つぶらな瞳に弱いのは、だれでも同じ。
澄んだ眼でみつめられると、まるで神さま
に見つめられているように思える。
その子の身内であろうがなかろうが、守っ
てやりたくなるのが人情というものだろう。
しかし昔と比べたら、最近は世の中がぐん
とドライになったから、種吉の考えが通用す
るかどうか、疑わしかった。
「おじいちゃん。ねえ、じいちゃんったら」
種吉のそばで女の声がした。
種吉は、その言葉を発している人間のほう
を、あえて見ようとはしない。
半ばふざけている。
種吉は、相手が誰だか、見当がついたから、
即座に返答しないでいた。
それどころか、幼子がパンを食べ始めたの
で、彼がのどをつめないよう、種吉は注意し
て見ていなければならなかった。
小さな子どもをまねた、かの人は、なにを
思ったか、種吉の両肩を、もみはじめた。
「うん?どなたさまか知らんが、殊勝な心
掛けで。いたみいります」
種吉はぺこりと頭を下げた。
右肩をもむ手がやんだとたん、種吉の頭め
がけて、かるい平手打ちが、ぴしゃりと飛ん
できた。
それでも種吉は、知らぬぞんぜぬを決め込
み、されるがままだ。
よほど腹をすかしていたのだろう。
男の子は、菓子パンを包んだ袋を、ろくに
開けないまま、小さい口を思いきり開け、パ
ンにかじりついた。
もぐもぐもぐと数秒、口を動かしていたが、
ふいに彼の表情がくもった。
顔がみるみる赤くなり、あちこちしわを寄
せて、わんわん泣き始めた。
「うん?どうしたんだ、ぼく?のどでもつ
まえたのかい」
種吉は、あれこれと気をもむが、幼児のあ
つかいに慣れない。
(ほんとに小さな男の子だから、口が思う
ようにまわらないのは当たり前だ、女の子の
ほうが、もっと……)
あれこれ気をもんでしまい、種吉はどうし
ていいか、わからない。
小さく、かわいらしかった口が、まるで一
個の生き物のようにふるまっている。
男の子が、口を思いきり開けたものだから、
なかに入っている、半ばかみ砕かれた食べ物
が、みごとにあらわになった。
「これこれ、ほら、ふくろごと、食べよう
とするからひどいことになる。おじさんがよ
く、食べ方を教えてあげる。ほら、ちょっと
ちょっと、泣くのをおやめ」
種吉は、彼の口の中のものを、ふくろの断
片と食べ物のかけらとに、えり分けていく。
時間のかかる作業である。
すべて吐き出させればいいのだが、それで
は、よけいに騒がせてしまう恐れがあった。
「よしよし、よく辛抱で来たな。ほらこれ
でおわりだ。これでもとどおりだ。もういい
かげんにきげんをなおしてくれないか、どう
だね、ぼく?」
しかし、言葉をうまく理解できない子供に
おとなの理屈が通じるわけがない。
いったん泣きやめたものの、再び、泣きは
じめた。
「わあん、わあん」
(こりゃ、困ったことになったわい。泣く
子と地頭には勝てぬ、か……)
種吉は、昔、親から教わった、そんなこと
わざを思い出した。
還暦を迎えてから、やたらと、種吉の口か
ら、ことわざが飛び出してしまう。
同じような言葉しかでなくなったら、ひょ
っとして……。
種吉は自分自身を、気づかってしまう。
「ママ、ママア」
男の子は歩きまわりながら叫ぶだした。
背後にいた、かの人が、突然、種吉の前方
に出て、男の子をあやしだした。すると数分
も経たないうちに彼が泣きやんでしまった。
「やっぱりわたしがいないとだめでしょ」
「ああ、どうも。ありがとさん」
だしぬけに白髪をふり乱した女性が、コン
ビニからとびだして来た。
「何するんですか、あなた。うちの孫にっ」
耳元で、鋭い叱責の言葉を耳にした種吉は
うろたえてしまった。
どうやら、男の子の祖母らしい。
「あのう、そのう、実は……」
きついまなざしの同年配らしい女性に向か
って、種吉は、何か気の利いたことをしゃべ
ろうとするのだが、できなかった。
口をもごもご、動かすばかりである。
澄んだ眼でみつめられると、まるで神さま
に見つめられているように思える。
その子の身内であろうがなかろうが、守っ
てやりたくなるのが人情というものだろう。
しかし昔と比べたら、最近は世の中がぐん
とドライになったから、種吉の考えが通用す
るかどうか、疑わしかった。
「おじいちゃん。ねえ、じいちゃんったら」
種吉のそばで女の声がした。
種吉は、その言葉を発している人間のほう
を、あえて見ようとはしない。
半ばふざけている。
種吉は、相手が誰だか、見当がついたから、
即座に返答しないでいた。
それどころか、幼子がパンを食べ始めたの
で、彼がのどをつめないよう、種吉は注意し
て見ていなければならなかった。
小さな子どもをまねた、かの人は、なにを
思ったか、種吉の両肩を、もみはじめた。
「うん?どなたさまか知らんが、殊勝な心
掛けで。いたみいります」
種吉はぺこりと頭を下げた。
右肩をもむ手がやんだとたん、種吉の頭め
がけて、かるい平手打ちが、ぴしゃりと飛ん
できた。
それでも種吉は、知らぬぞんぜぬを決め込
み、されるがままだ。
よほど腹をすかしていたのだろう。
男の子は、菓子パンを包んだ袋を、ろくに
開けないまま、小さい口を思いきり開け、パ
ンにかじりついた。
もぐもぐもぐと数秒、口を動かしていたが、
ふいに彼の表情がくもった。
顔がみるみる赤くなり、あちこちしわを寄
せて、わんわん泣き始めた。
「うん?どうしたんだ、ぼく?のどでもつ
まえたのかい」
種吉は、あれこれと気をもむが、幼児のあ
つかいに慣れない。
(ほんとに小さな男の子だから、口が思う
ようにまわらないのは当たり前だ、女の子の
ほうが、もっと……)
あれこれ気をもんでしまい、種吉はどうし
ていいか、わからない。
小さく、かわいらしかった口が、まるで一
個の生き物のようにふるまっている。
男の子が、口を思いきり開けたものだから、
なかに入っている、半ばかみ砕かれた食べ物
が、みごとにあらわになった。
「これこれ、ほら、ふくろごと、食べよう
とするからひどいことになる。おじさんがよ
く、食べ方を教えてあげる。ほら、ちょっと
ちょっと、泣くのをおやめ」
種吉は、彼の口の中のものを、ふくろの断
片と食べ物のかけらとに、えり分けていく。
時間のかかる作業である。
すべて吐き出させればいいのだが、それで
は、よけいに騒がせてしまう恐れがあった。
「よしよし、よく辛抱で来たな。ほらこれ
でおわりだ。これでもとどおりだ。もういい
かげんにきげんをなおしてくれないか、どう
だね、ぼく?」
しかし、言葉をうまく理解できない子供に
おとなの理屈が通じるわけがない。
いったん泣きやめたものの、再び、泣きは
じめた。
「わあん、わあん」
(こりゃ、困ったことになったわい。泣く
子と地頭には勝てぬ、か……)
種吉は、昔、親から教わった、そんなこと
わざを思い出した。
還暦を迎えてから、やたらと、種吉の口か
ら、ことわざが飛び出してしまう。
同じような言葉しかでなくなったら、ひょ
っとして……。
種吉は自分自身を、気づかってしまう。
「ママ、ママア」
男の子は歩きまわりながら叫ぶだした。
背後にいた、かの人が、突然、種吉の前方
に出て、男の子をあやしだした。すると数分
も経たないうちに彼が泣きやんでしまった。
「やっぱりわたしがいないとだめでしょ」
「ああ、どうも。ありがとさん」
だしぬけに白髪をふり乱した女性が、コン
ビニからとびだして来た。
「何するんですか、あなた。うちの孫にっ」
耳元で、鋭い叱責の言葉を耳にした種吉は
うろたえてしまった。
どうやら、男の子の祖母らしい。
「あのう、そのう、実は……」
きついまなざしの同年配らしい女性に向か
って、種吉は、何か気の利いたことをしゃべ
ろうとするのだが、できなかった。
口をもごもご、動かすばかりである。