夜中に何度となく起き出すものだから、
どうしても朝寝坊である。
「お父さん、いつまで寝てるの」
と、階下から妻のかん高い声。
なんとか目を開けたものの、すぐに起
き出さない。
もう若くはないのだから、と、もうひ
とりのわたしが自重を勧める。
目の前でなにか白くて長いものが、揺
れに揺れている。
こりゃまた疲れ目のきざしだわい、夕
べはパソコンの前で、長時間すわってい
たからなあ、と反省し、できるだけ体を
いたわろうとする。
五十がらみは、今よりも体調がわるかっ
た気がする。
男の大厄は四十二歳。
体の変わり目だったからだろう。
当時、わたしは重い荷物を、車で運ぶ
仕事に従事していた。
それらは重いだけでなく、どの人にとっ
ても命の次に大切なものだったから、と
ても気をつかった。
本店に帰り着く時刻が決まっている。
幾度となく、あわてて店に帰り、ほっと
したとたん、急な息苦しさにおそわれたり、
すうっとどこかにしずみこんでしまうよう
な気持ちになった。
まるで背高ビルのエレベーターで、急降
下するごときものだった。
あれから、およそ二十年。
最近の仕事はもっぱら野良仕事。自分の
体と相談しながらやっている。
ゆっくりでも、だれにも文句を言われない
から楽である。
充分に年老いたから、それなりに体がどん
なことに遭遇しても、持ちこたえてくれるの
かもしれない。
時期がくれば体の不調は治るのだから、よ
ほどのことがない限り、心配しなさんな。
そう若い方に教えたいと思う。
階段をかけあがってくる音が、わたしの起
床をせかせた。
山の神様のおいでらしい。
彼女は階段の踊り場で立ち止まり、
「あわてないでね」
わたしにひと声かけてから、また、トント
ン階段を下りはじめた。
わたしは急いでかけぶとんを押しのけた。
「はいよ、はいよ。今、起きたからね。きょ
うは、その他のプラを出す日だったっけ」
畳の上に脱ぎ散らかした衣服を、ベッドの
上にすわったままで身に着けはじめる。
ケーン、ケーン。
突然のキジの鳴き声に驚く。
(こりゃいかん、鳥たちにずいぶん先を越
されてしまった、これじゃ、日が昇ってから
ずいぶん時間が経っている)
訪問客は人間さまだけではない。
山のけものたちが時折、やってくる。
猿、鹿、いのしし、それにハクビシン。
まったくにぎやかな環境である。
不意に、ゆうべ、夢見がわるかったことを
思いだした。
途中までは、だれか若いひととおしゃべり
していたのは憶えている。
しかし、その場面がいつの間に切りかわっ
てしまい、そのうちどこをどうしたか、ひと
りで、廃墟をさまよった。なんとかして家に
たどりつこうとするのだが、果たせなかった。
夢を見られるんだから、まだまだ頭はしっ
かりしているんだぞ、と、わたしは自分に言
いきかせた。
どうしても朝寝坊である。
「お父さん、いつまで寝てるの」
と、階下から妻のかん高い声。
なんとか目を開けたものの、すぐに起
き出さない。
もう若くはないのだから、と、もうひ
とりのわたしが自重を勧める。
目の前でなにか白くて長いものが、揺
れに揺れている。
こりゃまた疲れ目のきざしだわい、夕
べはパソコンの前で、長時間すわってい
たからなあ、と反省し、できるだけ体を
いたわろうとする。
五十がらみは、今よりも体調がわるかっ
た気がする。
男の大厄は四十二歳。
体の変わり目だったからだろう。
当時、わたしは重い荷物を、車で運ぶ
仕事に従事していた。
それらは重いだけでなく、どの人にとっ
ても命の次に大切なものだったから、と
ても気をつかった。
本店に帰り着く時刻が決まっている。
幾度となく、あわてて店に帰り、ほっと
したとたん、急な息苦しさにおそわれたり、
すうっとどこかにしずみこんでしまうよう
な気持ちになった。
まるで背高ビルのエレベーターで、急降
下するごときものだった。
あれから、およそ二十年。
最近の仕事はもっぱら野良仕事。自分の
体と相談しながらやっている。
ゆっくりでも、だれにも文句を言われない
から楽である。
充分に年老いたから、それなりに体がどん
なことに遭遇しても、持ちこたえてくれるの
かもしれない。
時期がくれば体の不調は治るのだから、よ
ほどのことがない限り、心配しなさんな。
そう若い方に教えたいと思う。
階段をかけあがってくる音が、わたしの起
床をせかせた。
山の神様のおいでらしい。
彼女は階段の踊り場で立ち止まり、
「あわてないでね」
わたしにひと声かけてから、また、トント
ン階段を下りはじめた。
わたしは急いでかけぶとんを押しのけた。
「はいよ、はいよ。今、起きたからね。きょ
うは、その他のプラを出す日だったっけ」
畳の上に脱ぎ散らかした衣服を、ベッドの
上にすわったままで身に着けはじめる。
ケーン、ケーン。
突然のキジの鳴き声に驚く。
(こりゃいかん、鳥たちにずいぶん先を越
されてしまった、これじゃ、日が昇ってから
ずいぶん時間が経っている)
訪問客は人間さまだけではない。
山のけものたちが時折、やってくる。
猿、鹿、いのしし、それにハクビシン。
まったくにぎやかな環境である。
不意に、ゆうべ、夢見がわるかったことを
思いだした。
途中までは、だれか若いひととおしゃべり
していたのは憶えている。
しかし、その場面がいつの間に切りかわっ
てしまい、そのうちどこをどうしたか、ひと
りで、廃墟をさまよった。なんとかして家に
たどりつこうとするのだが、果たせなかった。
夢を見られるんだから、まだまだ頭はしっ
かりしているんだぞ、と、わたしは自分に言
いきかせた。