たいだな。小学生の頃から川っぷちで葦を切
ってはチャンバラごっこの剣の代わりにした
り、しの竹で杉の実鉄砲を作ろうとした、ぼ
くのほうがリンゴの皮むきがうまいかもしれ
ないぞ)
 ぼくは内心、そう思った。
 「なによ、そんな顔をして。あたしのこと
バカにするの。せっかくおいしいリンゴを食
べさせてあげようと思ってるのに。さっきか
らわたしの指先ばっかり見つめて……。恥ず
かしいじゃないの。わたしって男の子が何を
考えてるか良くわかったの。だからあなたが
中学生のときに思ってることだって、あなた
がなんだかんだと言わなくてもね、わかった
の、あなたの気持ちが」
 「そうだったんだんだ、ありがとね。それ
にしても、なんかわるぐちいわれてるみたい
でつらかったんだ」
 「ごめん、つい……」
 ぼくは何気なく、左手で地面にころがって
いる小石をひろいあげた。
 「ほら、むけたわ。さあどうぞ」
 K子が差し出したリンゴのひとかけらを右
手でつかみ、ぼくは口にくわえた。
 甘酸っぱい汁が口の中に広がる。
 「おいしいよ。ありがとう」
 思わずぼくは感謝の言葉を口にした。
 「良かった。喜んでくれて」
 「うん」
 「わたしね……」
 と言ってから、K子はしばらく口をつぐん
でいた。
 いくぶん、K子のほほが赤らむ。
 ぼくはその間じゅうずっと、谷底を流れる
川を観ていた。
 上から下に流れてはいるのだろうが、点在
する大岩のせいで、水の行方が定まらないよ
うに見える。
 (連休まぎわに降り続いた雨が川の水を増
やしたせいで、清らかさを失くしている。大
小の石が細かな砂と共に川の中をころがりこ
ろがり、大岩にぶつかっては壊れたり磨かれ
たりしているんだろう)
 「ちょっとちょっとNくんね。いったい何
を考えてるの。さっきから」
 「ええっ」
 「それにね。何なの、何をつかんでるのあ
なたの左手、気になるわ」
 「左手って?ああ、これね」
 「そう、そうよ」
 ぼくは握りこぶしの中に、何か固いものが
あるのは認めていたが、その正体をじかに見
たことがなかった。
 K子がぼくに文句を述べている間、ぼくは
知らず知らず、その固いものを、ビー玉をも
てあそぶようにあつかっていた。
 いつの間にかそれはぼくの体温であったま
り、からだの一部のようになってしまってい
た。
 「ほら、見せて。見せて」
 「いやだよ。ただの……」
 「何なの」
 「あれれ、これって何だっけ」
 「ほら、観念して、左手を開いて」
 ほら、と言って、ぼくが差し出した左手の
中で白っぽい石が陽ざしを受けてキラキラ光っ
た。 
 
 
 
 
 

 
 
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