油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

ぐっすり眠りたい。

2021-03-24 17:32:40 | 日記
 夜中に何度となく起き出すものだから、
どうしても朝寝坊である。
 「お父さん、いつまで寝てるの」
 と、階下から妻のかん高い声。
 なんとか目を開けたものの、すぐに起
き出さない。
 もう若くはないのだから、と、もうひ
とりのわたしが自重を勧める。
 目の前でなにか白くて長いものが、揺
れに揺れている。
 こりゃまた疲れ目のきざしだわい、夕
べはパソコンの前で、長時間すわってい
たからなあ、と反省し、できるだけ体を
いたわろうとする。
 五十がらみは、今よりも体調がわるかっ
た気がする。
 男の大厄は四十二歳。
 体の変わり目だったからだろう。
 当時、わたしは重い荷物を、車で運ぶ
仕事に従事していた。
 それらは重いだけでなく、どの人にとっ
ても命の次に大切なものだったから、と
ても気をつかった。
 本店に帰り着く時刻が決まっている。
 幾度となく、あわてて店に帰り、ほっと
したとたん、急な息苦しさにおそわれたり、
すうっとどこかにしずみこんでしまうよう
な気持ちになった。
 まるで背高ビルのエレベーターで、急降
下するごときものだった。
 あれから、およそ二十年。
 最近の仕事はもっぱら野良仕事。自分の
体と相談しながらやっている。
 ゆっくりでも、だれにも文句を言われない
から楽である。
 充分に年老いたから、それなりに体がどん
なことに遭遇しても、持ちこたえてくれるの
かもしれない。
 時期がくれば体の不調は治るのだから、よ
ほどのことがない限り、心配しなさんな。
 そう若い方に教えたいと思う。
 階段をかけあがってくる音が、わたしの起
床をせかせた。
 山の神様のおいでらしい。
 彼女は階段の踊り場で立ち止まり、
 「あわてないでね」
 わたしにひと声かけてから、また、トント
ン階段を下りはじめた。 
 わたしは急いでかけぶとんを押しのけた。
 「はいよ、はいよ。今、起きたからね。きょ
うは、その他のプラを出す日だったっけ」
 畳の上に脱ぎ散らかした衣服を、ベッドの
上にすわったままで身に着けはじめる。
 ケーン、ケーン。
 突然のキジの鳴き声に驚く。
 (こりゃいかん、鳥たちにずいぶん先を越
されてしまった、これじゃ、日が昇ってから
ずいぶん時間が経っている)
 訪問客は人間さまだけではない。
 山のけものたちが時折、やってくる。
 猿、鹿、いのしし、それにハクビシン。
 まったくにぎやかな環境である。
 不意に、ゆうべ、夢見がわるかったことを
思いだした。
 途中までは、だれか若いひととおしゃべり
していたのは憶えている。
 しかし、その場面がいつの間に切りかわっ
てしまい、そのうちどこをどうしたか、ひと
りで、廃墟をさまよった。なんとかして家に
たどりつこうとするのだが、果たせなかった。
 夢を見られるんだから、まだまだ頭はしっ
かりしているんだぞ、と、わたしは自分に言
いきかせた。

 

 
 
 
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そうは、言っても。  (13)

2021-03-21 19:57:58 | 随筆
 パーキングの隅での遅い食事が終わった。
 種吉の胸の中では、いまだに夏のあらしが
吹きまくっている。
 幼児の祖母のひとり舞台が今さっき終わっ
たばかりだ。
 彼女が演じている間ずっと、種吉はふたつ
の耳を両手で抑えたい衝動にかられた。
 その後すぐに彼女は孫を抱きあげた。しっ
かりした足取りで、ひとつの空きもないほど
混雑したパーキングのかなたに去った。
 家族みんなで、お昼を食べる。
 種吉が期待した、そんな家族のだんらんの
ひと時が夢と消えてしまい、彼らのいる場所
はまさに台風一過といったおもむきを呈して
いた。
 家族ひとりひとりが、種吉の気持ちを思い
やってか、あらぬ方を見つめ、食べ物を口に
運んでいる。
 種吉の妻は、いつも、彼の神経をとがらせ
るようなことをしたり言ったりする。だがこ
の時彼女は不思議なほど静かだった。
 それだけで、種吉はうれしかった。
 突然、コンビニからあらわれた幼児の祖母
のおこないをふりかえってみる。
 幼い男の子のために、種吉がいったい何を
していたか。そんなことはまったくおかまい
なしに彼女は種吉にむかってどなった。
 赤の他人なんだから、放っておけばいい。
 その点からすれば種吉はかまい過ぎだった。
 幼児の祖母の行為も仕方がないことであっ
たのかもしれない。
 不意に種吉の我慢をつきやぶり、夏のあら
しが、わっと種吉のこころの外に出ようとす
る。だれもそばにいなけりゃ、種吉はパーキ
ングのはじに行き、はるか遠くの山に向かっ
て、大声でばかとかあほうとかどなりたい思
いにかられた。
 だが、彼は充分に年老いている。喉から出
かかった言葉すべてに対して、ぐっと歯を食
いしばってこらえ、それからごくりとのみこ
んでしまった。
 かなりエネルギーが消耗した気がする。
 種吉は目をぱちぱちした。
 彼の妻は右手でもったペットボトルを、い
い加減斜めにかたむけ、やきそばやらたこ焼
きやらでいっぱいになった腹の中に、緑茶を
流し込んでいるところだった。
 種吉は不意に恥ずかしさを覚え、食事の席
から立ちあがると、つかつかと歩きだした。
 「お父、今度は俺にまかせて、大変だった
ね。いいと思ってやったって、あんなふうに
変に誤解されるんだから」
 ずっとそばで見ていた三男のМが、種吉に
かけよるなり、種吉の背後にまわった。
 彼の薄くなった後頭部を、右手で何度もな
でさすった。
 「このあほ、何すんねん。運転じょうすに
やってな。ほなら、まかせたで」
 種吉の口から、関西弁がでた。
 三男のМが運転する車が走り出しても、種
吉は今さっき出逢った子どもの泣き顔が頭か
ら離れない。
 助手席にすわった種吉は両目を閉じた。
 しばらく運転しないでも済む、張りつめた
思いから解き放たれるぞ。
 そう思うとうれしくなった。自然と口もと
がゆるむ。
 (子どもの顔って、ようもまあ、あんなに
クシャクシャになるもんだ)
 種吉は男の子の泣き顔を思い浮かべ、しき
りに感心するのだった。
 老いさらばえた自分に比べ、幼児の皮膚の
なんてやわらかいこと。
 自分が幼児だった頃を、種吉はなんとか思
いだそうとしたが、途中で失敗してしまった。

 
 
 
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生き残った者として。

2021-03-11 12:18:32 | 随筆
 あれから十年、と表現されたら、あなたは
何を思い起こされるでしょう。
 わたしにも、あれから十年といった思いが
あります。
 ひょっとしたら、命を落としていたかもし
れないぞ。他人に起きることは、自分にも起
きるんだ。
 そんな気持ちで、今、暮らしています。
 そんな殊勝なことをそれまで考えたことも
なかったのです。でも、生き残った者として
の務め、みたいなものを感じたりします。
 午後二時四十六分。
 マグニチュード9の地震が、東北地方の太
平洋沖で発生しました。
 しばらくして、岩手、宮城、福島の海岸べ
りを、津波が次々に襲いはじめました。
 太平洋プレートが、アジア大陸のプレート
に沈みこむようにしていたのが、何かの拍子
にボンと音たててはじけた。地球的規模でい
うとそんなことだったのでしょうが、大地の
上で生活しているわたしたち人類にとっては、
千年に一度、未曽有の惨事でした。
 わたしは専門家でなく、上手に言い表すこ
とができません。
 ご気分を害される方もいらっしゃると思い
ます。
 どうかお許しください。
 わが県のおとなりさんが福島県です。
 ですから、わが県でも、数名の方が働いて
いて、倒れてきた天井の下敷きになられたり
して亡くなられました。
 東北沿岸部に住まわれていた方が、あの時
どんな体験をされたか。
 テレビが刻々と、その被害の状況を伝えて
くれました。
 わたしは、家の二階にいて、震度六強の揺
れを体験しました。
 初めは、どこからか、太古のプロントザウ
ルスに似た、そんな巨大な動物が、わたしの
家に向かって駆けて来るように思いました。
 初め小さく、しだいに大きくなってきます。
 間もなく、がたがた、ギシギシと建物が揺
れはじめました。
 わたしは家の二階にいました。
 電気ごたつに足をつっこんだ状態で、パソ
コンに向かっていたのです。
 何が起きるのか。
 地震だろう、とはわかるのですが、あまり
に大きい。
 ひょっとすると、天地がひっくり返ってし
まうのでは、と思ったほどでした。
 階下にある台所でしょう。
 食器棚が倒れ、棚から飛び出した皿が床に
たたきつけられる音が響いて来ます。
 物がどうにかなるのは仕方ない。我が身さ
え大丈夫なら、と思いました。
 わたしにかかわる者の安否を思ったのは揺
れが落ち着いてからでした。
 少したってから、東京電力の発電所が水素
爆発。放射能があたりにまき散らされてしま
いました。
 あの震災で亡くなられた方は、一万人以上。
 被災された方は、いったいどれくらいおら
れることでしょう。
 放射能汚染のせいで、たくさんの方がふる
さとを追われました。
 わたしの家の隣に、南三陸町から来たご夫
婦が引っ越してこられました。
 被害にあわれた方、ひとりひとりのドラマ
が、あの時、始まったのです。
 あの方も、この方も……。
 それぞれの無念を、生々しく、思うことに
しました。
 僭越ながら、わたしはもの書きのはしくれ
です。
 少しでも、善く生きよう。
 それが、わたしのモットーとなりました。 
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汗をかく。

2021-03-04 17:33:04 | 随筆
 久しぶりに備中ぐわを手にし、野良にでた。
 深さ一メートルくらいのコンクリで造られ
た堀わりの土手を、おっかなびっくりに歩く。
 ちらほらと、小さな青い花が目につく。黄
色の花はタンポポだろう。
 だが、あまりに季節はずれである。
 植物にせよ動物にせよ、舶来ものが、もと
もと日本にあるものを駆逐しているのが気に
なる。
 ほかには、象のひげが群生していたりする。
 冬でも枯れない草が、こんもりと生い茂っ
たりしているものだから、足もとの用心を欠
かせない。
 古希をいくつか過ぎた身では、ころぶと思
わぬけがをしそうだ。
 上流から下流へと、いくつもの段差がある。
 そのくぼみに、水がたまっている。
 長くとどまっているせいで、たっぷりと水
を吸い込んだわらや枯れ草にくわえ、上流に
ある中学校の運動場のフェンスを飛び越えた
テニスボールやや軟式ボールなどが、所せま
しと水面をおおっている。
 「よし、これでは水が流れにくい」
 わたしは腰をかがめ、びっち鍬のみっつの
鉄棒にそれらをひっかけるようにして、土手
まであげ始めた。
 一回、二回、三回……。
 全部あげ終わるのに、若い時の何倍もの時
間がかかった。
 わたしはふうっとため息を吐いて、思わず、
土手にすわりこんだ。
 四十年前、ここで、部落総出で、掘割りの
泥をさらったことが偲ばれる。
 あのおじさんも、このおばさんも、みんな
みんな鬼籍に入ってしまった。
 そんな思いが、脳裡をかけめぐる。
 うす緑色の草の葉をちぎり、手でもんでみ
ると、ぷんとよもぎ団子の匂いがした。
 わたしの畑は、すぐ目の前、掘割りの向こ
う側である。
 堀割りは幅一メートルはある。
 「よし、飛ぶぞ」
 わたしは自分自身に言い聞かせ、できるだ
け大股でゆっくりとび越えた。
 今日の仕事は、畑の表面をならすこと。
 先だって、機械で耕したが、うまくやりと
おせなかった。
 ハーレーが付いていなかったからだ。
 人力でデコボコを修正するのは容易ではな
いのはわかっていた。
 若い時のように体力がないが、時間はある。
 ザックザック。
 ひと振り、ふた振りと、十分くらいやり続
けたろうか。
 胸がどきどきし始めた。
 「おとう、おれも手伝うから」
 ふいに、息子の声がした。
 「ああ、そうか、わるいな」
 ゼイゼイしながら、それだけ言うと、わた
しは畑のあぜにすわりこんだ。
 わきの下やひたいに汗がにじむ。
 息子が畑に来てくれるとは、予想もしなかっ
たからうれしかった。
 この頃は、田舎でも、野良にで、ひたいに
汗するのを、若者がきらう。
 それが代々続いた農家の頭痛のたねである。
 馴れない手つきで、息子がくわをふるい出
した。
 「ゆっくりでいいかんな。そうそう、うま
い、うまいぞ」
 わたしは、いつしか、昔、義理の父に言わ
れたとおりにしゃべっていた。
 しばらく経って、わたしは小銭を彼にわた
し、自販機の缶コーヒーを買い求めに行かせ
た。
 缶を二つ、両手にもって戻って来た息子の
表情が明るい。
 「野良はいいね、とうちゃん」
 「ああ」
 「小鳥が飛んでくるし、カラスも。かわい
いもんだね」
 「ああ」
 「こうやって、みんな、過ごせばいいんだ。
米を作ったり、野菜を育てたり」
 「そうだな」
 息子はふいに真顔になり、唐突に、
 「変なものを食べたりするから、コロナ騒
ぎなんて起きるんだ。地球が人類をいやがっ
ているんだ」
 と言った。


 
 

 
 
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