高速道路を走るバスの窓から見える景色は
以前と変わらない。
ふたつ名を持つT川を渡ると、すぐに田畑
がとぼしくなった。
しだいに建物や車が視界いっぱいに広がっ
てくる。
A川の橋をわたると、もっと混雑した。
「あれね、スカイツリーって。なんだかでっ
かいつくしんぼうみたい」
後ろでかん高い声がした。
「そうよ、そうよね。わたし、これでよう
やく二度めかしら」
バスの乗客は、ほとんどが女性。
少なめの男性はだんまりを決め込んでいる。
首都高速に入ると、もっと強い違和感に身
をつつまれた。
Kの眼にちらと細い路地が飛び込んできた。
転がり、道をふさいでしまっている青いプ
ラスチック製のバケツ。そのわきを、黒い猫
が態勢を低くして通り過ぎていく。
一瞬の景色だった。
左右を見定める知恵が、犬のようにあるわ
けがない。その猫はしゃにむに大通りを渡ろ
うとして、走って来た軽乗用車にボンとはね
られたかもしれなかった。
上へ下へと、くねくねとつづく道。
興味ある景色がぽかりと浮かんだ。
黒マスクをした軽装の若者と、買い物かご
付きの手押し車の老婆が、幅の狭い道をすれ
すれに行きかう。
若者の見事なまでのハンドルさばきを観て
Kは目をまるくした。
道は一本ではなく、交差している。
過去に、Kは子どもと遊園地で遊んだ。
おっかなびっくりで、ジェットコースター
に乗ったがじき、気分がわるくなった。
嬉しくて、子どもはきゃあきゃあ叫んだ。
次から次へと風景が移り変わる。
高いビルの一部が見えた。
てっぺんまで見ようと、Kは窓際に身を寄
せた。
しかし、それでも最上階は見えない。
あっと言う間に、そのビルは、Kの視界か
ら離れ去った。
バスがゆっくり、ゆるいカーブを走行して
いくとビルの全体像が現れた。
「あっ、お父さん、あれって、サンシャイ
ンビルじゃんかよう」
次男の声がまじかでした。
「なあんだ。池袋だったんだ」
知ったかぶりで答えた。
「もう三十年以上になるなあ。みんなでラッ
コちゃん観に行ったの」
「ああそんなことあったねお父さん。三男
のMを肩車してたっけ」
電車でしか訪ねたことがないわたしは、妙
な気分にひたった。
車窓から、この街の人々が、歩いたり、た
ち働いたりしているのが見える。
バスが最終目的地である目黒区のGホテル
の駐車場に乗り入れていく。
バスの扉がシューッと開いた。
都会の空気が、車内に満ちあふれる。
Kは船酔いした気分で立ち上がった。
ひとつふたつとステップを踏みしめる。
あたりの景色がぐらぐら揺らぐ。
K の肩に触れながらついてくる次男に、
「お前は、以前この街でひどい風邪をひい
て帰って来たんだ。今はコロナ禍。決してマ
スク、はずすんじゃないぞ」
全部、言う間もなく、Kは地面にころがり
落ちた。
(了)
以前と変わらない。
ふたつ名を持つT川を渡ると、すぐに田畑
がとぼしくなった。
しだいに建物や車が視界いっぱいに広がっ
てくる。
A川の橋をわたると、もっと混雑した。
「あれね、スカイツリーって。なんだかでっ
かいつくしんぼうみたい」
後ろでかん高い声がした。
「そうよ、そうよね。わたし、これでよう
やく二度めかしら」
バスの乗客は、ほとんどが女性。
少なめの男性はだんまりを決め込んでいる。
首都高速に入ると、もっと強い違和感に身
をつつまれた。
Kの眼にちらと細い路地が飛び込んできた。
転がり、道をふさいでしまっている青いプ
ラスチック製のバケツ。そのわきを、黒い猫
が態勢を低くして通り過ぎていく。
一瞬の景色だった。
左右を見定める知恵が、犬のようにあるわ
けがない。その猫はしゃにむに大通りを渡ろ
うとして、走って来た軽乗用車にボンとはね
られたかもしれなかった。
上へ下へと、くねくねとつづく道。
興味ある景色がぽかりと浮かんだ。
黒マスクをした軽装の若者と、買い物かご
付きの手押し車の老婆が、幅の狭い道をすれ
すれに行きかう。
若者の見事なまでのハンドルさばきを観て
Kは目をまるくした。
道は一本ではなく、交差している。
過去に、Kは子どもと遊園地で遊んだ。
おっかなびっくりで、ジェットコースター
に乗ったがじき、気分がわるくなった。
嬉しくて、子どもはきゃあきゃあ叫んだ。
次から次へと風景が移り変わる。
高いビルの一部が見えた。
てっぺんまで見ようと、Kは窓際に身を寄
せた。
しかし、それでも最上階は見えない。
あっと言う間に、そのビルは、Kの視界か
ら離れ去った。
バスがゆっくり、ゆるいカーブを走行して
いくとビルの全体像が現れた。
「あっ、お父さん、あれって、サンシャイ
ンビルじゃんかよう」
次男の声がまじかでした。
「なあんだ。池袋だったんだ」
知ったかぶりで答えた。
「もう三十年以上になるなあ。みんなでラッ
コちゃん観に行ったの」
「ああそんなことあったねお父さん。三男
のMを肩車してたっけ」
電車でしか訪ねたことがないわたしは、妙
な気分にひたった。
車窓から、この街の人々が、歩いたり、た
ち働いたりしているのが見える。
バスが最終目的地である目黒区のGホテル
の駐車場に乗り入れていく。
バスの扉がシューッと開いた。
都会の空気が、車内に満ちあふれる。
Kは船酔いした気分で立ち上がった。
ひとつふたつとステップを踏みしめる。
あたりの景色がぐらぐら揺らぐ。
K の肩に触れながらついてくる次男に、
「お前は、以前この街でひどい風邪をひい
て帰って来たんだ。今はコロナ禍。決してマ
スク、はずすんじゃないぞ」
全部、言う間もなく、Kは地面にころがり
落ちた。
(了)